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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第二章 Order:至宝を守る痣

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デビュタント 中編

会場のざわめきは、マエリスたちの入場後もしばらく収まらなかった。

だが、続いて読み上げられた名前に、空気の色が変わる。


「帝国の海の守護者、バルバロ・ブルー侯爵、ならびに──ご令嬢、フィエット・ブルー様、ご入場の儀!」


現れたのは、絵に描いたような「深窓の令嬢」だった。

豪奢な青いドレスに、見事な縦ロールの金髪。扇子片手に優雅に歩く姿は、マエリスとは対極にある「伝統的な貴族の美」そのものだ。


彼女はチラリとマエリスの方──正確には車椅子──を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。

言葉はなくとも、「そんな不作法なものを持ち込むなんて」という心の声が聞こえてきそうだ。


その父親で当主である男は、『海賊』という二つ名の通りの見た目であり、顔を斜めに走る三本の傷痕が威圧感を倍増している。


(親子共々、怖そうな感じだなぁ……)


マエリスが苦笑していると、さらに重厚なアナウンスが響く。


「帝国の砂の開拓者、シュヴ・ラホープ公爵、並びに、ご嫡男リケ・ラホープ様、ご入場の儀!」


次に入ってきたのは、ふくよかな体型の男性と神経質そうな眼鏡の少年だ。


見覚えがあるな、とマエリスが思うと同時に、彼は会場に入るなりキョロキョロと周囲を見回し──マエリスを見つけた瞬間、その動きを止めた。

眼鏡の奥の瞳が見開かれる。


「やはり、お前だったか」と口元が動いたのを、マエリスは見逃さなかった。


(ああ、平民街の本屋の)


どうやら本屋での一件は、彼の中でまだ終わっていないらしい。


そして、最後にファンファーレが鳴り響く。


「帝国の父、トロワジエ皇帝陛下、帝国の母、シャルボート皇后陛下、並びに──ロイ・カラバ第二皇子殿下、ご入場の儀!」


全員がその場に跪く。マエリスは車椅子の背を少し倒して礼の代わりとした。


大階段の上に現れたのは、この国の頂点。

『猫憑き』と言われているそうだが……見た範囲では猫要素は分からない。


そしてその傍らには、不遜な笑みを浮かべた赤毛の少年──ロイ皇子が立っていた。


彼は退屈そうに会場を見下ろしていたが、その視線がマエリスで止まる。


(……げ)


目が合った。

皇子はニヤリと、捕食者のような笑みを浮かべる。

2年前、マエリスがコテンパンにした(らしい)相手は、どうやら執念深い性格のようだ。


「頭を上げよ」


皇帝の厳かな声と共に、デビュタント──いや、マエリスにとっての「包囲網」が幕を開けた。




皇帝の言葉が終わり、楽団の演奏が始まると、会場の空気が一気に解けた。

ここからは「交流」の時間だ。グラス片手に談笑する貴族たちの輪が、そこかしこに生まれていく。


「さて、マエリス。私も古狸たちに挨拶回りをしてくるよ」

「いってらっしゃいませ、お父様。無理な愛想笑いで顔を攣らないといいですね」

「善処するよ……何かあったら、遠慮なくやりなさい」


そう言い残して、ミシェルは人の波へと消えていった。

残されたマエリスは、ひっそりと会場の端──壁際のスペースへと移動する。

当然、誰も話しかけてこない。


「車椅子の令嬢」という異物感と、「皇子と不仲」という噂が、見えない壁を作っているのだ。


(ま、静かでいいけど)


通りがかりの給仕から受け取った果実水を一口飲んだ、その時だった。


「──マエリス・マギカ嬢とお見受けする」


壁を破って現れたのは、先ほどの眼鏡の少年──リケ・ラホープだった。

彼は挨拶もそこそこに、鋭い視線をマエリスに──正確には車椅子に突き刺す。


「単刀直入に聞く。あの書店で君が示した計算式……『係数1.44』の根拠は何だ?」

「は?」


マエリスは呆気にとられた。

デビュタントのファーストコンタクトが、家柄の話でも天気の話でもなく、数学の係数の話だとは。


「挨拶より先に数式の確認? ラホープ公爵家では随分と合理的な教育をしているんだね」

「皮肉はいい。僕は一晩考えたが、既存の魔力学ではあの数値は導き出せなかった。だが、君の計算通りにすると、確かに塔の歪みは解消される……」


リケは眼鏡を押し上げ、熱っぽい口調で捲し立てる。


「君は、何を知っている? それにこの車椅子……さっきの階段の昇降。伝説で語られる重力制御か?  それとももっと物理的な、排気による推力か?」

「……へぇ」


マエリスの目が少し細められる。


(あの一瞬で、ホバーの原理に勘づいた?)


