幕間:愛され系ワンコの任務
これはマエリスが、まだマノンのフィルターを開発している時の話だ。
「甘い物が欲しい」
マノンと遊んでいたマエリスが唐突に言いだした。
「おやつの時間はもう少し先ですが、いただきますか?」
横に控えていたリフィが尋ねる。しかしマエリスは首を振った。
「そうじゃなくて、もっとこう、ガツンとくる甘味が欲しい」
「ガツンとくる甘味、ですか……」
マエリスのリクエストだが、リフィの表情は芳しくない。
砂糖が貴重なこの時代。甘味といえば蜂蜜やドライフルーツが精々だ。
それだって現代のものと比べれば、甘さには雲泥の差がある。
「マノンも甘いもの好きだもんねー」
「ねー」
マエリスの口調を真似するマノン。
この尊い空間を壊したくないリフィだが、流石に存在しないものや知らないものは届けられない。悩んだリフィは一計を案じた。
「出番ですよ、愛され系ワンコ。あなたの無駄にある愛嬌をお嬢様のために役立てる機会です」
「酷いですぅ、リフィさぁん」
リフィの辛辣な言葉に抗議をあげるルピ。
「えっとぉ、つまりぃ、街の人にオススメの甘味を聞いてぇ、それを買ってくればいいんですねぇ?」
「はい。お嬢様方の笑顔のため、よろしくお願いします」
「任せてくださぁい!」
こうして、ルピのお使いが始まった。
「こんにちはぁレギームさぁん」
「んぉ? ルピちゃんじゃねえか! 今日はお使いか?」
最初にルピが声をかけたのは強面の八百屋だった。
その顔面故に馴染みがない人は近寄らないのだが、ルピが声をかけると相貌を崩した。
「はいですぅ。わぁこの大根美味しそうですねぇ!」
「旬だからな! 買ってくれたらサービスするぜ!」
「いぃんですかぁ!? じゃあ──」
ルピが野菜を選び、お代を払う。すると八百屋はルピの目利きしたものよりも上等のものを、さらに多く包んで渡した。
「えぇ、こんなに悪いですよぉ」
「いいんだいいんだサービスだ! 常連さんへの贔屓ってやつだよ」
「えへへぇ、嬉しいですぅ──あ、そうでしたぁ!」
そこまでやり取りして、やっとルピは本題を思い出した。
「レギームさぁん、何か甘い物って知らないですぅ?」
「甘い物ぉ? 女房ならなんか知ってるかもしれねえが、俺はわかんねえなぁ。何だ、お嬢様へのお土産か?」
「ですぅ。今はお父様に一泡吹かせるんだーって色々と研究で忙しそうでぇ、甘い物が欲しいみたいでぇ」
「ほーん、魔法の天才様もそういうところは同じか」
「当たり前ですよぉ。また来ますねぇ」
「あいよ! 毎度あり!」
次にルピが声をかけたのは呉服屋だった。
「ティスさぁん、こんにちはぁ」
「あらぁルピちゃん! 久しぶりねぇ、寂しかったわぁ」
そう返事をしたのは筋骨隆々のオカマの女性。そのインパクトに客足は少ないのだが、ルピはここの品揃えが街一番だと知っている。
「ちょうどよかったわぁ。見て見てールピちゃん。最近仕入れたのよ!」
「うわぁ、綺麗ですねぇ!」
「でしょぉ? 今なら半額でこれくらいにしてあげるけど、どう?」
「半額ですかぁ!? それは買いですぅ!」
ルピが代金を払うと、呉服屋は商品の他に、ルピがよく買うメイド服の補修剤を付けて渡した。
「わぁ助かりますぅ! 最近急に必要になっててぇ」
「あらぁ、そんなにボロボロにしちゃってるの? お仕事大丈夫かしら?」
「私じゃないですよぉ。マエリス様がいっぱい使っちゃうんですぅ。マノン様のためにぃって言うから止められなくてぇ」
「ふぅん、よく分からないけど、お貴族様も大変なのねぇ」
「そうですぅ──あ、ティスさんってぇ、甘い物に詳しかったりしますぅ?」
「甘い物ぉ? そうねぇ……そう言えば鍛冶屋の爺さんが何か作ってるみたいなことを聞いた気がするわぁ」
「ありがとうございますぅ! また来ますねぇ!」
「フォージロン爺さぁん! いますかぁ?」
「なんじゃい、今忙し──おお、ルピちゃんじゃないか!」
ルピは手がかりを元に、鍛冶屋を訪れた。
呼びかけると、偏屈で有名な老人が奥から現れるが、ルピの姿を見ると好々爺の表情となる。
「どうしたんじゃ? また皿でも割ったかの?」
「違いますよぉ! フォージロン爺さん、甘い物はなにか知りませんかぁ?」
