禁忌の一矢
「うっ……」
チリチリと炎の熱が頬を炙る中、マエリスは意識を取り戻す。
同時に脳を焼くような激痛──マエリスはそこで、自分の置かれた絶望的な状況を認識した。
「はっ、ぐぅ……!」
建物の瓦礫と混ざって、大破したホバークラフトの残骸がマエリスの体を圧迫している。
足は完全に埋まり、上半身も挟まっていて、動かせるのは首と右手首から先だけだ。
(……ホバーへの魔力供給を絶てば、残骸が消えて抜け出せるか?)
いや、ダメだ。
今は奇跡的なバランスで瓦礫が止まっている。支えとなっている機体を消せば、上の瓦礫が崩落してマエリスはペシャンコだ。
視線を巡らせる。
少し遠くには、先ほどの衝撃でもげたチタンのアームが転がっている。
ロルカの姿はない。恐らく空中で放り出されたのだろう。
ルピ、リフィ、シャーロットの姿も見えない。きっと今、再生したあの狼を必死に追いかけているのだろうが──
(……間に合わない、な)
マエリスは乾いた笑みを漏らす。
瓦礫の向こうから、ジャラジャラという音と共に、黒い巨体がゆっくりと歩み寄って来るのが見えたからだ。
「あれ……すぐには殺さないんだ」
狼はマエリスの目の前で足を止めた。
赤い瞳が、瓦礫の下の獲物を睥睨している。
すぐに殺すのは惜しい。この生意気な羽虫が絶望に顔を歪める瞬間を見たい──そんな加虐的な知性を感じた。
「じゃあその余裕ついでに、一撃くらってもらおうかな」
『グルルルッ!』
狼が、嘲笑うような咆哮を上げる。
その瀕死の体で何が出来る。魔力も尽きかけ、機体は既にスクラップだぞ、と。
「……本当は悩んだよ。一度も実験していない理論を本番で試すのって、エンジニアとしてどうなんだろうって。でもまあ、これに賭けるしかないんだ」
マエリスはブツブツと呟きながら、視線を狼の「足元」──先ほど転がった千切れたアームへと向ける。
「本当につい最近さ、新しい属性を見つけたんだ。『生命』と『精神』──それで何が出来るかなんて、まだ詳しくは調べてないんだけどね」
マエリスは右手の指を、ピアノを弾くように微かに動かす。
(『精神』属性で、意思の伝達。『生命』属性で、疑似的な神経回路の構築。どっちでもいいから、成功してくれれば──)
本来はゴーレムに自律的な動きを与えるための理論。
だが、応用すれば「無線通信」になるはずだ。
「この属性があれば、本体から離れた腕をもっと滑らかに動かせないかって。本当にスタンピードの直前まで、設計図をいじってた」
狼の背後。
転がっていたチタンのアームの指先が、マエリスの指と連動してカタカタと動き出す。
狼は気づかない。獲物の遺言を聞くことに夢中だからだ。
「……結局できたのは、指先を動かすだけだけど」
マエリスはニヤリと笑う。
遠隔操作されたアームの指先が、狼の足元の地面に、二つの魔法陣を描き終えていた。
「ああよかった。賭けに賭けを重ねてさらに賭けるとか、本当にあり得ないんだけど……上手くいったね」
マエリスは、ホバークラフトへの魔力供給ラインに指をかける。
(今のボクには、もうあの魔法陣を起動する魔力も、触れる自由もない)
(だけど──ここには『燃料』がある)
マエリスが片手で維持している、数トンものチタンの塊。
魔法で構築された物体は、供給が止まれば魔力に還元される。
もし、この至近距離で、これほどの質量の魔力が一気に解放されたら?
そして、そのすぐ側に「同じ鉱属性」の魔法陣があったら?
(そんなの、理論すら考えたことないんだけどな)
マエリスは、ホバークラフトへの供給を断った。
ブォンッ……!
空気が震える。
マエリスを押し潰していた巨大な鉄塊が、一瞬にして光の粒子──純粋な魔力の奔流へと弾け飛んだ。
ズドドドォッ!!
支えを失った瓦礫が崩落し、マエリスの体を押し潰す。
「がはっ!?」
口から鮮血が噴き出す。だが、意識は外へ。
行き場を失い、周囲に溢れ出した膨大な魔力。
それは親和性の高い「導線」を見つけ──狼の足元に描かれた「鉱物生成」の魔法陣へと吸い込まれていく。
『ガルルルッ!?』
狼の本能が、警鐘を鳴らして跳び退いた。
足元から、桁違いのエネルギーが膨れ上がるのを感じたからだ。
「もう何度もこの魔法陣は描いたから、見本がなくても空で描けるんだよ」
マエリスが遠隔操作で描いたのは、純粋な物質を作るだけの、鉱属性の魔法陣。
この魔法陣は、「陽子数」と「中性子数」を指定することで生成物質を決める。
片方に入力した数字は──「陽子数92、中性子数143」──ウラン235。
もう片方に入力したのは──「陽子数0、中性子数100」──純粋な中性子線。
ホバークラフト一機分の魔力を吸い上げ、二つの術式が同時起動する。
「……前世日本人として、この攻撃はいいのかって悩んだけど。なりふり構っていられない」
生成された重金属の塊に、中性子の弾丸が直撃する。
臨界点突破。
「死を間際にした人間の行動は──最大火力の自爆って相場が決まってるんだよ!」
『コオォォォロオォォォスウゥゥゥッ!』
狼が恐怖に駆られ、元凶たるマエリスを殺すために爪を振るう。
しかし、一歩遅かった。
足元に、青白い「太陽」が生まれた。
音すら置き去りにする閃光。
数千度の熱線と衝撃波が、狼の全身を蒸発させ、瓦礫ごとマエリスを吹き飛ばそうと膨れ上がる。
(あ、これボクも死ぬわ)
熱に焼かれ、マエリスの意識が霧散する。
その直前。
「──『マギカ辺境伯領第三大通り』!」
誰かの声と共に、マエリスの体が世界から消失した。
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