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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第二章 Order:至宝を守る痣

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デビュタント 前編

「マエリスお嬢様、起きてください」

「んみゅぅ……もう少しだけ……」

「デビュタントに遅れてしまいますよ」

「なら尚更出たくない……」


その日の朝、マエリスはベッドから出ることを拒否して、布団の中に立てこもっていた。


「お嬢様、早く出なければ……」

「出なければ?」

「奥様の雷が落ちます」

「マエリス?」

「……物理的にも落としてきそうじゃんヤダー」


しかしこの抵抗を予想していたリフィはシャーロットを呼んでおり、結果マエリスは無条件降伏をした。


「全く、昨日までは朝早くから帝都に出ていたそうじゃない」

「楽しかったです──貴族街は許さないけど」


マエリスは、昨日遠目に見た貴族街の店々を思い出して頬が引きつる。


権威を示すための無駄に高い階段。狭い回転扉。車椅子で入店することなど微塵も想定していない、バリアフリー皆無の建築群。

ついでに周りの視線が、平民街よりも厳しかった。


それを聞いてシャーロットは溜息を吐いた。


「貴族として舐められているからよ。それを覆すために社交があるのよ」

「面倒くさいなぁ……」

「文句を言わないでちょうだい。民の税で生活している以上、これも仕事よ。

 私も今日はお茶会に誘われてるのだから早くしてちょうだい」

「はーい」


ベッドから降りたマエリスは、トボトボとシャーロットの後をついて行くのだった。




「リフィ、これじゃあ幼すぎるわ。ただでさえマエリスは背が低いのだから、もう少し大人びたデザインでもいいはずよ」

「いいえ奥様。マエリスお嬢様は普段の言動がややサバサバしておられるので、多少の子どもアピールは必要かと」

「何でもいいよ。動きやすそうなアレとかはダメなの?」

「「マエリス(お嬢様)の意見は聞いていません」」

「どうして……」


朝食後、マエリスは数十分もの間着せ替え人形になっていた。

クローゼットを埋め尽くす子ども用のドレス。それを一着一着身につけるたびに、マエリスの心は擦り減っていた。


「おねえちゃ、キレイ! お姫様!」

「可憐で素敵ですぅ」

「マノンとルピにはこれが楽しそうな光景に見えるんだね……」


そこからさらに数十分を要して、マエリスのドレスアップは完了した。


深紅の、少し大人っぽいドレス。

だが、ただのドレスではない。

座った姿勢でも皺が寄らないよう裁断され、スカートの裾は車輪やホバー機構に巻き込まれないよう、絶妙な丈と広がりで固定されている。


リフィとマエリスが徹夜で議論した「可憐さと安全性のハイブリッド」──それが最終的な回答だった。


「はわぁ……とっても綺麗ですぅ……」

「会心の出来です」

「疲れた……」


既にマエリスの心労はピークだが、残念なことにまだ本番は始まっていない。


扉がノックされ、ミシェルが入ってくる。


「失礼するよ──おぉ、贔屓目を抜きにしても、とても華やかだ。君の若い頃にそっくりじゃないか?」

「私はもう少し可愛げがありましたよ」


夫婦のやりとりを見て、マエリスは思う。

この世界の貴族は一夫多妻が普通だ。増してシャーロットは、悪く言えば「障害のある子どもしか産めなかった質の悪い母体」である。貴族的には側室を持つのが当然だ。

だがミシェルはそうしない。それがミシェルの愛なのだろうと、マエリスは考える。


「では行こうか、マエリス。今日の戦場に」

「はぁ……腹を括ります」




帝城へと向かう馬車の中。マエリスの正面に座るミシェルは、険しい表情でマエリスを見ていた。


「マエリス。帝都へ来る間の馬車で言ったことは覚えているね」

