会場の空気
魔法学術大会。
帝国随一と名高い魔法士たちが、魔法技術の発展のために集まり、研究成果を発表・議論し、知識を共有する「知の戦場」である。
略して学会。マエリスも前世では数回しか参加したことはないが、あまりいい思い出は持っていない。
(この時代は、ポスター発表はないんだな)
ミシェルに付いて、会場となる施設を進みながら、マエリスは漠然とそう考えていた。
「何か、珍しいものでもあったかな?」
「いえ……ただ、聞いてた話と違うというか」
キョロキョロと見回していたマエリスは、ミシェルに尋ねる。
本来、この手の学会というものは、インクとカビの匂いが染み付いた偏屈な老人たちの巣窟であるはずだ。
だが今日、会場を埋め尽くしているのは──
煌びやかなドレスや礼服に身を包み、甘い香水の匂いを漂わせる貴族たち。
まるでデビュタントの延長戦だ。
「聞いていたよりも人が多い……というか、場違いな人種が多い気が」
「そうだね。皆、気になる題材でもあるんじゃないかな?」
そんな綺羅びやかな題材なんて、何かあっただろうかと、マエリスは首を傾げていると、正面から声をかけられる。
「いや君だろう。デビュタントでどれだけ注目を集めたと思っている」
その声に、マエリスはパッと反応した。
声の主よりも、その主が掛けている「眼鏡」に。
マエリスは無言で車椅子を前進させると、相手の顔の直前まで詰め寄り、その瞳──いや、レンズを凝視した。
「うおっ!? ち、近い! なんだ!?」
「んー……やっぱりすごい透明度。歪曲収差もほとんどない。コーティング技術はどうなってるんだろ……」
「人の顔を見てブツブツ言うな! 挨拶はどうした!」
顔を真っ赤にして仰け反る少年。
見覚えのある巻き毛と、帝国最高峰のレンズを装備したリケ・ラホープだ。
「あ、ごめんごめん。リケ様、ごきげんよう」
「遅い! あと止めろ。君が深窓の令嬢のように振る舞うのは、何か鳥肌が立つ。一昨日のように普通に話せ。様もいらない」
「酷くない? 深窓の令嬢なのは間違ってないと思うんだけど」
「深窓の令嬢は、人の眼鏡を剥ぎ取ろうとする目で迫ってきたり、大胆なことをして注目を集めたりしない」
「うわー。男の幻想キモーい」
「な、非合理なことを言うな!」
クスクスとリケを弄ぶマエリス(前世は男性)。
子どもたちの会話の横で、大人たちの会話もある。
「先日ぶりですな、帝国の賢者殿」
「これはラホープ公爵閣下。先日はどうも」
「随分と愉快なご令嬢ではないですか。愚息から聞いていたよりも面白そうですな」
「失礼なだけの娘ですよ。ご子息こそ利発そうで」
「生意気なだけで。頭ばかり大きくなりまして」
そこで公爵が、面白そうにリケに尋ねる。
「リケ。お前が気に入っているなら、マエリス嬢と縁談を──」
「そういうのではありません父上! 僕たちは純粋な、技術的関心による関係で!」
真っ赤な顔で必死に否定するリケ。
ふと、マエリスが横を見れば、ミシェルが「悪くない話だ」と言わんばかりの貴族の笑顔で見下ろしていたので、肩をすくめる。
(ラホープ公爵家のガラス技術は欲しいけど、縁談ね……)
前世は死ぬまで彼女がいなかったマエリス。
今世では、見た目は可憐な美少女だが、中身はアラサーの技術屋の男だ。
(彼女……いや今世では彼氏か。男と付き合う? ボクが?)
想像してみる。
リケのような少年と、手をつないだり、甘い言葉を囁き合ったりする自分。
(……うわ、無理。魂が対応してない。重大なエラーが発生して強制終了する未来しか見えない)
身体と精神の乖離が深刻すぎる。
マエリスは早々に思考を放棄した。恋愛なんて非効率なバグの塊だ。今はガラス技術の方が大事である。
「それで? どうしてボクが理由って?」
「そのままの意味だ。君がデビュタントで注目を集めて、君が学会に出ると賢者が吹聴した。お陰で今回の魔法学術大会は過去最高の参加者数だ」
リケの言葉に、マエリスは再びミシェルを睨む。
「お父様?」
「何かな?」
何かな、ではない。白々しいミシェルの笑顔にマエリスは苛立つが、言っても無駄なのは分かっている。
(この大観衆の前で発表? しかも、中身は半分以上「素人が知ったかぶりした貴族」ってこと?)
「い、胃が痛くなってきた……」
純粋な学術議論ならともかく、見世物小屋の猿のような視線の中で発表しなければならない。
前世の学会発表での失敗がフラッシュバックして、顔を青くするマエリス。
「今回は僕も発表するんだ。お互いにベストを尽くそう」
「あ、うん、お手柔らかに……」
意気込むリケと、対照的に弱気になってきたマエリスであった。
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