エレノア・フェリーク
これにて第一章完結です。
「あっれー、リフィちゃんもしかしてお見送りー? 嬉しいなー」
「どうしても、お嬢様のために確認したいことがありまして」
「お嬢様のためー? リスちゃんを理由にしてるだけでしょー?」
リスちゃん。エレノアがそう口にした途端、リフィから凄まじい怒気が溢れ出る。
「やはり、お嬢様に『名付』を──!」
「当たり前じゃーん。あんな面白い子は他にいないよー? 縁を作っておきたいと思うのは、私だけじゃないでしょー?」
「今すぐあだ名を破棄してください」
「は? 何? なんて言ったの?」
エレノアから間延びした口調が消え、その目には深淵のような闇が宿る。
対して、リフィもナイフを抜き構える。
「今すぐあだ名を破棄しなさい、『名付の魔女』!」
「その呼び名は嫌いだなー」
エレノアはまるで踊るように、リフィの周りを歩く。
「私はどこからともなく現れて、どこへともなく消えていく妖精。灰に埋もれた原石に名前を与えて、世界に羽ばたく力を貸してあげる──」
ピタリと、鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離で、エレノアは告げた。
「『フェアリー・ゴッドマザー』って呼んで欲しいなー」
その表情は、まるで陶酔するように蕩けていた。
リフィがバックステップで距離を取る。
「っ、その代償が問題なのです!」
「えー? リフィちゃん、この世界、人の縁は貸し借りだよー? 貸したなら、返してもらわないと」
「一方的な名付で生殺与奪を握るのが貸し借り? 笑えませんね」
「『最愛』を失くしちゃった『無垢の魔女』には難しい話だったかなー?」
それとも……と、開けられた距離を歩み寄ってエレノアは囁く。
「今はリスちゃんが『最愛』なの? だからそんなに必死なのー? うわー尻軽だねー」
「っ!」
リフィがナイフを一閃するが、それは空を切った。
「でも分かるよー? リスちゃんは魅力的だもんねー。私もあだ名をもらったんだー。ノアだってさー。
ふふ、おかしいよね、『名付の魔女』が名付けてもらうんだよ?
ノア、ノア、ノア──ふふ、ふふふふふ──」
そして恍惚の表情を浮かべたエレノアは自分の体を抱く。
「名前を付けてもらえるって、あんなに気持ちがいいことだったんだねー! 相手に自分を認めてもらう。相手の中に自分がいると確信できる──やっぱり『名付』って行為はとっても神聖で神秘的で、この上なく尊いと思わない?」
「あなたの『最愛』の話はどうでもいいのです!」
「良くないよー。だってこれで、契約は対等になっちゃったんだからー」
エレノアは悪びれもせず、クスクスと笑う。
「通常ならねー、私が名付けて、私が運命を与えて、対価としてその子の全てを貰うんだけどー。
あの子は私のシナリオを書き換えた上に、私に名前を上書きしちゃった。
だからもう、リスちゃんは私の『作品』じゃなくて『共犯者』なのー。生殺与奪なんて握ってないよー。むしろ一蓮托生かなー?」
「……正気ですか。あの『御伽噺の災害』が、人間に絆されるなど」
「正気じゃないから魔女なんだよー?」
エレノアはくるりと背を向ける。
「安心していいよー。リスちゃんに手出しはしない……しばらくは、遠くで観劇させてもらうからー」
「観劇、ですか」
「そ。リスちゃんは『特異点』だよー。あの子はこの先、世界をひっくり返す。
帝国も、魔女も、教会も、きっと他の大陸も、みーんなあの子に振り回されることになる。
個人的には、エラちゃんとの絡みがあったら嬉しいなー」
エレノアの姿が、夜霧に溶けるように薄くなっていく。
「あの子は『ハッピーエンド』を掴めるのかなー? それとも『バッドエンド』で燃え尽きちゃうかなー?」
最後に、興味で爛々と光る金の瞳を残して。。
「せいぜい守ってあげなよー? 『無垢の魔女』さん。
君が一度失敗した『最愛』の守護──今度こそ成功するといいねー?」
「──ッ!!」
リフィが殺気を叩きつける頃には、そこにはもう誰もいなかった。
ただ、甘い香水の残り香と、楽しげな笑い声の残響だけが、夜の庭園に漂っていた。
「……言われなくとも」
リフィはナイフを収め、静まり返った屋敷を見上げる。
その一室には、傷ついた体で眠る、新しい主人がいる。
「あの方の道は、私が切り開きます……例え、世界を敵に回しても」
リフィは一度だけ深く夜空を睨みつけ、そしてメイドの顔に戻って屋敷へと歩き出した。
数日後。
マギカ辺境伯領の復興は驚くべき速度で進んでいた。
瓦礫の撤去には魔法が使われ、怪我人の治療には教会が動いた。
そして何より、領主の娘が開発したとされる「謎の重機」が復興作業に投入されたという噂が、まことしやかに囁かれていた。
「……うー、足が痒い」
「お嬢様、掻いてはダメです。皮膚が再生している証拠ですから」
「分かってるけどさー……」
ベッドの上。マエリスは包帯でぐるぐる巻きにされた足をさすりながら、窓の外を見る。
あの日から、エレノアの姿はない。
ただ机の上に、「ノア」と書かれた走り書きのメモと、今後のリハビリメニューが置かれているだけだった。
「……行っちゃったか、ノア」
寂しくないと言えば嘘になる。
でも、不思議と悲しくはなかった。
あだ名を付け合ったのだ。きっとまた、どこかで会える気がする。
「さて、と」
マエリスはベッドサイドから、新しい羊皮紙とペンを取り出す。
「お嬢様? 安静にと言われておりますが?」
「頭と手は元気だよ。それにね、リフィ」
マエリスはニヤリと笑う。
その瞳は、少しも曇っていなかった。
「足が動かないなら、動く足を作ればいい。
戦力が足りないなら、自動で戦う兵隊を作ればいい。
やりたいことが、山ほどあるんだ」
転生して四年。
死にかけて、足を失くして、それでもマエリスは生きている。
この過酷で、理不尽で、けれど魔法という希望に満ちた世界で。
「ボクのエンジニアライフは、まだ始まったばかりだよ!」
少女が描く新たな設計図。
そこに記されたタイトルは──。
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