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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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魔王の影

「なにこいつ……!?」

「お嬢様! お下がりください!」


その存在から発せられる威圧。瞳から溢れ出す、純粋培養された殺意。マエリスの全身が、本能的な恐怖で粟立っていた。


(生物としての、格が違う……!)


蛇に睨まれた蛙。いや、プレス機に放り込まれた空き缶のような無力感。

思考が一瞬、白く染まる。


「お嬢様!」

「マエリス!」

「っ──!」


母たちの悲鳴で、世界の色が戻る。気が付けば、黒曜石の狼は爪を大きく振りかぶり──視界を埋め尽くすほどの至近距離に迫っていた。


「ヤバ──」


思考より先に、指が動く。右腕の操作レバーを強引に引き、ガードの体勢を取る。


ガギィィィィィンッ!!


「ぐぅぅっ!?」


鼓膜を食い破るような金属音。数トンの自重があるはずのホバークラフトが、まるで玩具のように真後ろへ吹き飛ばされた。急激な負荷に、マエリスの肺から空気が漏れる。


(嘘だろ、この機体の重量分かってんのかよ!?)


『コオォォォ──ロオォォォ──スウゥゥゥ──ッ!』


着地と同時に、狼が追撃を仕掛けてくる。 速い。デカいくせに、風のように速い。

だが──


「やられっ放しは──」


マエリスは歯を食いしばり、スラスターを逆噴射させて機体の姿勢を無理やり制御する。 照準──敵の顔面、センターど真ん中。


「──性に合わないんだよッ!」


バルブ全開放。圧縮空気解放。


ガゴォッ!!


シリンダーが爆発的に伸長し、チタンの剛拳が狼の横っ面を捉えた。

総重量百キロを超える鉄塊と、限界まで高めた空気圧。それは打撃というより、正面衝突事故そのものだった。


パァァァァンッ!!


乾いた破砕音が、戦場に響き渡る。


「……は?」

「な、んですか……あれ……」


呆然とするシャーロットたちの前で、狼の顔半分が粉々に弾け飛んだ。宝石の破片がキラキラと舞い散る中、衝撃で軌道のズレた爪が、マエリスの真横の石畳を深々と抉り取る。


『ギャァァァッ!?』


狼はマエリスを明確な脅威と認識し、バックステップで大きく距離を取った。


「どうだ……?」


マエリスは油断なく残心を取る。 だが、次の瞬間、あり得ない光景が広がった。


ジャラジャラ……という音と共に、地面に散らばった宝石の破片が、巻き戻されるビデオのように狼の顔へと吸い寄せられていく。数秒もしないうちに、その顔は無傷の輝きを取り戻していた。


「……マジで?」


生物というよりは、ゴーレムやスライムなどの魔法生物に近い。これでは、ただの打撃では意味がない。


「エレノア! なんなのあれ!? ゾンビ!?」

「えっとねー、多分だけど『魔王の影』かなー」


戦場に似つかわしくない、間の抜けた声が降ってくる。


「『魔王の影』ですって!?」

「やはりそうでしたか……」

「ねえ、ボクの質問でボクを仲間はずれにしないでくれる!?」


軽口を叩きながらも、マエリスの操縦は限界に近い。

狼の攻撃が激化している。頭を吹き飛ばされた恨みか、執拗にマエリスのコクピットを狙って爪を振るってくるのだ。紙一重でかわすたびに、スカートの装甲が削れ、火花が散る。


「『魔王の影』はー、魔王の成りそこないっていうかー、魔王の分身体っていうかー。まーよく分かってないんだけどねー」

「魔王!? 魔王は勇者が倒したんじゃないの!?」

「あー、いけないんだーマエリスちゃん。忘れてるよー」


ガギィン! 狼の爪を、マエリスがアームで弾く。その隙にリフィとシャーロットが魔法とナイフを打ち込むが、その硬質な装甲に阻まれ、傷一つつかない。


「歴史の授業はー、情報を疑う授業だよー? どうしてー、魔王が一体だけだって思うのかなー?」

「はぁ!? そんなのあり!?」


マエリスが叫んだ、その時。狼の動きが変わった。爪による物理攻撃に見せかけて、口を大きく開けたのだ。その奥にチラつく、魔法の光。


(しまっ──避けられない!)


再度、マエリスは腕をクロスさせて防御態勢をとる。しかし悪寒は止まらない。

咄嗟にマエリスは操縦席から脱出して後ろに転がった。


直後、ホバークラフトの腕が機体ごと真っ二つに噛み砕かれ、ただのスクラップへと変えられた。


「うっそだろ……!?」

「お嬢様! 早く次の機体を!」


リフィに促されて、マエリスは魔法陣に魔力を通す。蒼炎の中から、新たなホバークラフトが姿を現した。

この間、数秒。それは戦場では致命的な隙だったが、シャーロットの地形操作とリフィの牽制に、狼は動かなかった。


「う、ぐぅっ、やっぱ、二機目は魔力がキッツイなぁ」


マエリスは呻きながら操縦席に乗り込み、狼に照準を合わせる。


『フウゥゥゥッ──コォロォシィテェヤァルゥゥゥゥゥッ!』


しかし狼も学習してか、一直線ではなくジグザグに不規則な軌道でマエリスへと駆け寄る。


「土よ、我が魔力を糧に、全ての足を奪え!」

「お嬢様への狼藉は許しません!」


シャーロットが地面を砂に変え、リフィが延ばされた爪をいなす。しかし中々線が通らない。

ここは自分も、前に出るべきか──そう考えていると。


「少し左に打つといいじゃろ」

「え?」

「ほれほれ」


突然真後ろから聞こえた声にマエリスが戸惑うと、背後から伸びた腕に手を掴まれて、コントローラーを動かされる。


その直後、左へ動いた狼を、正面から赤毛の狼が受け止めた。


「援護しますぅ!」


一瞬の拮抗。その隙を逃さず、打ち出された拳は狼の上半身を粉砕した。


飛び散る宝石の破片。確かな破壊の手応え。

だが、粉々になったはずの狼の残骸から──ギョロリと、赤い眼光がマエリスを見上げた気がした。

お読みいただききありがとうございます。


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