幕間:使用人たちの、真夜中の密会
これはマエリスたちがスタンピードを乗り越え、事後処理が一通り済んだ後の話だ。
深夜、マノンもマエリスも寝静まった後の大人の時間。
全ての業務が終わり、静寂に包まれるはずの使用人食堂は、ポツポツと蝋燭の明かりが灯され、選ばれし十数名の精鋭たちを照らしていた。
彼らは皆、真剣な眼差しをしており、緊張を高めながらその時を待っている。
そして議長席に、一人のメイドが座った。
「皆さん、お集まりですね? では、これより──」
誰かの喉が、ゴクリと鳴る。
「第百八回、『お嬢様成分』補給会議を開催します」
「「「──ッ!」」」
それは静かな熱気。蝋燭の火よりもなお熱い意思が、議長のメイド──リフィの合図でその場に迸った。
「まずは『マエリス様過激派』からの報告を」
「ハッ! では僭越ながら初参加である私が報告させていただきます!」
勢い良く立ち上がったのは、先のスタンピードで前線に配置されながら生き残った若手兵士だ。彼は興奮冷めやらぬ様子で拳を握りしめ語る。
「あの戦場において! マエリスお嬢様が見せた『冷徹さ』こそ至高!
特に、避難を促した私に向けた『うるさいなぁ』という一言! そして爆弾を投げる際の、ゴミを見るような無機質な瞳!
あれこそがマエリス様の真骨頂! ゾクゾクしました!!」
「……ふむ。悪くありませんね」
リフィも深く頷く。
「マエリスお嬢様の目的のために手段を選ばず邁進する姿勢。過度に甘くなく、しかし冷徹さの奥には確かに優しさと思慮深さがある瞳。刃のような美しさが、マエリスお嬢様にはあります」
兵士とリフィが「分かっているな」と視線を交わし、濃厚な握手を交わす。
しかし彼の主張に待ったをかける人物が現れる。
「まだまだ青いな、若造よ」
「何だと!?」
「では次に『マエリスお嬢様純真派』から報告を」
「承った」
ゆっくりと立ち上がったのは、長くマギカ辺境伯家に使える執事だ。彼はまるで歴戦の勇士のような眼光で、辺りを睨む。
「マエリスお嬢様の真骨頂は、あの隙にある。シャーロット様より受け継いだ、帝国の至宝たる美貌。それに目を奪われるのは分かるが、そこに年相応の無邪気さを合わせたらどうだ?
私は先日、寝起きでパジャマのままエレノア様の授業を受けに行くマエリスお嬢様を、そして指摘すると恥ずかしそうに笑うマエリスお嬢様の姿に神を見たぞ」
「素晴らしい観察眼です」
リフィは深く頷く。
「私も、リハビリ中に『足が痒いー』とむくれるお顔を拝見しました。戦場での冷徹さと、年相応の無防備さ。この『ギャップ』こそが芸術なのです」
執事とリフィの目が合い、フッと互いに笑みをこぼす。
その時だ。
バンッ!!
テーブルが叩かれる音が響いた。 立ち上がったのは、まだあどけなさの残る新人メイドだ。
「異議あり! 皆様は毒されすぎています!」
「何……?」
「マエリス様の美しさは認めますが、あまりに殺伐としすぎです! 今の屋敷に必要なのは『癒やし』! すなわちマノン様です!」
「なるほど。では『マノンお嬢様肯定派』、報告を」
そうリフィに促され、新人メイドは懐から、微妙に下手うまな一枚のスケッチを取り出す。
「見てください、このマノン様の『お姉ちゃん生きててよかったぁ~』という涙! 鼻水を垂らしていても可愛い! あざといまでの純真さ! そしてムチムチとしたほっぺの弾力! これぞ純度100%の天使! ジャスティスです!」
「そうだそうだ!」
巨漢の料理長も意気揚々と立ち上がる。
「マエリス様は最近食が細いが、マノン様は『お姉ちゃんの分も食べる!』と私の特製プリンを完食された!
