妹と同室になりました
マエリスは朝に弱い。低血圧なのは前世からの体質で、どうにも頭が回らない。
その上この日は、最悪のモーニングコールで叩き起こされていた。
「全く、何度言えば分かるのです?マエリス」
マエリスの眼前にいる女性はシャーロット・マギカ、今世での彼女の母親だ。
銀髪と褐色の肌。煌めく緑の瞳はマエリスと同じだが、醸し出すオーラは正反対に「母」そのものだ。
「──聞いているのですか?」
「聞いていますよ、お母様」
マエリスは能面のような、内心を隠そうともしない態度で応答する。
前世、ヒステリックな毒親と無関心な父親の下で育った彼女にとって、「親」とは期待する対象ではない。
今世の母は立派な人物らしいが、だからといって急に甘えられるわけでもない。正直、ただただ「面倒な上司」のような存在だった。
「夜中にお部屋を抜け出していたのは悪かったです。ごめんなさい」
「いつも口先だけね。どうせ今夜も抜け出すつもりでしょう? 鍵はどうなっているのかしら」
溜息を吐いて、シャーロットが視線を向けると、控えていたリフィが首を横に振った。
「厳重な鍵を施していますが、お嬢様はそれでも魔法で解除してしまいます。これ以上となると牢獄用の設備や虜囚用の拘束器具などになってしまいますが……」
「さすがにそれは問題なのよねぇ……子どもを幽閉しているなんて噂が立ったら困るわ」
シャーロットはこめかみを押さえる。 最近、領内で流れる「奇行」の噂も頭痛の種だ。
「……仕方ないわね。最終手段よ」
「え」
「奥様、お考え直しを。いくらやんちゃなご息女でも監禁はやり過ぎかと存じます」
「やらないわよ。マエリス」
「は、はい」
母の目が、射るようにマエリスを捉える。 喉がごくりと鳴った。
「あなたの個室を取り上げます。今日からは、マノンの部屋を共用で使いなさい」
「え」
「リフィ」
「畏まりました。すぐに荷物を移動させます」
「それと、マノンの傍付きもあなたに任せるわ。手間が増えるけど、文句はそこの不良娘に言ってちょうだい」
「文句などございません。承知いたしました」
マエリスの頭越しに、とんとん拍子に話が進んでいく。
事態を飲み込んだマエリスは慌てて声を上げた。
「待ってください! それはあんまりです!」
「わがままを言わない。言いつけを守らないあなたが悪いのよ。
それに魔法陣の研究なら、別にマノンがいてもできるでしょう?」
「暴発したらどうするんですか!?」
「暴発するようなことをやらないでちょうだい」
「ぐっ……、うぅぅ……」
正論の暴力。 マエリスは苦虫を何百匹も噛み潰したような顔で沈黙し、
「~~~~~~ッ、わかりました……失礼します……」
がっくりと肩を落とし、トボトボと部屋を出ていった。
「……よろしかったのですか?」
嵐が去った部屋で、リフィが静かに問う。
「必要なことよ。夜中にあんな薄暗い書庫で一人きり……。見ていられないわ」
「マエリスお嬢様は、研究がお好きですから」
「ええ。でもあの子、研究に没頭すると周りが見えなくなる。マノンと一緒にいれば、少しは『お姉ちゃん』らしい顔を見せてくれるかもしれないでしょう?」
シャーロットは窓の外、娘の後ろ姿を目で追う。
「私があの子に疎まれているのは分かっているわ。
……立派だからと言って、少し、目を離し過ぎたのかしらね」
「奥様……」
「──ところでリフィ? あなた、いつまでここにいるのかしら? ロルカに言いつけるわよ?」
「失礼します」
「……まったく。四歳で親離れなんて、早すぎるわよ」
「おねえちゃ!」
新しい部屋の扉を開けると、真っ赤な瞳をキラキラさせてマノンが突撃してきた。 天使だ。マエリスの荒んだ心が浄化される。
「あーあー、危ないですよぉマノン様──きゃっ」
それに釣られて、もう一人の人影が駆け寄る──が、何もない床で盛大にすっ転んだ。
ドサァ! という重たい音。咄嗟にマノンを庇ったマエリスは、目の前で伸びている「それ」を見て、深く溜息を吐いた。
「ルピ。頼むからマノンを巻き込まないで」
「あぅぅぅ、ごめんなさいぃぃぃ」
涙目で顔を上げたのは、赤毛の大きな獣耳と尻尾を持つ狼獣人の少女、ルピ。 メイド長ロルカの孫娘でありながら、驚異的なドジっ子属性を持つ「駄メイド」だ。
獣人の高い身体能力が全てドジな方向に発揮されるという、ある意味で奇跡の存在である。
「ぅぅ……今日もマノン様と遊んで行かれるんですかぁ?」
「いや、そうじゃなくて──」
「本日よりマエリスお嬢様とマノンお嬢様は同室となりました。それに伴いお二方の傍付きは私となります」
マエリスの後ろから現れたリフィが、無慈悲な宣告を下す。
ルピはガーンと顔を青褪めさせた。
「そ、そんなぁぁぁ!折角マノン様が懐いてきてくれたんですのにぃぃぃ!はっ、もしかして私ぃ、クビですかぁ?」
「クビではありません。ロルカ様に次の指示を仰いでください」
「嫌ですぅぅぅ!掃除はもう飽きたんですぅぅぅ!お屋敷の壁は可愛くないから嫌ですぅぅぅ!」
「あの、リフィ」
「ルピ、いたい?いたいのいたいの、とんでけーよ?」
「あぁぁぁマノン様可愛いですぅぅぅ!」
恥も外聞もなく号泣するルピの頭をマノンが撫でると、ルピの鳴き声がさらに増す。
カオスだ。このままでは研究どころか、安眠すら妨害される。
マエリスはリフィの袖を引いた。
「ねえリフィ。ここ半年はルピが世話をしてたんだし、マノンもいきなりお別れは寂しいと思うから、二人で担当するのはダメなの?」
「マエリス様ぁ!」
「甘やかしてはいけませんお嬢様。この愛され系ワンコはこれが常套手段です。餌を与えるとどこまでも付けあがりますよ」
「私そんな悪いことは考えてませんんんん!」
泣きわめく大型犬と、冷徹な飼い主。 マエリスは遠い目をした。
これを変えるにはゲームチェンジャーを呼んでくるかリフィが折れるかだが……
「……しかし、まあ、大きい音の鈴はあった方がよさそうですね」
「へ?」
「分かりました。奥様に相談してみます」
リフィはルピの首根っこを掴みながら、やれやれと頷く。
「あ、ごめん、もしかして今ボク自爆した?」
とりあえず、マエリスとマノンの世話はルピとリフィの二人体制となった。
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