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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
序章 Order:紅に射す光

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窓辺に紅い涙

「おねえちゃ、あそぼ」

「あー、えーっと……」


マノンとマエリスが同室になって数日。

机に羊皮紙を散らかして頭を抱えるマエリスの服の裾を、マノンがぐいぐいと引っ張っている。

マエリスは真っ白な羊皮紙を一瞥し、諦めたように溜息をついた。


「……いいよ、気分転換になるだろうし」

「きゃーやった! じゃあねじゃあね、おねえちゃ、まじょ!」

「あぁ、またボクは悪役なんだね。いいよ、やってあげる」


マエリスは基本的に子供に関心がない。 だが、同室である以上、環境の適正化は必須タスクだ。

それに、前世で読み聞かせボランティアをしていたわけでもないのに、なぜか彼女は「悪役」の演技だけは得意だった。根がひねくれているせいかもしれない。


「ふぇっふぇっふぇ、その程度の魔法がこの大魔女に届くもんかい!」

「きゃー! まじょめ! ゆうしゃまのんが、やっちゅけ──」


マノンが小さな手でポカポカと攻撃してくる。 マエリスは大げさにリアクションを取りながら、じりじりと後退する。


「仲良し姉妹、尊いですぅ」

「ルピ、窓枠に埃がこんなに残っていますよ」

「ひぃぃぃ、リフィさんがお姑さんみたいですぅぅぅ」


外野がうるさい。マエリスは横目で二人を見つつ、背後の大きな窓に視線を走らせた。

分厚く、気泡の入った質の悪いガラス窓だ。


(このガラスじゃ、レンズの加工は無理だな……)


マエリスの思考は、遊びの最中でも止まらない。マノンの視力を補正する眼鏡が作れないか考えたが、そもそも彼女は近視・遠視ではない可能性が高い。

必要なのは度数ではなく──。


「おねえちゃ、たおしちゃうよ?」

「ああごめんごめん。──ほらほらどーしたー? そんなんじゃ届かないぞー!」


マエリスは思考を中断し、わざとらしく窓際へ誘導されるように動く。

いつものパターンなら、ここで隠れていたメイドに捕まり、マノンに倒されるのがお約束だ。


「ゆうしゃまのんの、ひっさつ……」


しかし今日は様子が違った。 窓際に立った瞬間、マノンの動きがぴたりと止まる。


「──マノン?どうしたの?」


正面にいたマエリスはすぐに異変に気付き、妹の体を支えた。


「うう、うぅぅぅ、うぅぇぇぇぇぇぇぇ!」

「え、ちょ、本当にどうしたの!? 痛いの? どこか痛い?」


突然の号泣に、マエリスはパニックになる。

怪我? いや何もしてない。

腹痛?  ボクもリフィもルピも問題ない。なぜマノンだけ?


「何だ、何が原因だ、何で──」

「あぁ! も、もしかして──」


ルピが叫ぶと同時に、シャッ、という音が響いた。彼女が猛ダッシュで窓のカーテンを閉め切ったのだ。

薄暗くなる室内。すると、マノンの泣き声が少しだけ弱まった。


「前に一度ぉ、マノン様が窓際でうずくまってぇ、夕方まで泣いていたことがあったんですよぉ。それ以降もぉ、明るい時間はあんまり窓の近くに来ないなぁって思ってたんですぅ」

「え?つまり、光が原因ってこと?」

「そうなるんですかねぇ」


ルピが語るエピソードを聞きながら、マエリスは前世の記憶を掘り起こしていく。


ルピの言葉に、マエリスの中で点と点が繋がる。

アルビノ──先天性白皮症。メラニン色素の欠乏。色素の役割は、有害な紫外線の吸収と、過剰な光の遮断だ。

通常の眼球は、虹彩という黒目の部分がカメラの絞りのように光量を調節する。だが、色素のない虹彩は光を透過してしまう。

つまり、マノンの目には常に「カメラのフラッシュを直視している」ような過剰な光が飛び込んでいるのだ。


マエリスは呻いた。 眩しいなんてものではない。網膜が焼けるような痛みを感じているはずだ。


「道理で、マエリス様の髪にだけ反応するわけでございますね。私たちの銀髪では、マノン様には眩しすぎるのでしょう」

「あれ? でもリフィ、前にマノンから『おねえちゃ』って呼ばれたんじゃなかったっけ?」

「ええ。マエリス様の髪色に近づけるよう、試しに黒いリボンを付けてみたのです」


今も付けておりますよ、とリフィは頭のリボンを摘まんで見せる。言われてみれば、確かに黒いリボンがある。

かなり目立つ大きさなのに、マエリスは今の今まで気付いていなかった。


「おや、お嬢様の目は節穴でございましたか」

「な」

「リフィさぁん、ダメですよぉ。マエリス様も人見知りされる方なんですからぁ。まだ人の目を(・・・・・・)見られない(・・・・・)だけですよぉ」

「え……?」


ルピの何気ない一言が、マエリスの胸に突き刺さる。 目を見ていない? ボクが?


「……あ」


マエリスは愕然とした。確かに、今この場にいない母の顔を思い出そうとしても、ぼんやりとした輪郭しか浮かばない。リフィの顔も、ルピの顔も。

前世からの癖だ。他人に関心がなく、人間関係を避けてきたから、無意識に相手の目を見ないようにしていた。


妹の苦しみに気付けなかったのは、知識不足のせいじゃない。ボクが、マノンの顔を──瞳を、ちゃんと見ていなかったからだ。


「……ぐすっ、おねえちゃ……」

「ごめんね、マノン」


今度こそ、しっかり見る。 涙でぐしゃぐしゃになって、折角の美人が台無しだ。充血した赤い瞳が、痛々しく潤んでいる。


(眩しかったんだね。ごめん、気付いてあげられなくて)


こんな小さなSOSさえ、自分は見落としていた。 前世の知識も、研究者としての観察眼も、一番大事な「見る目」がなければ何の意味もない。


マエリスは自戒を込め、震える妹の頭を優しく撫でた。そして強く思う。

サングラスが必要だ。でも、この世界の技術じゃ作れない。なら、どうする?


(──魔法陣で、作るしかない)

お読みいただききありがとうございます。


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