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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第二章 Order:至宝を守る痣

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帝都観光 本屋編

帝都の朝は早い。 だが、マギカ辺境伯家の朝はもっと早かった。


珍しく朝から元気なマエリスの声が響く。


「リフィ、出かけるよ! 準備して!」

「……マエリスお嬢様。まだ到着して翌日ですよ。荷解きも終わっていませんが」 「デビュタントが明後日でしょ? もう時間がないんだから、今のうちに帝都を物色しないと、ボクの研究が退屈に殺されちゃうよ」


マエリスにとって、研究の停止は呼吸の停止と同義だ。

呆れるリフィを急かし、マエリスは朝の帝都へと繰り出した。




帝都ウルタールの大通り。平民街から貴族街を貫き城へとまっすぐ伸びるこの通りは、帝都で最も繁盛している場所の一つだ。


貴族街の店はこんな朝早くからは開かないため、マエリスたちは平民街へと足を運ぶ。車椅子で通りを進むマエリスの姿を、帝都の住人は奇異の目で見ていた。


「どこがいいかなー、何がいいかなー。あ、あれ本屋じゃない!?」

「平民街に本屋があるとは、さすがは帝都です」


羊皮紙が普及しているとはいえ、活版印刷がないこの時代。本はとても貴重で高価なものだ。識字率とて一割程度だとも言われている。


にも関わらず、マエリスの見つけた本屋は年季が入った店構えながらしっかりしていた。


「リフィ。ここからは押してくれる? ホバーの風でお店を荒らしちゃいけないからさ」

「畏まりました」


マエリスが左のボタンを押し、スカートが車輪へと変化する。

扉を開けると、カランカランというベルの音と共に、古書の香りがマエリスに届く。


そこにはしっかりと綴じられたものから、メモ書きをまとめただけの束まで、色々な種類の本があった。


「へぇ、蔵書数はなかなかのものだね──分類が杜撰だけど」

「声が大きいですよ……それで、お目当ては?」

「魔法陣の本があったら、真偽関係なく買い。それ以外なら、幾何学とかデザインの本かなぁ。そろそろ新しい魔法陣のパーツが欲しいんだよね」

「……ありますかね?」

「まあ探してみないと。案外お宝が眠ってるかもだし」


マエリスは滑るように店内を進む。小難しそうなタイトル、娯楽小説と思われるタイトル、意識が高そうなタイトル──色々あったが、どれもマエリスの目的とは外れている。


なさそうかな、とマエリスが視線を上げた時、ふと面白そうなタイトルが目に入った。


「リフィ。あの『古代構造解説』って本取ってきて」

「畏まりました」


言われてリフィがひょいと本を棚から抜き取り、マエリスへ渡してくる。


「ふんふん……ん? んー……ちょっとここはなぁ……」

「おい、お前!」


マエリスがパラパラと本を流し読みをしていると、前から突然声をかけられる。

マエリスが目線を上げると、そこには少年がいた。


年の頃はマエリスと同じ、五歳ほどの少年だ。 仕立ての良い服を着ており、その巻き毛の髪と、知的な瞳を隠す眼鏡が印象的だが、その怒りまでは隠せていなかった。


「人が取ろうとしていた本を横から奪うなど、マナー違反だろう!」

「え? あー、そうなんだ、ごめんね」


視界に入っていなかった少年の怒声に、マエリスは謝罪して素直に持っていた本を少年に渡す。

その様子に、少年は毒気を抜かれたように戸惑っていた。


「え、あ、ああ、分かればいいんだ」

「君も、その絵本を読むなら気を付けなよ」

「え、絵本だと?」

「うん。図はキレイだけど、理論計算が間違ってるからね。だからフィクションとして楽しみな」

「何だと……?」


少年の困惑が侮蔑へと変化する。


「撤回しろ。この著者は皇帝の別荘の建築にも携わった高名な建築士だ。計算が間違っているなんてことは──」

「あるよ。第二章の最後」


マエリスはリフィから羊皮紙とペンを受け取ると、サラサラと数式を書いていく。


「このアーチの重心位置は合ってるんだけど、そこから横にかかる負荷が違う。遺跡の結界強度は様々だから、この本の第一章の数字を参考にすると──ほら、ここの係数は1.44になる。0.2も数値が違えば、第三章からの結論も変わるでしょ。

 多分、別の遺跡の数値と間違えたんじゃないかな」


紙上に展開される、美しくも冷徹な数式の羅列。それは五歳の子供が書くものではなく、少年が今まで見たこともない高度な演算記号の行進だった。


「……嘘だ……そんな……」


少年は眼鏡の位置を直し、何度も何度も数式を目で追う。


「……非合理的だ」


そして負けを認めるかのように言葉を絞り出した。


「何故、君のような幼児が、ここまで高度な数学を扱える? 何故『魔力粒子論』の概念を知っている?」

「いや幼児って。ボク、君と同い年くらいだと思うんだけど」

「え?」


少年が呆然とする中、マエリスは後ろに控えていたリフィに声をかけた。


「行こうリフィ。ここは専門書が弱いね。次のお店を探そう」

「はい」


銀色の車椅子が風のように去っていくのを、少年は見送る他ない。


「……」


残された少年は、重たい本を抱えたまま動けなかった。プライドをへし折られた屈辱。だがそれ以上に、胸の奥で熱い何かが疼いていた。


「……あのメイドの服にあったのは、『森と三羽烏』の紋章……それに、車椅子……?」


遠ざかる背中を見つめ、少年は強く本を握りしめる。


「面白い。面白い相手だ、マエリス・マギカ」

お読みいただききありがとうございます。


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