ただの頭でっかちかと思っていたが、どうやら目の前の少年は、この国でも数少ない「話が通じる(かもしれない)人種」らしい。


「教える義理はないけど……ヒントくらいならあげてもいいよ」

「何っ?」

「『空気も質量を持つ流体である』……これを前提に、渡した数式を見直してみなよ」


その言葉に、リケは雷に打たれたように固まった。

ブツブツと何かを呟き始め、完全に自分の世界に入り込んでいる。


キラリ、と。

会場のシャンデリアの光を反射して、少年の眼鏡が鋭く光った。


「……ん? ちょっと待って」


そこではたと、マエリスは気付いた。

その眼鏡のレンズ──異常なまでに『透明』だ。


(嘘でしょ……? 気泡がない?)


前世では当たり前すぎて見落としていたが、この世界のガラス技術は低い。マエリスも以前サングラスを作ろうとしたが、素材が「分厚くて、気泡混じりの緑色の板」しかなく断念した経緯がある。


だか、リケの眼鏡はどうだ。

薄く、均一で、クリスタルのように透明だ。


レンズの縁が景色を歪めていることから、度が入っているのは間違いない。つまり、高度な「研磨技術」も存在していることになる。


(ラホープ公爵家……『砂の開拓者』……砂……珪砂……まさか、ガラスの独占技術!?)


マエリスの技術者としての血が騒いだ。

係数1.44なんてどうでもいい。今すぐその眼鏡を奪い取って、屈折率と素材配合を分析したい。


「ねえ、ちょっと君。その眼鏡──」


マエリスは身を乗り出して声をかけるが、リケはブツブツと数式を呟き続けており、完全にこちらの声が届いていない。


「……ちぇ、駄目か。再起動に時間がかかりそうだ」


マエリスは舌打ちをして諦めた。

非常に気になるが、今は会話が成立しそうにない。変人は変人の世界で忙しそうなので、放っておくことにした。




ふと、マエリスは視線の端に、妙な動きをする影を見つけた。


会場の柱の陰。

豪奢な料理が並ぶテーブルの影に隠れるように、茶髪の少女がコソコソと動いている。


時折こちらをチラチラ見ては、「見つかってないよね?」とビクついている様子だ。


(あれは……見覚えがあるなぁ)


服装は全く違う。だが雰囲気は路地裏の古道具屋で小銭稼ぎをしていた少女にそっくりだ。


どうやら彼女は、マエリスに『スラムでの小遣い稼ぎ』をバラされるのを恐れて、必死に気配を消しているらしい。


マエリスはニヤリと口角を上げた。


(ちょっと挨拶してこようかな)


マエリスは音もなく車椅子を走らせ、獲物の背後へと忍び寄る。

相手が、目立つ車椅子を見失ってあたふたする、その隙を狙う。


「こんにちは」

「ひぇ!?」


まるで幽霊でも見るような反応でマエリスを見る少女。


また会いましたね(・・・・・・・・)。マギカ辺境伯家の長女、マエリス・マギカと申します」

「ひえ、あ、うちは、じゃなくて私は、フリュール男爵家の長女のアヌ・フリュールって言うんや、言います。始めましてでは……」

「酷いなぁ、ボクから銀貨五十枚もぼったくったのに忘れたんだ。被害者は覚えてるのに加害者は忘れるんだね」

「あないなこと忘れられるわけないやろ!? ──あ」


思わず反応してしまった少女──アヌに、マエリスはニコリと笑う。


「ちょっと話を聞かせてよ」

お読みいただききありがとうございます。


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