「なんだいルピちゃん、どこかで聞いてきたのか? 量が少ないんで秘密にしてたんじゃがの……」
そう言って、鍛冶屋は小さな壺を取り出す。
その中身は、濃厚な蜂蜜に漬けられたたくさんのフルーツだった。
「ダンジョン産の蜂蜜と果物で作ってみたんじゃ。口止め料で一つあげるぞい」
「いぃんですかぁ!? それじゃあ──」
ルピは果物を一つもらう。すると脳天を突き抜けるような甘みがルピの舌を刺激した。
「甘いですぅ! おいしいですぅ!」
「喜んでもらえて何よりじゃ。わしの孫は最近めっきり顔を見せんからのう。ルピちゃんがわしの孫娘じゃ」
「えへへぇ、そんなに甘えていいんですかねぇ」
「いいんじゃよ。どれ、特別にもう一口──」
鍛冶屋がルピを餌付けしようとした時、鍛冶屋の扉が開く。
「爺さんちょっと、あらルピちゃんじゃない! 今日はいいことがあったわ!」
「ビアンテさぁん! こんにちはぁ」
「なんじゃい、孫との交流を邪魔しおって」
鍛冶屋が不機嫌そうに、はいってきたおばさんを睨むが、おばさんはどこ吹く風だ。
「あんたの孫は帝都でしょ! ちょいと包丁が鈍ってきてんだ、研いどくれよ」
「仕方ないのう。明日取りに来い」
鍛冶屋はおばさんから包丁を受け取ると、奥へと引っ込んでいった。
「そうだルピちゃん! 捨てようと思ってたモツがあるんだけどいる? ルピちゃんモツが好きだったわよね! 持っていきなさいよ!」
「わぁ、いいんですかぁ!? ありがとうございますぅ!」
「あ、ルピだー!」
「こらムスル! 店番ほっぽってんじゃないよ! ルピちゃんはちょっと待ってな! あんたー! ルピちゃん来たからモツ集めなー!」
声の大きさと勢いで相手を圧倒しがちな肉屋のおばさんは、主人を呼びながら奥へ消えていた。
「なーなー! この前拾ったどんぐりあげるよ!」
「わぁ、ありがとうございますぅ」
「きれいな石も拾ったんだぜ! 見せてやるよ!」
「へぇ──」
「ムスル! どこに行くってんだい!?」
「母ちゃん、今からルピに石を見せるんだ!」
「ムスルあんた、いくらルピちゃんに惚れてるからって、石程度で女が釣れるとは思わないことだね」
「なんだとー!」
「ルピちゃん! バカ息子のことはいいからこれ持っていきな!」
そう言っておばさんが渡してきたのは、モツの他におかずがいくつか包まれた袋だった。
「こんなにいいんですかぁ!?」
「捨てるしかないモツもルピちゃんに美味しく食べられるなら本望だろうよ! また来な! サービスするよ!」
「ありがとうございますぅ!」
「ルピ絶対来いよー!」
そしてルピは屋敷へ帰還したのだが……
「……すごい量だね。行商人にでも転職したの?」
「いえ、全部いただきものですぅ! 皆さん親切でしたぁ!」
ルピの置いた袋には、カゴ一杯の野菜、呉服屋の包み、肉屋の器、さらに子供たちからのガラクタが山のように積まれている。
マエリスとリフィは、その山を見上げ、それからルピの顔を見た。
「……それで? 私は『ガツンとくる甘味』を申し付けたはずですが?」
「えっ」
ルピの動きが凍りつく。脳裏によぎるのは、鍛冶屋で食べた極上の蜂蜜漬けフルーツ。
あれは美味しかった。とても甘かった。そう、あれこそがお嬢様の求めていたもの──。
「……あ」
食べた。満足した。そして流されて、貰ってくるのを忘れた。
「……」
「……」
ルピはダラダラと冷や汗を流し、視線を泳がせる。マエリスとリフィの視線が、どんどん冷たくなっていく。
「あ、あのぉ、お話だけでもダメですぅ……?」
「却下」
「ひぃん!」
マエリスは諦めたように肩を竦め、リフィは深い深いため息を吐いた。
「まあ、予想通りですね。こうなる確率は十割と踏んでいました」
「リフィ、賭けになんないよそれ」
「これらは保管庫に入れておきます。おかずは足が速そうですし、夕飯にみんなで食べましょうか」
「それがいいですぅ! モツ煮込み作りますぅ!」
叱られる前にキッチンへ逃げ込むルピ。 その背中を見送りながら、マエリスは苦笑する。
「ま、甘い物はなかったけど、面白い話は聞けたからいいか」
平和な屋敷に、今日もルピのドジな悲鳴と、温かい夕食の匂いが漂うのだった。
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