祝福の参列者
「おねえちゃ、お疲れ?」
「マノン……可愛いね……」
帝都の屋敷の一室で、マエリスは車椅子の背もたれに全力でもたれていた。
魔法学会のその後。交流会は楽しかったものの、どうにも満足のいく成果は得られなかったマエリス。
平民や、貴族でも爵位の低い登壇者──どうも発表にロマンを込めすぎているきらいがある彼らとは縁を結べたのだが、高位貴族や老人たちからは完全に睨まれてしまった。
そんな夜から、まだ一晩しか経っていないというのに。
「ボクの誕生日会なんて、これまで通り家族だけでひっそりとでいいじゃないか……」
「いけませんよ、マエリス様」
リフィがマエリスの前に紅茶を置く。
「デビュタントを済ませた以上、お嬢様は社交界の一員です。ならば派閥とは切っても切れない関係となったのですから」
「無難に『完全中立派』でいいから、そんなの……」
マエリスは呻きながら、紅茶のカップを手に取る。
そしてクッキーを一つ取り、マノンの口へと運んだ。
リスのようにお菓子をかじるマノンを見て、マエリスは癒される。
「今回招待に応じた皆様は、将来マエリスお嬢様の大切な友人となります。アカデミーでも、卒業後も、長く続く関係ですよ」
「この歳でそんなこと考えたくないなぁ……」
ぐっと、マエリスは紅茶を飲み干す。そしてマノンをリフィに預けて、車椅子を動かした。
「それじゃあボクは──いや、私は、そろそろ来賓のお出迎えに行きますね」
「申し訳ございませんマエリスお嬢様、そちらのお嬢様は解釈違いでございます」
「気合を入れてるんだから水をささないでよ!?」
最初にやってきたのは、学会の場で質問をしてきたポーセット伯爵家だった。
「ようこそお越しくださいました」
馬車から降りてきたのは、昨日も見かけた男性と少年と、目付きが鋭い女性。恐らくポーセット伯爵家当主とその妻、そしてジニーだ。
その女性が、マエリスに声をかける。
「あなたがマエリスさん?」
「はい、マエリス・マギカと申します。ポーセット伯爵家の奥方様とお見受けします」
「ふぅん、聞いてた通りに利発そうな子ね」
「恐縮です」
「でも、うちのジニーも負けていないわ。『次代の賢者』はうちの子よ」
「止めないか、エシカ。うちの妻が突然済まないね」
唐突に敵対心を剥き出してきた女性を、男性が止める。
『次代の賢者』──どうやらその称号に、奥方は固執しているようだ。
「いえ、昨日のほんの一瞬だけでも、ご子息様のセンスが我が父にも比肩しうると感じましたので、奥様の反応も当然かと」
「そうかい? 君が言うならそうなのかもしれないね」
「……どうでも、いい」
そう言って、ジニーは興味なさげに両親を置いて屋敷の中へと入っていく。
「ジニー! いやはや、珍しく息子がこういった会に参加したいと言ったかと思えば、想像以上に楽しみにしていたようですな」
「ご期待に応えられるよう、精一杯努めさせてもらいます」
次に来たのは、何かと縁があるラホープ公爵家だ。
「あらあ、可愛い子じゃない」
「母上! ですから僕はそういう目では──」
何やら意味深な目でリケを見る奥方。
「昨日の発表、実に見事だったね。私も色々と個人的に気になることがあるが……」
対して、当主はマエリスに興味を示す。
「まあ、今宵は君が主役だ。お祝いさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
続いてきたのは、フリュール男爵家だが、アヌが一人だけで来ていた。
「なんや、うち場違いやないか?」
「お似合いですよ、アヌ様」
「うわサブイボ立つわ。あんたのその口調寒気がするわ」
「……ねえ、ボクの作法って、そんなに変なの?」
エレノアにあんなに扱かれたのに……と、マエリスが遠い目をする。
「いや、なんちゅうか、完璧過ぎて近寄り難いっちゅうか……言葉が出てこんわ」
「あ、そ。既に何人か来てるから、先に話しながら待っててね」
「それ、うちが話しかけてええ身分やないやろ……」
最後に来たのは、ブルー侯爵家だった。こちらは父と娘の二人だけである。
「よゥ、邪魔するぜ」
「バルバロ様。昨日の助け舟感謝致します」
「あァ? 何かしたっけか、俺。まあ感謝はいくらでも貰ってやらァ」
「はしたないですわよ、お父様──マエリスさん。昨日の発表はお見事でしたわ。その、デビュタントの時は、試すようなことをして申し訳ありません」
豪快な『海賊』と、生真面目なフィエット。意外と二人の関係は良好のようだ。
「いえ、こちらこそフィエット様を出汁に使ってしまい申し訳ございません。トラブルは、ない方がいいですもんね」
「わ、分かればいいのですわっ」
「おいおいフィエット、顔を赤くしてどうしたァ? 初めてのお友達に感激ってかァ?」
「黙ってくださいまし、お父様」
フィエットの拳が、バルバロの鳩尾に刺さる。バルバロはよろめいた。
「では、また後ほど」
「はい」
こうして、フィエットが父親を引きずって入り、招待客は全員集まった。
マエリスも中に戻ろうとした、その時。カラカラと馬車の音が聞こえてくる。
「あれ? 招待客は全員来たよね?」
「そのはずですが……」
担当の執事と目を見合わせていると、馬車が止まり、中から少女が下りてくる。
可愛らしい、ピンクブロンドの髪を跳ねさせた少女だ。身にまとうのはドレスではなく、カジュアルな法衣。
教会関係者だろうか、とマエリスが首を傾げる。
「突然ごめんなさ〜い! 私、ヤリューレル聖教会のディアナ・サクリムって言います〜! 最近噂のマエリス様とどうしてもお話がしたくて〜! 招待は受けていないんですけど〜、ダメですか〜?」
ヤリューレル聖教──この世界の宗教の一つであり、最大宗教である。
そこから、飛び入り参加……? マエリスが訝しんでいると、執事マエリスに耳打ちする。
「マエリスお嬢様。ヤリューレル聖教会のディアナ・サクリム、そしてあの特徴的な髪色──もしかしたら『聖女』かもしれません」
「聖女……!?」
その言葉はヤリューレル聖教の中でも『勇者』に並んで特別な意味を持つ。
下手をすれば、教皇に匹敵するほどに。
「……ええ、大丈夫ですよ。まさか教会の方にまで来ていただけるとは思っておらず。どうぞ、お入りください」
「いいんですか〜! ありがとうございます〜♡ あ、もしかしてですけど〜、あなたがマエリスさんですか〜?」
「はい。この度は私の誕生日に来ていただきありがとうございます」
「わ〜感激です〜! デビュタントの話を聞いた時からず〜っと会いたくて──」
「ここは寒いですから、お話は中でしましょう。私は準備がありますので、また後ほど」
「あ、それもそうですね〜♪ それではまた後で〜楽しみにしてます〜♡」
そう言って、ディアナは屋敷の中へと入っていく。
「──すごいですね、マエリスお嬢様。まさか聖女様が来るとは」
「うーん……」
「何かご懸念が?」
「……いや、大丈夫」
マエリスは執事にそう告げて、屋敷の中へ入ろうとする。
(聖女って子……やたらとボクの額を見て、何かを探していたような……それに、何もないと分かった瞬間の、あの冷めた目……)
マエリスはディアナを警戒することにした。
この誕生会、一筋縄ではいかない予感がする。
「やれやれ、何だってこんな……胃薬を用意しておいた方がいいかな……」
そう呟いて、車椅子を反転させた。
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