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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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エレノア・フェリーク

これにて第一章完結です。

「あっれー、リフィちゃんもしかしてお見送りー? 嬉しいなー」

「どうしても、お嬢様のために確認したいことがありまして」

「お嬢様のためー? リスちゃんを理由にしてるだけでしょー?」


リスちゃん。エレノアがそう口にした途端、リフィから凄まじい怒気が溢れ出る。


「やはり、お嬢様に『名付』を──!」

「当たり前じゃーん。あんな面白い子は他にいないよー? 縁を作っておきたいと思うのは、私だけじゃないでしょー?」

「今すぐあだ名を破棄してください」

「は? 何? なんて言ったの?」


エレノアから間延びした口調が消え、その目には深淵のような闇が宿る。

対して、リフィもナイフを抜き構える。


「今すぐあだ名を破棄しなさい、『名付の魔女』!」

「その呼び名は嫌いだなー」


エレノアはまるで踊るように、リフィの周りを歩く。


「私はどこからともなく現れて、どこへともなく消えていく妖精。灰に埋もれた原石に名前を与えて、世界に羽ばたく力を貸してあげる──」


ピタリと、鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離で、エレノアは告げた。


「『フェアリー・ゴッドマザー』って呼んで欲しいなー」


その表情は、まるで陶酔するように蕩けていた。

リフィがバックステップで距離を取る。


「っ、その代償が問題なのです!」

「えー? リフィちゃん、この世界、人の縁は貸し借りだよー? 貸したなら、返してもらわないと」

「一方的な名付で生殺与奪を握るのが貸し借り? 笑えませんね」

「『最愛』を失くしちゃった『無垢の魔女』には難しい話だったかなー?」


それとも……と、開けられた距離を歩み寄ってエレノアは囁く。


「今はリスちゃんが『最愛』なの? だからそんなに必死なのー? うわー尻軽だねー」

「っ!」


リフィがナイフを一閃するが、それは空を切った。


「でも分かるよー? リスちゃんは魅力的だもんねー。私もあだ名をもらったんだー。ノアだってさー。

 ふふ、おかしいよね、『名付の魔女』が名付けてもらうんだよ?

 ノア、ノア、ノア──ふふ、ふふふふふ──」


そして恍惚の表情を浮かべたエレノアは自分の体を抱く。


「名前を付けてもらえるって、あんなに気持ちがいいことだったんだねー! 相手に自分を認めてもらう。相手の中に自分がいると確信できる──やっぱり『名付』って行為はとっても神聖で神秘的で、この上なく尊いと思わない?」

「あなたの『最愛』の話はどうでもいいのです!」

「良くないよー。だってこれで、契約は対等になっちゃったんだからー」


エレノアは悪びれもせず、クスクスと笑う。


「通常ならねー、私が名付けて、私が運命を与えて、対価としてその子の全てを貰うんだけどー。

 あの子は私のシナリオを書き換えた上に、私に名前を上書きしちゃった。

 だからもう、リスちゃんは私の『作品』じゃなくて『共犯者』なのー。生殺与奪なんて握ってないよー。むしろ一蓮托生かなー?」

「……正気ですか。あの『御伽噺の災害』が、人間に絆されるなど」

「正気じゃないから魔女なんだよー?」


エレノアはくるりと背を向ける。


「安心していいよー。リスちゃんに手出しはしない……しばらくは、遠くで観劇させてもらうからー」

「観劇、ですか」

「そ。リスちゃんは『特異点』だよー。あの子はこの先、世界をひっくり返す。

 帝国も、魔女も、教会も、きっと他の大陸も、みーんなあの子に振り回されることになる。

 個人的には、エラちゃんとの絡みがあったら嬉しいなー」


エレノアの姿が、夜霧に溶けるように薄くなっていく。


「あの子は『ハッピーエンド』を掴めるのかなー? それとも『バッドエンド』で燃え尽きちゃうかなー?」


最後に、興味で爛々と光る金の瞳を残して。。


「せいぜい守ってあげなよー? 『無垢の魔女』さん。

 君が一度失敗した『最愛』の守護──今度こそ成功するといいねー?」

「──ッ!!」


リフィが殺気を叩きつける頃には、そこにはもう誰もいなかった。

ただ、甘い香水の残り香と、楽しげな笑い声の残響だけが、夜の庭園に漂っていた。


「……言われなくとも」


リフィはナイフを収め、静まり返った屋敷を見上げる。

その一室には、傷ついた体で眠る、新しい主人がいる。


「あの方の道は、私が切り開きます……例え、世界を敵に回しても」


リフィは一度だけ深く夜空を睨みつけ、そしてメイドの顔に戻って屋敷へと歩き出した。




数日後。

マギカ辺境伯領の復興は驚くべき速度で進んでいた。

瓦礫の撤去には魔法が使われ、怪我人の治療には教会が動いた。


そして何より、領主の娘が開発したとされる「謎の重機」が復興作業に投入されたという噂が、まことしやかに囁かれていた。


「……うー、足が痒い」

「お嬢様、掻いてはダメです。皮膚が再生している証拠ですから」

「分かってるけどさー……」


ベッドの上。マエリスは包帯でぐるぐる巻きにされた足をさすりながら、窓の外を見る。


あの日から、エレノアの姿はない。

ただ机の上に、「ノア」と書かれた走り書きのメモと、今後のリハビリメニューが置かれているだけだった。


「……行っちゃったか、ノア」


寂しくないと言えば嘘になる。

でも、不思議と悲しくはなかった。

あだ名を付け合ったのだ。きっとまた、どこかで会える気がする。


「さて、と」


マエリスはベッドサイドから、新しい羊皮紙とペンを取り出す。


「お嬢様? 安静にと言われておりますが?」

「頭と手は元気だよ。それにね、リフィ」


マエリスはニヤリと笑う。

その瞳は、少しも曇っていなかった。


「足が動かないなら、動く足を作ればいい。

 戦力が足りないなら、自動で戦う兵隊を作ればいい。

 やりたいことが、山ほどあるんだ」


転生して四年。

死にかけて、足を失くして、それでもマエリスは生きている。

この過酷で、理不尽で、けれど魔法という希望に満ちた世界で。


「ボクのエンジニアライフは、まだ始まったばかりだよ!」


少女が描く新たな設計図。

そこに記されたタイトルは──。

お読みいただききありがとうございます。


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