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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第二章 Order:至宝を守る痣

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新たな季節

第二章、開幕です。

スタンピードという過酷な冬を越え、マギカ辺境伯領にも遅い春が訪れていた。

屋根に薄ら残っていた雪が解け、雫となって軒先から滴り落ちる。

外気は未だ肌を刺すように冷たいが、屋敷の一室──かつて倉庫だった場所を改造した研究室からは、季節外れの熱気が溢れ出していた。


「よし! よーし! 強度と重量の最適化に成功したと、言っていいでしょこれは!」


床にペタリと座り込んで快哉を叫ぶ幼女は、マエリス・マギカ。

彼女の視線の先には、この世界には存在しないはずの銀白色の座面──新型の車椅子が鎮座していた。


従来の木製車椅子とは一線を画す、チタンによる流線型のフレーム。

地面を噛むゴムタイヤはなく、搭乗者がタイヤを回すためのハンドルもない。

あるのは、乗り手の意思で動く自走機構と、無駄を極限まで削ぎ落とした冷ややかな機能美だけだ。


「おめでとうございます、マエリスお嬢様」


その椅子に深々と腰掛け、幼い主人を祝福したのは専属メイドのリフィだ。

彼女は今、その身を持って強度実験を行っていたのだ。


「これだけ中がスカスカの構造なのに、大人の私が全体重をかけても軋み一つありませんね」

「パイプの構造を見直したからね。リフィがフル装備で暴れても歪まない計算だよ」

「……日常生活に、そこまでの強度は不要では?」

「『魔王の影』には何度も壊されたし……それに帝都には何があるか分からないから。最低でも、流れ弾や中級魔法くらいは弾けないと」

「デビュタントの会場に、魔法は飛んできません」


リフィの呆れを含んだ言葉に、マエリスは「備えあれば憂いなしだよ」と肩をすくめて苦笑する。


「それよりも、ほら。右のアームレストにあるスイッチを試してみて」

「これですね」


リフィが指先で小さな突起を押し込む。

カチリ、という硬質な音と共に、世界が変わった。


ブォンッ……


低い駆動音。

車輪を構成していた銀のパーツが、光の粒子となって分解され、瞬時に椅子の下部へと再構築される。現れたのは、円盤状の銀のスカート──ホバーユニットだ。


「よしよしよし! ホバーモードへの変形もスムーズ!」

「魔力の消費も少なく感じますね。浮遊感も安定しています」

「同じ鉱属性への切り替えなら、魔力の再利用ができるのはあの戦いで実証済みだからね。回路のロスも誤差の範囲内だ」


命がけの戦場で得たデータは、確実に技術を進歩させていた。

マエリスは満足げに頷くと、指折り数えて今後の野望を語り出す。


「あとは『生命』と『精神』属性でできることを調べて、制御術式のアップデートもしたいよねぇ。

 魔法陣を極小化して刺繍にできれば、ドレス自体を防具にできるし。あとはボクの脚部補助具も──」

「マエリスお嬢様」


スッと音もなくホバーから降りたリフィが、冷水を浴びせるように告げる。


「研究計画をいくら積んでも、予定は変わりませんよ」

「……うぅ、帝都行きたくないなぁ……」


春になり、新年となった。マエリスも今年で五歳。

帝国貴族の義務として、幼い才能をお披露目する『デビュタント』への参加は避けられない。


「あーあ。帝都なんて行ったら、実験する場所も素材も時間もないじゃないか。煌びやかなだけの牢獄で、退屈で死んじゃうよ」

「ご安心を。旦那様が『向こうでも退屈はしないだろう』と、何やら含みのある顔で笑っておられましたから」


そしてその出発日は、今日だ。


「それはそれで嫌だなぁ……。リフィ、荷物は?」

「すでに馬車の方へ」


リフィが一歩横にズレると、扉の向こう、廊下の壁に立てかけられたマエリス用の小さなトランクが見える。


「じゃあリフィ、ボクを抱えてあの車椅子に乗せてくれる? あと外まで押してって」

「お断りします。私は残りの荷物を運ぶので忙しいので、お嬢様は自力でお願いします」

「ケチー」


マエリスは唇を尖らせると、パチンと指を鳴らした。

その瞬間、リフィが先ほどまで乗っていた車椅子が光となって霧散する。


同時に、マエリスが座っていた床から、銀の蔦が伸びるようにして新たな車椅子が構築された。

マエリスの体を優しく持ち上げ、座らせるまで、わずか数秒。


「……ふふ、お見事です」

「楽しようと思ったのに」


マエリスはホバーモードを起動し、リフィが開けてくれた扉を滑るように抜けていく。


自分の足は動かない。だが、魔法があればどこへだって行けるのだ。


玄関から外へ出ると、春の柔らかい日差しの中、ミシェルが馬車の横で待っていた。

隣にはすでにマノンと母親が乗っているのか、窓から小さな手が振られているのが見える。


「来たね。時間ぴったりだ」

「お待たせしました、旦那様」

「満足のいく物が出来そうだったから、つい」

「……それが、そうなのかな」


ミシェルは、娘が乗っている銀色の機体をまじまじと見つめる。

スタンピードの折、ミシェルはマエリスの機体を見ていない。妻からの報告書でしか知らなかった「鉄の胸像」の実物は、賢者の目から見てもあまりに異質だった。


(魔力の循環効率が異常だ。まるで生き物のように、魔力が金属と融合している……)


「うん……あー、でも馬車に一人で乗るのは無理かなぁ」


ホバーの浮遊力があっても、馬車の高いステップを登るのは難しい。

マエリスが困ったように眉を下げると、ミシェルは優しく微笑んで手を差し出した。


「エスコートしてあげるとも。おいで、小さなレディ」

「はーい」


ミシェルに抱き上げられ、マエリスは馬車へと乗り込む。

その体は、鋼鉄の車椅子を作ったとは思えないほど軽く、小さかった。


続いてリフィも乗り込み、御者が鞭を振るう。

車輪が回り出し、住み慣れた屋敷が遠ざかっていく。


マギカ辺境伯家、帝都への旅立ち。

それはマエリスにとって、新たなトラブルへの入り口だった。

お読みいただききありがとうございます。


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