激戦の最中
「前線が、後退してる……?」
屋敷の二階から見える光景は、凄惨だった。
街の中にまで浸透した魔物を、家屋ごと魔法で吹き飛ばしていく騎士たち。
肉の焼けた臭い、炭が燃える臭い。鼻を突く悪臭が、ここが戦場だと告げている。
時折、森の方から一際強い光が放たれるから、それが恐らくミシェルの魔法なのだろう。あれほどの火力がありながら、魔物は止まらずに溢れてきている。
(テレビで見たなぁ。中東の紛争地帯みたいだ)
死骸が霧散して消えるため、グロテスクさは薄いが、その分「終わりが見えない」恐怖がある。
一方、エレノアは眼下の惨状に首を傾げていた。
「なーんか変だなー」
「何が?」
「魔物が少なすぎるなーって」
エレノアの言葉に、マエリスは目を見開く。
「いや、少なすぎるって……これで!?」
「うん。本来なら、地面が見えないくらい埋め尽くされてるはずなんだけどなー」
エレノアは断言して、森の方を指差す。
「『憤怒』パターンのー、グレードはBくらいかなー」
「?」
「そーいえば、そこはまだ教えてなかったねー」
エレノアは語る。
「スタンピードの魔物は強化されてるって話は覚えてるー?」
「うん」
「その強化のパターンも色々あってさー、『暴食』、『怠惰』、『色欲』──まー本当に色々あるんだよ。それで同じパターンでも強化の程度が違うから、さらにグレード分けするのー。
今回は『憤怒』ってパターンのー、下から二番目の強化って意味だよー」
エレノアが語るパターンの名前に、マエリスは七つの大罪を想起していた。
(何か、関連があるのだろうか)
「それでグレードが低いと魔物は多くなってー、グレードが高くなると魔物は少なくなるんだー。まー少なくなっても数百万は出てくるんだけどねー」
「それで、今回グレードが低い割には数が少ないってこと?」
「そーゆーことー──ところでマエリスちゃん」
「何?」
「乗馬の授業だよ? 早く馬に乗りなよー」
「あ、はい」
マエリスは鞄の中に詰めた魔法陣を引っ張り出した。
思えば、マエリスは初めて屋敷の外に出ている。
ホバークラフトを走らせ、風が髪を攫っていくのを感じていた。
「マエリスちゃん。次の十字路を右ねー」
「え、右?」
当たり前のように、生身で宙を浮いて付いてくるエレノアの指示に、マエリスは混乱しながらも、コントローラーを操作する。
「うわっ、とと……!」
瓦礫が散乱する悪路。 だが、ホバークラフトはそれをものともしない。 下部のスカートから噴出する高圧の風が、瓦礫ごと機体を浮き上がらせ、滑るように駆け抜ける。
「うーん、動きが雑!」
「まー家に突っ込まなかっただけマシかなー。走るだけで他人様の塀を削るとかー、それなんて悲しき兵器?」
「うるさいな! ぶっつけ本番なんだから仕方ないでしょ!」
「あ、次を左ねー」
マエリスは悪態をつきながらカーブを切る。 途端、目の前に現れたのは──尻餅を付いた騎士と、そこへ襲いかかる巨大な黒狼だった。
「うわああああああ!?」
「ギャン!?」
ブレーキなんて間に合わない。マエリスが方向転換する間もなく──そのまま狼を轢き殺した。
数トンの鉄塊と風圧のプレス。断末魔と共に、狼は光の粒子となって消滅する。
「……あ」
「わーすっごいねー! 『憤怒』で強化された魔物を正面から轢き殺すとか」
エレノアがパチパチと拍手する。
「童貞卒業おめでとー。あ、マエリスちゃんは女の子だからー、処女卒業?」
「ハードボイルドな映画の話……?」
初めて敵を殺した兵への賛辞と知らなければ下ネタと疑うようなエレノアの発言に、マエリスは苦笑する。
そこへ呆然としていた騎士が、震える声で呼びかけた。
「は、ま、マエリスお嬢様!? 何故ここに!?」
「あ、大丈夫? 怪我はない?」
「助けていただいたことは感謝します! ですがここは危険です! すぐに──」
騎士の言葉が終わらない内に、新たな魔物が現れる。
緑色の体色をした小鬼──ゴブリンの大群が、通路を塞ぐように押し寄せてきた。
それを見た騎士が、折れた剣を拾い構える。
「くっ、ここは私が命に代えても抑えます! お嬢様はお逃げください!」
「は? 何言ってんの?」
「へ──」
マエリスは冷めた目で騎士を一瞥すると、ポケットから丸めた羊皮紙を掴み出し、ゴブリンの群れへ放り投げた。
「そこ、退いてて」
「え?」
カッ、ドォォォォォン!!
