精神属性、改め
「おはようございま〜す♡」
「はぇ?」
朝、ルピとも違う間延びした、胃もたれするような声が聞こえて、マエリスは目を覚ました。
視界にはクッションと、マノンの頭が見える。その奥には、揺れるピンク髪が──
「──何で君がいるのさ、ディアナ? その恰好も何?」
寝起きでボーッとする頭を起こし、マエリスは半眼で聖女を睨む。
その恰好は見慣れてしまった法衣ではなく、メイド服である。
「ずっとお世話になるのも申し訳ないので〜、お仕事を手伝おうと思ったんです〜♡ なので〜、お仕事の一環でマノンちゃんたちを起こしに来ました〜♡」
図々しくそう宣うディアナに呆れながら、マエリスは部屋の隅──砂を隠した場所を見る。
(バレてはない、かな)
ホッと安堵の息を溜息に混ぜる。
「……勝手なことをしないでよ。それはルピとかリフィの仕事だから。そもそも、客人に使用人させるとか、貴族としての醜聞でしかないから止めてほしいんだけど」
「大丈夫ですよ〜♪ 教会でも家事手伝いはしてたので〜♪」
「そうじゃない。そういう心配はしてない」
頭痛が酷くなって、マエリスは頭を抱える。
「でも私〜、マノンちゃんともっと仲良くしたいんですよ〜♪ ここの使用人も面白そうだな〜って昨日思いましたし〜、それに専属のルピさんよりも仕事できそうじゃないですか〜?」
(どうしよう、擁護できない)
マエリスがルピのドジをどうフォローするか考えていると、もぞもぞと布団が動く。
「んみゅ……おねえちゃ?」
「おはようマノン」
「おはようございま〜す♡」
「おはよ、おねえちゃ……イアナ?」
裸の『紅瞳』でもディアナは識別できるのか、舌足らずでマノンは彼女の名前を呼んだ。
「イアナじゃなくてディアナですよ〜、マノンちゃ〜ん♪」
「君の名前、マノンには難しいんだよ。ルピの名前は言えるけど」
「……屈辱ですね〜★」
何か、ディアナの黒い部分が見えたところでドアがノックされる。
入ってきたリフィに呆れられながら、三人は朝食へ向かうのだった。
「さて、『生命』属性と『精神』属性か」
研究室にて、マエリスは魔法陣を並べる。その横にはマエリスモデルが描かれた羊皮紙も準備済みだ。
「分かっていることを改めて書き出そう」
マエリスはメモに思考を写していく。
『仮称:生命』=『火』+『土|《豊穣》』
『仮称:精神』=『水』+『風|《?》』
「まずは、この『?』を明かしたいよね」
そう呟いて、マエリスは魔力の流れる方向とルーン文字を見ていく。
これまでの上位属性と比べて、ルーン文字の偏りが少なく、しかしその数は膨大で緻密な魔法陣。
それを、一つ一つ丁寧に見ていく。
「……まあ、このやり方で分かってれば、もっと早く解明できてたか」
一時間ほどにらめっこを続けたマエリスだが、結局白旗を上げて伸びをした。
「逆に考えよう。水と風のどんな要素を組み合わせれば、上位属性を作れる?」
例えば、氷属性があるなら、同じ方向性で蒸気?
あるいは、光属性の波のように、音?
それとも、雷属性や鉱属性みたく、電気的で分子的に、分解? 溶解?
「一番しっくりくるのは、音だけど……」
音から、どう発想を飛ばせばバフやデバフに繋がる? 治癒のパーツとなる?
「……音楽……とか……?」
前世のテレビにあった、熱狂する音楽ファンの姿。映像作品を彩る音楽の力。そもそも太古より続く歌の魔力。リズム──
「詠唱も、声っていう音を使うよね……いや、それなら無詠唱って何だって話だけど」
道は間違っていない。マエリスにはそんな確信があった。
「仮に音だとしたら……『水』+『風|《空気》』ってところかな? ルーン文字を探してみよ」
改めて、マエリスは魔法陣に向かう。
「波のルーン文字──ここ、ここ、ここにもか。空気のルーン文字は──ここ、ここ──ん?」
そこでマエリスは気づく。「波」のルーン同士を結んだ線と「空気」のルーンを結んだ線、どちらも直線となり、二つの線が直交することに。
「これ絶対何かあるじゃん」
マエリスはバフの魔法陣を模写する。ただし、「波」や「空気」のルーン以外を消した魔法陣を。
「ダミー、ではないんだろうけど」
煩雑なルーンを一掃した魔法陣はスカスカながら、洗練された美を感じた。
「さて、これで起動するのかな──」
魔法陣に魔力を注入する。しかし魔力は吸われるものの、発動する気配はない。
「……治癒の魔法陣の時と同じか? 向きが違う? 発動方法が違う?」
考えてみて、答えはすぐに思いつく。
バフの魔法なのだから、魔法をかける対象が必要だ。
「バフか……誰がいいかな」
研究室から外を覗くと、偶々赤毛の獣人が見える。ルピかと思ったが、芯のある雰囲気──ロルカが庭の手入れをしているのが見えた。
「ロルカさん」
「おや、こんにちは、マエリスお嬢様。この老骨めに何かご入用でしょうか」
マエリスが声をかけると、ロルカは手を止めて視線を合わせた。
マエリスは魔法陣を見せる。
「バフの魔法陣を実験したいんだけど、相手が必要そうで。すぐ終わるからお願いしていい?」
「ふむ……マエリスお嬢様」
ロルカは何やら、十数秒ほど魔法陣を見つめ、そして頭を下げた。
「申し訳ございませんが、遠慮させてください。儂もまだ頑張りたいのです」
「バフの魔法だよ?」
「マエリス様の声を聞くと儂の体が耐えきれず、内側から弾け飛ぶ未来が見えましてのう。随分と効果の強い魔法なのですな」
「え、怖っ!? ロルカがここに居てくれて良かった!」
知らない内に殺人犯になりそうだったと知り、マエリスはドキドキする。そして魔法陣にぐしゃぐしゃとインクを撒いて、台無しにした。
「ほっほっ。次からは試す前に対抗手段を用意しておいた方が良さそうですな」
「教えてくれてありがとね──要素を少なくしたら威力が高まるのかな」
まるでスパイスの種類を減らすことで特徴を出すカレーのようだと、マエリスは混乱が続く思考で思った。
「き、気を取り直していこう」
研究室に戻り、マエリスは考える。声を聞いて、内側から弾け飛ぶ──つまり『仮称:精神』属性は音を媒介に体内に干渉しているということ。
マルセラモデルでは、『肉体』の内側には『精神』と『魔力』がある。
「つまり、音を媒介にして精神と魔力に作用しているのがこの属性と──音から取って、調律属性って呼ぼうかな」
マエリスは、頭のメモ帳に新名称を大きく書いたのだった。
「扱い注意!」という文言とともに。
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