帝都 技術漁り
次は店主の案内だ。
「この辺りは冒険者ギルドが近くてな、夕方になると治安が悪くなるからさっさと行くぞ」
「おっちゃんこんな場所知っとったんか? ここの方が客も多そうやないか」
「前に盗まれたり殴られたりしたんでな──ここだ」
「え……?」
案内されたのは、どう見ても人が住めないと分かる廃墟だ。屋根が朽ちており雨風すら防げなさそうだが……
「店は地下なんだ。客が入るのは見たことないがな」
そう言って店主は床板を剥がすと、地下への階段が現れる。
「狭い……リフィ、お願いできる?」
「畏まりました」
マエリスは車椅子を消し、リフィに抱えられ階段を下った。
「うわくっさ!?」
「酷い臭いですね。肉の腐臭とは違うようですが、この卵が腐ったような臭いは……」
「硫黄の臭い……? 念のため風でキレイにしとこうか」
マエリスは懐から羊皮紙を一枚だし、簡易な風の魔法陣を描く。そしてアヌたちにバレないように魔法陣を起動して空気をキレイにした。
やがてたどり着いた部屋は、なんというか、どこまでも怪しかった。
壁の棚に並べられた、いくつもの発光する液体のお陰で明るくはあるが、ゴボリゴボリと泡立つ様子は不気味という他ない。
そして中央に鎮座する、異臭を撒き散らす大きな釜。中身をかき混ぜる、一つの人影。
「ヒヒッ? 珍しいなぁお客さんかい?」
「俺だ俺。まだ生きてたのか」
「何だ君か。いや、知らない人もいるねぇ?」
ローブを深くかぶっている上、声も中性的で性別は分からない。
「ここは?」
「見て分からないかい? ポーションの店さ。普通よりも強い効果の薬を扱ってるよ」
「ポーション」
前世のRPGでは定番の回復アイテム。マギカ辺境伯領にも常備されている薬で、マエリスも見たことはあるが、こんなおどろおどろしい見た目ではなかった。
「ポーションということは、錬金術ですか?」
「当然だろう?」
錬金術。
マエリスにとっても興味のある分野であるが、それは扱う素材こそ魔法的ではあるが、分野は化学に近い。
素材を様々な条件で反応させ、混ぜ合わせ、特定の物質を得ることを目的とする。
条件次第では魔力を必要とするが絶対ではないため、教科書によっては錬金術は魔法として扱われていない。
マエリスも、ポーションは漢方薬と同じように考えていたため、思考から抜けていた。
「なんか、薬の素材とか、魔法金属ってありますか?」
「んん? そりゃあポーションはここで作っているから材料はあるとも。だけどここは素材屋じゃないんだよ」
「そこを何とかお願いできませんか?」
マエリスのお願いに、ローブの店主はふむ、と考える。
「そもそも、どんなものが必要なんだい?」
「えっと、どんな死をも防ぐような素材?」
「エリクサーでも欲しいのかな? ボクも作ってみたいねぇ!」
イヒヒヒッ、とローブの店主は笑う。
「申し訳ないが、君の求める物はここにはないようだ。それとも他に欲しいものがあるかい?」
「いえ……すみません、無茶を言ったようで」
「お貴族様にしては随分と大人しいね──これでも持っていくといい」
そう言うと、ローブの店主は今にもバラバラになりそうな本をマエリスに渡した。
字が擦り切れており、この店の明るさでは読めそうにない。
「これは?」
「ボクが師匠からもらった錬金術の教本さ。かなり時代遅れだが、錬金術の考え方はそう変わっていないはずさ」
「いいんですか? 大事なものでは」
「別に、たまたま暖炉の薪にならずに済んだだけのちり紙さ。引き取ってくれるならむしろありがたいね」
何でもないように、ローブの店主は手を振る。
「相変わらず商売っ気がねぇなぁお前」
「趣味でやってるだけなんだから、これくらいでいいのさ。常連もいることだしね」
「マジかよ」
「ありがとうございます! 次は薬を買いに来ますね」
「期待しないで待っているよぉ」
ショックを受けた露天商の店主を引きずって、マエリスたちは地下の穴蔵から出ていった。
その後、細々と露天巡りをしたマエリスたちだったが、めぼしいものは発見できなかった。日付を改め、再度繰り出しても結果は振るわず──日が傾いてきた、そんな時だった。
「? リフィ、あの大きなのは何?」
マエリスは露地の隙間から見える大きな岩の塊を指さした。
