被災地にこそ子どもの笑い
地下にいるのに、まるで花火のように遠くからドォン、ドォンと爆発音が聞こえてくる。その度に地面が揺れ、天井からパラパラと砂が落ちてくる。
避難所の子どもたちは恐怖に泣き喚き、大人たちも不安そうな表情を隠せない。
(……空気が悪いな)
マエリスは溜息をつく。
大人たちの不安は、子供に伝染する。子供の泣き声は、大人の焦燥を煽る。
負の連鎖だ。大変、居心地が悪い。
「あ、いたいたー、マエリスちゃん」
そこへ、この場に似つかわしくない間延びした口調が響く。
エレノアがパンの入ったバスケットを片手に、マエリスを見つけて近寄って来た。
「配給のお手伝い中ー。何か食べるー? いっぱいはダメだけど、パンがもらえるみたいだよー」
「……ボクは食欲がないからいいかな。マノンは食べる?」
そう言って手を握るマノンに尋ねるが、反応がない。
マノンも緊張してるのかと思ったが、どうやらジッとエレノアを見上げているようだ。
「どうしたの?」
「……おねえちゃ、いじめる人」
「ぶっ」
マエリスは思わず吹き出す。
日々の授業でフラフラになっていた姿を、マノンは「いじめられている」と捉えていたのか。
「おねえちゃ、マノンのなの。とっちゃやーよ」
「えー、なにこの娘ー、嫉妬? かわいー」
マエリスにしがみ付くマノンの言葉に、エレノアは破顔する。
そして躊躇なくその白い頬をムニムニと揉みくちゃにし始めた。
「んむー! はなせー!」
「はいはい元気元気ー」
マノンは大変嫌そうで、マエリスを中心として小さな追いかけっこが始まる。
ただ、本気で嫌がってはいないのだろう。「やー!」という口調には、恐怖ではなく楽しさが滲んでいる。さすがはエレノア、子供の扱いに慣れている。
精神年齢が近いとは、絶対に言わない。
その様子を見て、マエリスは閃く。
この閉塞した空気。ただ怯えて待つだけの時間は、子供にとって毒だ。
再び響いた「ドォン!」という爆発音に合わせて、マエリスは少し大きな声でマノンに話しかけた。
「聞いた、マノン? 今の音!」
「……おと?」
「そう。あれはね、お父様が魔物を吹き飛ばした音だよ!」
周囲の視線が集まるのを意識しながら、マエリスは芝居がかった調子で言う。
「お父様は『賢者』だからね、ドーンって魔法一つで何百も魔物を倒してるんだよ! あ、ほらまた聞こえた!」
「ドーン!」
「そう、ドーン!」
マエリスが両手を広げて擬音を叫ぶと、マノンも釣られて小さな手を広げる。
「パパ、すごい?」
「すごいよー、悪い魔物を全部やっつけてるんだよ!」
「ドーン!」
二人の楽しそうな声が、避難所に響く。
それに眉を顰める大人もいる。しかし、今まで怯えていた他の子供たちが、涙を止めて耳を澄ませ始めた。
あれは怖い音じゃない。悪い奴をやっつける、頼もしい音なんだ。そう認識が変わっていく。
避難所の空気が、少しだけ緩んだ──その時だった。
「──うるせえぞガキども!!」
怒鳴り声が、マエリスたちの声を塗りつぶした。
近くにいた中年の男が、血走った目で立ち上がっていた。
「大人しくできないのか!? こっちは死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひっ……」
男の剣幕に、マノンが怯えて縮み上がる。
せっかく作った「安心」が、一瞬で壊された。
マエリスの瞳から、スッと感情の光が消える。
「……ここにいる人たち、みんな不安と戦ってるんだよ」
マエリスはマノンを背に庇い、男を見上げる。
声色は静かだが、絶対零度の冷たさを孕んでいた。
「だから、そんな怖い声で叫ぶのは止めてくれないかな」
「あぁ!? ガキが何様のつもりだ! 俺はこの状況で気が立ってるんだ!」
「気が立ってる? だから何?」
マエリスは首を傾げる。
「そもそも、この避難所にいる時点でボクたちと同じ『守られる側』でしょ。おじさんも特別じゃない。それとも……皆が弱いって知ってるから、自分より弱い子供相手に威張ってるの?」
「なっ……」
「だとしたら恥ずかしいね、おじさん? いい年して、子供より理性が弱いなんて」
図星を突かれ、男の顔が赤黒く歪む。
拳を振り上げようとした瞬間──マエリスはエレノアのバスケットからパンを取り、男性へ差し出した。
「食べる? お腹が空いてるからイライラするんだよ」
「ぁ……」
毒気を抜かれた男は、振り上げた拳のやり場を失い、呆然とパンを受け取る。
周囲の大人たちからも非難の視線を浴びせられ、男はバツが悪そうに座り込み、パンを齧り始めた。
「……マエリスちゃん、強いねー」
一部始終を見ていたエレノアが、感心したように口笛を吹く。
マエリスはマノンの頭を撫でて落ち着かせながら、小さく答えた。
「別に、正義感じゃないよ」
「そーお?」
「パニックは伝染するからね。ここで誰かが騒ぎ出せば、将棋倒しで全員が危険になる」
マエリスは男を一瞥し、そして震えるマノンを抱きしめる。
「エレノア。ボクが一番重視するのは『環境』だよ。環境を悪化させる要因は、排除する」
それは四歳児の言葉ではなかった。
現場を管理し、リスクを潰す。徹底したエンジニアの思考だった。
「あはは。やっぱ君、面白いわー」
エレノアは楽しそうに笑う。
その時──今までで一番大きな揺れが、避難所を襲った。
「ドーン?」
「そうそう。今のは大きかったね! お父様の必殺技かな?」
「ひっさつわざ!」
その格好いいワードに子どもたちが気を取られている間に、マエリスは使用人を呼び寄せる。
「マノンに常に二人は付いていて」
「マエリスお嬢様はどうされるので?」
「ちょっと、ね」
詳しくは言わず、マエリスは再び周りを見渡し、大家族の兄妹だろうか、子どもが多い地点を見つけた指差した。
「あ、マノン。あっちにいっぱい友達がいるよ。遊んできたら?」
「うん!」
マノンの意識がそっちへ向いたその瞬間に、そっとマエリスはマノンの手を解く。そして静かに避難所の出口へと向かう。
「どーこいくのー?」
いつのまにか後ろにいたエレノアが尋ねてくる。
「さっきの、近かったよね。ボクも出る」
「あれー? 言ったよね、あれで出たら死んじゃうよって」
「前線ならね。だから専守防衛の方針だよ」
「屁理屈じゃないかなーそれ」
呆れたように言うエレノア。マエリスは振り返る。
「それで、エレノアは手伝ってくれないんでしょ?」
「まーねー」
「じゃあ授業をお願いしないと」
「授業?」
エレノアが首を傾げる。
「緊急事態だからって、特例は許さないんでしょ? 確か今日の午前は、乗馬じゃなかった?」
その言葉に、虚を突かれたように目を見開いたエレノアは、直後大きく笑った。
「あ──は、ははははっ! マエリスちゃん狂ってるなー! でも馬がいるかなー?」
「ボロボロに言われたあれがあるじゃん」
「あれは馬とは似つかないけどー……まー体幹トレーニングってことでいっかー」
二人は、地上への階段に足を乗せた。
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