堰を切る心配
「まあ、あくまでモデルですので、現実とは違うことは気をつけてください」
「ありがとうリフィ」
そうしてマエリスは、ご先祖様モデルの解析に身を乗り出す。
「魔力から魂が作れるかもしれないと言っても、さすがに全員が同じわけないもんね。『水』は水でも、色水なのかな」
マエリスは自分の考えを、モデルの隙間や外に書き込んでいく。
「三つの要素どれかが壊れても死ぬ……『魔力』は失っても死なないってこと?
それとも『魔力』の喪失は『魂魄』の喪失?」
そんな疑問も図の横に箇条書きにしていく。
「そもそも外部から物理的なダメージを受けた時、『肉体』の外にある『魂魄』はどうなるの?
氷と水はあくまで比喩で、やっぱりすり抜けるのかな? それとも少しは削れるけどすぐに回復する?」
「お嬢様」
「死から防ぐということは、この三つのダメージを全て防ぐということだよね──いやでも、肉体的なダメージでもあれだけ種類があるもんね。
『精神』と『魂魄』にもあんなに種類があったら、いよいよ分からないなぁ」
「マエリスお嬢様」
「完璧を求めないにしても……いや、この考え方はダメだ。まずは毒殺を防ぐ方法だけを考えてみて、そこから一般化する方が効率がいい、か?」
「おねえちゃ!」
「ぐえっ──え?」
急に、マエリスの服が引っ張られて喉が圧迫される。
下手人は、車椅子に座るマエリスを見上げる、目隠しの幼女。その後ろにはリフィとルピが控えている。
「あ、マノン、来てたんだ。ごめんね気が付かなくて」
「でしょうね。マノンお嬢様が来てから数十分経っていましたが、マエリスお嬢様は見向きもしませんでしたから」
「え、そ、そんなに?」
「そうですよぉ。そもそもぉ、マノン様がドアからマエリス様を見てぇ、気を使って入るかどうか迷ってたんですからねぇ?」
「むぅ」
「そうなの!? ごめんねマノン! 本当にごめんね!?」
慌てて机の上を片付けるマエリス。
「おねえちゃ、忙しい?」
「そんなことないよ! マノンより大事な用事なんてないんだから!」
「大丈夫よ。マノン、我慢できる」
片付けの手がピタリと止まる。想定よりも大人びた返答に、マエリスは困惑した。
目隠しで見えないが、この辺りだと視線を合わせる。
「マノン?」
「おねえちゃ、困らせたくない」
「そんな、心配しなくていいのに。お姉ちゃんのこれは、えっと、趣味、じゃない、わざとだから」
「おねえちゃの足もわざと? 怖い顔もわざと?」
「それは……」
言葉が詰まる。少し目を離していた内に随分と成長していたマノンに、マエリスはどう言えばいいのか分からない。
その沈黙が、マノンにとってはどう聞こえたのか。
ぎゅっと、マノンが自分のスカートを握りしめる。震える手が、白くなるほどに。
我慢なんて、最初からできていなかったのだ。
「やなの! パパもママも好きだけど! おねえちゃが一番好きなの! おねえちゃ困らせたくない! マノンがおねえちゃ守りたい! やなの! やなのぉ!」
目隠しから溢れる幾筋が、頬に眩しい線を引いた。
マエリスはマノンを抱き寄せる。
「ごめんっ、ごめんねっ、ダメなお姉ちゃんでごめん──! 大丈夫、これはマノンのせいじゃないから!」
「ぐすっ、ずびっ」
ルピからハンカチを受け取り、マノンの顔を拭きながらマエリスは謝る。
目隠しが捲れ、マノンの紅い瞳と視線がぶつかる。
「大丈夫。お姉ちゃんはマノンの前から居なくならないから。
約束するよ、お姉ちゃんは絶対に死なない。どんな理不尽が襲ってきても、全部弾き返してみせるから」
マエリスは、机の上のリストを思う。
(覚悟を決めよう。搦手や裏技を考えないで、真正面から『死』という現象を全て制御下に置いてみせる)
それは、神に挑むような途方もない目標。
(発想を──いや、スタート地点を変えよう。
一度見かけただけの皇帝のためじゃない。マノンのために、ボクのために、この技術を開発する)
マノンをあやしながら、マエリスは誓いを立てる。
(『死を退ける盾』──絶対に作ってみせる)
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