魔法学会に向けて
デビュタントは恙無く終わった。
今回の件で、マエリスはペーラ・ウルト大陸の貴族たちに強い印象を与えた。
「不思議な車椅子を駆る少女」、「障害を越えた者」、「次代の賢者」──様々な呼び名で、その存在は拡散されていくことだろう。
「お父様。ボクはそろそろまとまった研究の時間が欲しいです」
そんな当の本人は、帰りの馬車の中で、開口一番そう訴えていた。
「初めての社交場は、やはり君でも疲れたかな」
「あれはマトモな人間がやることじゃないですね」
「とんでもない暴論を言うものだ」
苦渋に満ちた表情で吐き捨てるマエリスに、ミシェルは苦笑する。
「だがもう少し辛抱が必要だよ。明後日には魔法学術大会があるのだから、明日は私とその準備をする」
「えー……」
いよいよ形を保てなくなり、溶けるように姿勢を崩すマエリス。
「デビュタントはよくできていたじゃないか。あれで構わないんだよ」
「それが疲れると言うんです。特に最後のダンス……もっと遠隔操作の実験をしておけばよかった」
「あれには参加者全員、肝を抜いただろうね。私でも目を離せなかったのだから」
車椅子というハンデを無視した、完璧なダンス。だがその代償は大きく、かなり神経を使ったマエリスの疲労はピークだった。
途中、いけそうだと思って皇子を煽ったのが悪かった。
それを馬車に乗るまではおくびにも出さなかったのは、エレノアの授業の賜物だろう。
「とにかく、今日はもう休みなさい」
「そうします……」
そして馬車の揺れにさらわれて、マエリスは瞼を閉じた。
翌日。
「おはようございます」
「おはようマエリス。あまり休めなかったのかな?」
「いや、体は元気なのでお構いなく」
目にクマを作ってきたマエリス。
昨晩は寝る前にマノンに捕まり、デビュタントの話をしていたら遅くなってしまったのだ。
「さて、では明日の話だ」
「はい」
「君が書き上げた論文は三つ。
『魔法陣と詠唱魔法の比較』、『上位属性の再定義と複合魔法の条件』、『魔法陣の構築法則』──この中で、『上位属性の再定義と複合魔法の条件』一つだけを、明日は発表することになる」
「全部ではないのですか? 論文は書いたら早く公表するものでは?」
マエリスが前世の感覚でそう尋ねる。するとミシェルは首を振った。
「君の内容はどれも新しすぎるからね。三ついっぺんに公表してしまえば、白髪頭の漬物石たちが一斉に火を噴いてしまう」
「自然の淘汰なんですから、無視でよいのでは?」
「そういう輩に限って権威はあるからね……それに、魔道具の正体を隠すためでもある」
「?」
ミシェルは、マエリスの車椅子を見ながら、やや声のトーンを落とす。
「昨日のデビュタントで、君の車椅子は多大な注目を集めた。
あれだけの性能だ。『どうやって作ったのか』と、明日以降ハゲ鷹のように探りが入るだろう」
「……それは、今でもそうじゃ? マギカ辺境伯領で作られたのは、もうバレてますよね?」
「だから、『嘘』をつく」
ミシェルは人差し指を立てた。
「あの車椅子は、『北の遺跡から発掘された古代の魔道具を修理したもの』……そういうことにする」
「あー、なるほど。オーバーテクノロジーを過去の遺産に押し付けるわけですね」
「そうだ。『マギカ家が作った』と言えば、設計図を寄越せと圧力がかかる。だが『拾った』と言い張れば、解析されるまでは時間を稼げる。
……少なくとも、来年。マノンのデビュタントが終わるまでは、マギカ家の『技術的優位』を隠しておきたい」
「妹の晴れ舞台のために、姉は道化を演じろと?」
「君なら、その道化すら楽しむだろう?」
「……まあ、否定はしませんけど」
マエリスは肩をすくめる。
確かに、自分の技術が「古代の秘宝」扱いされるのは、技術者としては少し不服だが、面倒ごとは少ないに越したことはない。
まあインターネットも電話もないこの世界、情報の拡散には時間がかかる。マエリスの投げ込んだ話題が大きな波紋を呼ぶのは、まだ先になるのだろう。
「ボクは、ボクの偽物でも現れるのは歓迎ですが」
「普通は技術は秘匿するものだ。明日の発表後の交流会でも、口を滑らせるなよ」
「はーい」
ミシェルの懸念も分かるため、マエリスはとりあえず承諾した。
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