「マギカ辺境伯家にとってアウェーという話ですか?」

「ああ。あの時は喧嘩を買わないように言ったが、言われっぱなしというのもまた、貴族的には問題でね」

「はあ」

「別にそのまま放置しても問題はないが、やはり雑音は少ない方がいいだろう?」

「そうですね」


マエリスは頷く。同時に、ミシェルが何を言いたいのか分からず首を傾げた。


「だから今から言う二つを覚えてくれたまえ」

「はい」

「一つ。今回のデビュタントで、私は君の手助けはしない。私はマギカ辺境伯家当主として、家の利益を優先させてもらう」

「それは、ボクを『健常者』として扱うって意味で合ってますか?」

「そうだ。社交はエレノア先生から教わっているだろう? 授業の成果を見せてもらおう」

「わかりました」


元より障害者として憐れまれるつもりは毛頭なかったが、改めてマエリスは気を引き締めた。


「もう一つは?」

「ああ。もしも今から言う家から喧嘩を売られたのなら、遠慮せず在庫いっぱい買い叩いてくれて構わない」

「……意外ですね」


てっきり、穏便に済ませて欲しいと言うのかと思っていたが、逆に武闘派なことを言い出したミシェルに、マエリスは驚く。


「忘れているようだが、マギカ辺境伯家は代々『北の砦』として帝国を守護してきた武家だ。それが穏便に済ませるなど、格好が付かないだろう?」

「そういうものですかね」

「そういうものさ。特に貴族社会ではな。さて、その家々だが──」


ミシェルと作戦会議をしている間に、馬車は帝城へと到着した。


ミシェルにエスコートしてもらい、降車して車椅子を展開したマエリス。


「マギカ辺境伯家、ミシェル・マギカと長女のマエリス・マギカだ。デビュタントに参加すべく参じた。通してもらおうか」

「は、招待状を拝見します」


門番が慣れた手付きで業務を進める中、周りからは隠しきれない陰口が聞こえてくる。


「何かしら、あれ。車椅子?」

「あんなものを使うなんて、目立ちたいのかしら」

「弱いから配慮して欲しいとか? 来なければいいのにね」


周囲の不躾な視線と陰口に嫌な気分となるが、戦いは既に始まっている。マエリスは完璧な淑女の笑みを顔に貼り付けた。


「──確認できました。どうぞ、お通りください」


門番の手が止まり、道が開けられる。

その先には、入場口へと続く十段ほどの石階段があった。スロープなど、当然ない。


周囲の貴族たちが「どうするつもりだ?」「父親が抱えるのか?」と嘲笑混じりの視線を向ける中──ミシェルはマエリスの方を見ずに、スタスタと階段を登り始めた。


「……」


マエリスは表情一つ変えない。

手元のボタンを指先で弾くと、車輪がスカートへと変化し、隙間から「ヒュン」という鋭い吸気音が鳴った。


次の瞬間。銀色の車椅子は、階段の段差を「無視」した。

ガタつきも、揺れもなく。まるで氷の上を滑るように、マエリスは重力に逆らって階段を滑り上がったのだ。


「は……?」

「え、いま、どうやって……?」


門番や周囲の貴族が、我が目を疑って瞬きをする。

だが、その時にはもうマエリスは階段を登りきり、父の背中を追っていた。


その機構の凄さを理解できる者は、この場にはまだ居ない。ただ「奇妙なものを見た」というざわめきだけが残された。




その後、一時的に控室に通され、少しの待ち時間でマエリス達は呼ばれる。


会場となるホールの扉の前。ミシェルとマエリスは隣り合って時を待つ。

互いを意識する必要はない。やることはもう決まっているのだから。


「帝国北方の守護者、ミシェル・マギカ辺境伯! 並びに、ご令嬢マエリス・マギカ様、ご入場の儀!」


重厚な扉が左右に開かれる。

シャンデリアの眩い光と、無数の視線。

その中心へ、歴戦の威容を誇る父と、深紅のドレスで鋼の機構を駆る娘が、悠然と躍り出た。

お読みいただききありがとうございます。


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