ディアナの腕前
「まずいことになったね、ルピ」
「まずいことになりましたねぇ、マエリス様ぁ」
倉庫を改造した研究室の一角で、マエリスとルピは真剣な顔で向き合っていた。
「あの人、追い返すことはできないんですかぁ?」
「お父様の手紙で、懇切丁寧に無理って言われたよ……ああクソ、ホント、ボクに堪え性がなかったせいだよね……」
ディアナは持ち前のルックスとあざとさで、あっという間に屋敷の空気に溶け込んでしまった。
この状況で明確な証拠もなしにディアナを追い出すのは不可能だし、追い出しても代わりは来ない。
「だから、ボクとルピでマノンを守るしかないんだよ」
「そうですねぇ!」
そう二人は意気込んだのだが──ディアナの行動は素早かった。
「あ、マエリスさ〜ん!」
何やら使用人たちをぞろぞろ連れて、ディアナが研究室へやってくる。
何事だろうかと、マエリスが警戒していると。
「マエリスさんの足と〜、マノンちゃんの目を診させてほしいんです〜♪」
「え」
「誕生日会でお会いしたときから思ってたんですよ〜♪ 『聖女』の私なら〜、何か力になれるんじゃないかな〜って♪」
(しまった後手に回った)
使用人たちの前で、断りにくい提案をしてくるディアナ。その完璧すぎる笑顔にマエリスは内心舌打ちをする。
ニコリと社交用の笑顔を作り、マエリスは応じた。
「いえいえそんな、悪いですよ。ディアナさんにこんな瑣末事頼むなんて」
「いえいえ〜、足も目もその人にとっては一大事じゃないですか〜♪ 遠慮なさらずお任せください〜♪」
ルピの方を見れば、ルピは涙目で首を横に振っていた。気持ちは分かる。マエリスも同じだ。だが──
(完全な善意に見える提案を衆目で断るのは、難しい)
想定が甘かったとマエリスは反省し、それでもできることを考える。
「……正直、すごくありがたいですね。マノンの目のことは、私も本当に心配で。診察を側で見ていてもいいですか?」
「いいですよ〜☆ 聖女の力を見せちゃいます〜♡」
「な、なんですかこれ〜」
最初にマエリスの足を診てもらうことになったのだが、涼しい顔をして適当に済ませると思っていたマエリスの予想に反して、ディアナは顔を引き攣らせていた。
「何で魂魄の外に肉体があるんですか〜? 魂魄も穴だらけで酷い有様ですよ~!? 肉体の方も〜、中身がないぬいぐるみでどうにか誤魔化してるだけのような〜」
「魂魄」、「肉体」というタイムリーなワードにテンションを少し上げながら、マエリスは尋ねる。
「治せそうですか?」
「無理ですよ~! こんな複雑なものを私じゃ触れません〜! 何がどうしてこうなってるんですか〜!?」
「ちょっと、『魔王の影』とやり合って」
「あ~……それは納得ですね〜……」
そしてディアナはポツリと呟く。
「……これじゃあ弱味を握れないじゃないですか〜」
「何か言いました?」
「足を絶対に怪我しないようにって言いました〜! マエリスさんの足に限って言えば〜、私じゃ小さい傷も治療できないです〜。
力不足でごめんなさ〜い」
(嘘つけ、弱味って言っただろお前)
しゅんとするディアナに、マエリスは青筋を浮かべそうになる。
だが、腐っても聖女か。治癒に対しては真摯な態度をしているとマエリスは思った。
「それじゃ〜次はマノンちゃんにいきましょうか〜♪」
しかし、マノンの番になった途端の豹変ぶりに、マエリスは上げた評価を元に戻した。
「それじゃ〜診察しますね〜」
「あ、念のためカーテン閉めて」
使用人にカーテンを閉めるのを待って、マエリスはマノンの目隠しを外した。ルビーのような輝く紅い瞳が晒される。
「うん、目隠しなしも可愛い」
「マエリスさんってそんな感じなんですね〜☆」
「?」
「自覚なしですか〜☆」
何かよくわからないことを言われたが、意味がわからなかったのでマエリスはスルーした。
「う〜ん……う〜ん……」
「ねえ、そこは目に関係あるんです?」
「瞼の開け閉めも大事なんですよ〜」
(そこはもう眉間よりも上でしょ)
目と言いながら額を凝視するディアナに、マエリスは半眼になる。
「……何かありそうですけど〜、形ははっきりしませんね〜」
「なおりそうなんですかーディアナさーん」
「もう少しで分かりそうです〜☆」
いいから早く済ませろと圧をかけるマエリスと、それを流すディアナ。間に挟まれたマノンはよく分かっていなさそうだ。
「──結論から言うと〜、私の力では難しいですね〜。魂魄の形から問題があるので〜、治癒魔法を使ってもこれでは治せません~」
「そうですか」
聖女って大したことないなと、マエリスは思った。
「歴代の聖女には魂魄を修復する力を持った方もいたんですよ〜。私もこれからです〜」
「魂魄の修復ね」
(魂魄も操作できるってことだ。やっぱり魔力の相転移?)
マエリスがマノンに目隠しをしながら思考の海に沈む。その一瞬。
「──でも『聖痕』の予兆は感じましたし〜、要観察ですね〜」
ディアナは目を妖しく輝かせた。
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