「あれは、慰霊碑ですね。『粉々砂漠』の攻略作戦に挑み、帰ってこれなかった勇士たちを祭る石碑です」
「慰霊碑、か……」
「あそこにゃ店とかはなかったと思うで」
「どうされますか?」
最近「死」について考えていたからだろうか、マエリスは慰霊碑へと向かった。
「集団墓地なんだね」
「そうですね」
慰霊碑の周囲はいくつもの墓石が整列している。前世の墓地とそう変わらない光景だ。
つい先日、『魔の森』のスタンピードと戦ったマエリスは、その時の空気を思い出しながら、慰霊碑に黙祷を捧げた。
「──今時、記念日でもないのに珍しいですね」
「墓守の方ですか?」
「はい──なるほど、マギカ辺境伯家の」
そこへ、一人の男性が声をかけてきた。まるで喪服のような真っ黒な恰好をしている。
「先日、スタンピードがあったそうですね。殉職された方々に、冥福をお祈りします」
「ありがとうございます──墓守さんはお一人なんですか?」
「今日は一人ですね。一族の交代制なんですよ」
「この広さを? 大変ではないですか?」
「やることは墓石の掃除くらいですから、慣れてしまえばどうということはありませんよ」
穏やかな顔で語る墓守。しかしその瞳は真剣なものだ。
「ところで、妙なことを尋ねるようですが……最近『死』に関わってはいませんか?」
「『死』に関わる? スタンピードなら、多少は。ボクもこうして怪我しましたし」
「それは大変でしたね。ですがそうではなく……『死』について考えていたり、『命』について考えていたり……有り体に言えば、何か悩んではいませんか?」
「そんな鬱っぽく見えますか?」
マエリスは驚きつつも、理由を知りたくておどけてみる。
「そう見えないからこそ、心配なのです。
先に白状してしまいますと、私のような墓守は死霊術師が多くてですね、私もその一人です」
「死霊術師が街中の墓場におるんか!?」
横で退屈そうに聞いていたアヌが慌てて距離を取る。露天の店主も同様だ。
しかし、リフィは慌てない。それだけで墓守は安心したような顔をする。
「よく勘違いされるのですが、死霊術は別に禁忌ではありません。
霊を宥め、霊を慰め、霊を来世へ送り、時が来れば現世と霊を繋ぐ──その術を悪用する者がいるのは確かですが」
「なるほど。使い方次第なんですね」
「その通りです。それで、死霊術を扱う関係で、『命の澱み』のようなものが見えましてね。狩人や兵士に多いですが、生きることに悩む方にも見えるのです」
「なるほど。でも人生に悩んだりはしていませんよ。ボクはこんなに子どもですから」
「ならば『死』そのものについて考えているということですか。それは素晴らしいですね」
墓守は頷く。
「『死』を考えるとは、『生』を考えるということですから。物事は必ず二律背反──光には必ず影が付き纏うものです。今からそれを考えることは、きっとあなたの宝になる」
「……そうですね」
「おっと、神父でもないのに説教臭くなってしまいましたね──そろそろ暗くなります。子どもはもう、家に帰りなさい」
「はい。お話、ありがとうございました」
「案内は、これでええな?」
「うん。おじさんも、二日間ありがとうね」
「いや、俺は金の分働いただけだ。金払いのいい客は大歓迎だぜ」
マエリスが二人に銀貨を渡す。
「おおきに! ──なあマエリスはん」
「うん?」
「なんや、大変みたいやけど……何かあったらフリュール男爵家に手紙を送ってや。特別料金で手伝ったるわ」
「はは、お金取るんだ。うん、ありがと──そうだ」
マエリスは懐から、あの『黒光りする銀塊』を取り出し、アヌに放り投げた。
「うおっ!? ちょ、なんやこ──れ!? これ──」
それはアヌと最初の出会いの切っ掛け。精錬ミスリルだった。
「あれからちょっと削れてるけど、それ、あげるよ」
「はあ!?」
「その代わり、今後ボクが『それと同じもの』を頼んだら、死ぬ気で探してきてね」
「……へへっ、おっそろしい先行投資やな。分かった、任しとき!」
二人と別れて、マエリスは帰っていく。
翌日、マエリスはマギカ辺境伯領へと帰る馬車に揺られるのだった。
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