閃光と爆音。 群れの中央で圧縮空気が破裂し、ゴブリンたちが木っ端微塵に吹き飛ぶ。
クラスター爆弾──爆圧の壁に、ゴブリンは逃げることさえできない。
「うん、失敗作もこういう場では使えるね」
「なっ、なん……!? 何をしているのですか!? 早く避難を!」
「うるさいなぁ」
マエリスは次々と羊皮紙を投げ込みながら、呆気にとられる騎士に言い放つ。
「命を懸ける? 馬鹿じゃないの? その剣を捧げる先は何? ボク? 違うでしょ。
騎士の剣は、領民のためにあるんでしょ! ボク一人を守って死ぬくらいなら、生き延びて一人でも多くの領民を助けなよ!」
ホバークラフトが旋回し、生き残ったゴブリンを鉄の腕で薙ぎ払う。骨の砕ける音が響き、道がこじ開けられた。
「……戦えないなら、屋敷まで下がってて」
そう言い捨てて、マエリスはアクセルを踏む。風を巻き上げ、鉄の玉座は戦場を疾走していく。
「珍しく怒ってたねー、マエリスちゃん」
「ボク、ああいう『効率の悪い自己犠牲』は嫌いなの」
「だよねー。だと思ったー」
マエリスの合理主義に、エレノアは満足げに頷く。
「ところでー、そのデカブツの評価は改めないとなー。『憤怒』の魔物相手に近接戦で蹂躙するなんてねー」
「『憤怒』パターンだと、どうなるの?」
「近接特化かなー? 力が強くなって、反応速度も上がるんだよねー。だから普通は遠くから魔法で倒すんだよー」
「……さっきの騎士の人、剣を構えてたけど」
「魔力切れじゃなーい?」
まあ何でもいいかと、マエリスもエレノアも、先ほどの騎士を忘れた。
「そうだエレノア。さっきからどこに案内してるの?」
「そこ右ねー。あー何だろ、イレギュラー、みたいな?」
「え、イレギュラー?」
歯切れの悪いエレノアの言葉に首を傾げていると、マエリスは大通りに出た。直後──
ズドォォォン!!
大規模な雷魔法が直撃し、石畳を粉砕して砂煙を巻き上げる。
「うぅぅぅぅぅうるさっ!」
「……っ、マエリス!?」
「お嬢様!?」
そこにいたのは、ボロボロになった母シャーロットと、メイドのリフィだった。 シャーロットのドレスは裂け、リフィのナイフは刃こぼれしている。 二人とも肩で息をしており、疲労は限界に見えた。
「どうしてここに!? 避難所はどうしたの!」
「エレノア! どういうつもりでお嬢様を前線に!」
「これも課外授業だよー。それよりもさー、来るよ?」
エレノアが指差す先。土煙の向こう。
「……ッ、下がってマエリス!」
シャーロットが悲鳴のように叫ぶと同時。黒い影が、風を裂いて突っ込んできた。
ガギィン!!
リフィが割り込み、二本のナイフで受け止める。だが、その衝撃は凄まじく、リフィの体がボールのように吹き飛ばされた。
交代でシャーロットが雷を放つが、その黒い影は身じろぎ一つしない。
『オォ──ウゥ──』
「あー、やっぱりそっかー。最悪一歩手前かー」
エレノアが一人納得する中、砂煙が晴れ、全容が明らかとなる。
それは巨大な、黒い宝石でできた狼だった。
『コオォォォ──ロオォォォ──スウゥゥゥ──ッ!』
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