口の周りをカラメルだらけにしたあの笑顔こそが、世界を救うのだ!」
ここから、会議は泥沼の宗教戦争へと突入した。
「孤高の天才少女こそ至高!」
「無垢な愛され幼女こそ正義!」
「欠損という名の儚さが分からんのか!」
「ぷにぷにほっぺに勝るものなどない!」
飛び交う怒号。掴み合いになりそうな一触即発の空気。 マエリス派とマノン派、決して交わらぬ平行線。 その時、それまで空気のように卓上のお菓子を貪っていたルピが、ポツリと口を開いた。
「えー、どっちもいい『色』がしますよぉ? でもぉ……」
ボリボリとクッキーを噛み砕きながら、ルピは真理を告げる。
「マノン様がマエリス様にくっついてぇ、マエリス様が『重いよー』って言いながら嬉しそうな時が、一番いい『色』が出てますぅ」
「「「…………ッ!!」」」
全員の動きが止まった。 脳裏に浮かぶ光景。 ベッドで本を読むマエリスと、その膝に乗って邪魔をするマノン。 迷惑そうにしつつも、マエリスの手は優しくマノンの頭を撫でていて──。
「……そうか。我々は愚かだった」
「単体で推すこと自体が、間違い……!」
「姉妹こそが……宇宙……!」
リフィが震える手で、隠し持っていた『二人が寄り添って眠る』スケッチを取り出し、テーブルの中央に置く。その神々しさに、派閥の壁を超えて全員が涙し、合掌した。
世界が平和になった、その瞬間。
「騒がしいな。何をしている」
「「「ヒッ!?」」」
入り口に立っていたのは、当主ミシェル・マギカだった。
深夜の無断集会。しかも内容は娘たちの鑑賞会。
全員が処刑を覚悟し、その場に平伏する。
「も、申し訳ありません旦那様! これはその、士気向上のための……!」
「言い訳はいい」
ミシェルはコツコツと歩み寄り、テーブルに置かれたリフィのスケッチを手に取る。
終わった。全員が死を覚悟して目を瞑る。
「……細部が甘いな。夜に描いたか」
「へ?」
ミシェルはフンと鼻を鳴らすと、パチンと指を鳴らす。
するとテーブルに、鮮明な姉妹の像が浮かび上がった。それはまるで、マエリスの前世の技術の「写真」のようだった。
「こ、これは──!?」
「あの娘の論文で最近開発した私の魔法の一つだ。記憶の中の景色を映し出すことができる」
そして、とミシェルは自分の頭を指さす。
「私の頭の中には、マエリスもマノンも、生まれた瞬間からの記憶がある。これがどういう意味か、わかるね?」
「「「おお帝国の偉大なる賢者よ、あなた様が神であったか──!」」」
床に平伏し、ミシェルを崇め奉る使用人一同。
「では、冬からマエリスのファンになったニワカである君たちに、マエリスの可愛さを教えてあげるとしようか」
しかしこの発言は使用人たちのプライドを逆撫でした。
「その言葉は、聞き捨てなりません!」
「はて、旦那様があの誕生日会以前からファンだったとは、知りませんでしたなぁ……?」
「ほう……?」
ミシェルが空いている席に座る。
「いいだろう、とことん語り合おうじゃないか。折角だ、一瓶開けようか」
「ご用意させていただきますわい」
これまで常に沈黙を守っていたロルカが、食堂を出ていく。
「ではまずは新作からだ。『補助足の設計図を描いてドヤ顔するマエリスと、それが何だか分かっていないが拍手するマノン』の構図はどうかな?」
「「「と、尊い……ッ!!(吐血)」」」
こうして、マギカ辺境伯家の夜は更けていく。 平和な日常は、確かに戻ってきていた。
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