表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/53

鐘の音

カン、カン、カン、カン──!!


けたたましい目覚ましの音が鳴っている。

布団の心地よい温もりを捨て、厳しい外界に出る決断を迫るその音に、マエリスは眉を顰めながら起き上がる。


「んぅ……仕事行かなきゃ……今何時……?」


近くにあるはずのスマホを探して、周囲のベッドを軽く叩く。しかし右手が探り当てたのは冷たい液晶ではなく、もっと重量感のある温かな存在だった。


「なに……?」


貼り付く瞼を引き剥がし、その正体を目に映せば、それは真っ白な幼女だ。

幼女と同衾……事案……?その事実にサッと青褪め、一気に脳が覚醒する。


(……いや違う。ここは日本じゃない。ボクはマエリスだ)


意識が戻ると同時に、耳障りな音の正体が判別できる。

自分のスマホのアラームは、こんなに甲高く、脳を直接殴るような音をしていない。

まるで時代劇で、この後に「火事だー!」と聞こえて来そうな鐘の音──


「鐘の音……? ……ッ! スタンピード!」


マエリスは跳ね起きた。始まったのだ、『泥の流れ』と呼ばれる災害が。


「んぅ?」


マエリスの大声に、マノンが目を覚ましてもぞもぞと動く。半開きになった紅の瞳がマエリスを見上げていた。


「おはようマノン。ごめんね、ちょっと急ごうか」


マエリスは努めて冷静に振る舞いながら、ベッドの下に手を突っ込む。

着替えなんて後回しだ。今は何よりも優先すべきものがある。


「あった……!」


掴み出したのは、数本の筒。

中には、苦心して書き上げたホバークラフトの魔法陣や、昨日解読した治癒の魔法陣、そしてこれまでに書き溜めた失敗作の束があった。


これさえあれば、戦える。

マエリスは羊皮紙の束をポケットにねじ込み、溢れる分は鞄に詰め込んで、マノンの手を引いた。


「行くよ、マノン。絶対に離れないで」

「うん……おねえちゃ、おと、こわい」

「大丈夫。ボクがいるから」




「慌てないでください! 魔物の群れが来るまでまだ余裕があります!」

「押さないで! おい暴れるな!」


地下の避難所へ続くホールは、既にカオスだった。

屋敷に勤める使用人、そして近隣から逃げてきた領民たちが入り乱れ、怒号と悲鳴が反響している。


「お母さん、パパ大丈夫かな?」

「賢者様……ミシェル様がいらっしゃるんだ、大丈夫だ……!」

「ああ、帝国最強の賢者様が守ってくださる……!」


至る所で聞こえる祈りの言葉。

その対象は、この領地の主であり、マエリスの父であるミシェル・マギカ──『賢者』に向けられていた。


(……お父様)


確かに父は強い。帝国から賢者の称号を賜るほどの魔法使いだ。

だが、相手は数千万の死の泥流だ。

それにマエリスは見てしまっている。その父と共に前線に立つ、母シャーロットの震える指先を。


(二番目の実力者であるお母様があれほど怯える災害に、勝てるの……?)


民衆の祈りは、あまりに細い糸の上に成り立っていた。


「…………」


その空気の異様さに、マエリスは思わず足を止めてしまっていた。


前世で避難訓練の経験はあるが、実際にそれが必要になる場面に遭遇したことはない。

故に、ただ避難するだけだと考えていた甘さは、たった今叩き潰された。


(これが、被災地の空気……)


屋敷に残された騎士や使用人が、必死に避難誘導を行っている。

その中にはリフィの姿も、両親の姿もない。

きっともう、前線で泥流と対峙しているのだろう。


ぎゅ、と手が強く握られる。

見下ろせば、マノンが不安げにマエリスを見上げていた。


「おねえちゃ」

「……大丈夫だよ」


マエリスはポケットの中の羊皮紙越しに、自分の太ももを抓る。

最後に頼れるのは、自分の知識と、この羊皮紙だけ。


(やるしかない)


マノンは絶対に守ってみせる。

周囲の大人たちが賢者への祈りに逃げる中、マエリスだけは戦う覚悟を決めていた。




所変わって、『魔の森』を臨むマギカ辺境伯領境。

気味の悪い程に無風だった。音はなく、声もなく、ただ緊張だけが際限なく高まっていく。


やがて、森の色が様々に変わっていった。赤、黄、黒、茶──様々な体色の魔物たちが、森を抜けようと進軍する。

それは軍勢というよりは、地平線を黒く塗りつぶす津波のようだった。数万、いや数十万の殺意が、物理的な質量を持って防衛線を飲み込もうと迫る。


『泥流』。


迫る地響き。それを裂いたのは、朗々とした詠唱だった。


「全てを破壊する大いなる炎よ、波打ち道示す大いなる海よ、合わさりて天照らす太陽となれ。束ね束ねて帯なりて、彼方と此方を隔てたまえ。この身の力を貪りて、彼岸の境を引きたまえ!」


次の瞬間、地平線から地平線へ引かれた熱線の跡。その大地が膨張し、轟音とともに魔物を吹き飛ばした。


「あなた、詠唱を少し変えたの?」

「あのお転婆の論文を参考にしてね。ご覧の通り想像以上の威力と効率だよ」


末恐ろしいね、とこの光景を作り出したミシェルは言う。


「君も読んでみるといい。我ら魔術師にはとても興味深い内容だ」

「社交の合間にでも、そうさせてもらうわ。これ以上あなたとの差を開けたくないもの」


今度はミシェルの隣のシャーロットが、森に向かって手を伸ばす。


「大地よ、地底より出で聳える大地よ、我が魔力を糧に、その重みを示せ!」


今度は地中から巨大な岩盤が隆起し、魔物たちの方へと倒れ、森の樹々諸共押し潰した。

ミシェルが賞賛するように拍手をしていると、伝令役の声が響く。


「解析出ました! パターン『憤怒』! グレードB! パターン『憤怒』! グレードB!」

「全員接近戦は避けろ! 距離を取って魔法攻撃で仕留めるんだ! 弾幕を絶やすな! 交代体制は頭に入っているな? 無駄撃ちはするなよ!」

「「「応ッ!」」」


戦端が、開かれる。

お読みいただききありがとうございます。


ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