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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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刻一刻

「──マエリスはここかしら?」


答えの出ない移動手段の悩みを抱えたまま、マエリスが寝不足の頭で授業を受けていると、不意に扉が叩かれた。


現れたのは、母シャーロットだ。

いつも完璧に整えられているドレス姿だが、今日はどこか空気が張り詰めている。


「これはこれはー。奥様がお見えとは珍しいですねー」

「エレノア先生。授業中に申し訳ないけれど、少し時間をもらうわ」

「どうぞどうぞー。今は自習時間みたいなものですしー」


エレノアが許可し、シャーロットがマエリスへ歩み寄ってくる。

コツ、コツ、というヒールの音が、やけに重く響く。


「お母様、何かありましたか?」


親に授業参観されるような居心地の悪さを感じながら、マエリスは尋ねる。

だが、シャーロットの表情に笑顔はない。


「あなた、スタンピードの際の避難場所を知らないでしょう? それを伝えにきたのよ」

「避難場所、ですか」


まあ災害なのだから、そういう備えがあるのもおかしくないか、とマエリスは頷く。


「本格的にスタンピードが始まったら、領の鐘が鳴らされるわ。そうなったらすぐにマノンを連れて、この屋敷のホールから行ける地下シェルターへ行きなさい」


シャーロットはマエリスの肩に手を置く。その手は少し冷たい。


「戦えない領民たちも収容するから、あまり居心地は良くないけれど……食料庫には一週間は生きられる備蓄があるわ」

「地下があったんですね……分かりました。マノンは、ボクが守ります」


マエリスが答えると、シャーロットはわずかに安堵の息を吐いた。

しかし、何故それを「今」、わざわざ母親自身が伝えに来たのか。

使用人に伝言させれば済む話だ。それをしないということは──


マエリスがシャーロットの顔を見つめると、その疑問が伝わったようだ。

彼女は居住まいを正し、凛とした声で告げた。


「私は前線に出るわ。これでもアカデミー時代は、あの人に次いで二番目の魔法の腕だったのよ」

「っ、お母様は戦うのですか!? それなら──」


ボクにも手伝わせてください。そう言おうとした言葉は、遮られた。


「ダメよ。子どもは大人しく守られていなさい」

「でも!」

「マエリス。あなたは『お姉ちゃん』でしょう?」


その言葉に、マエリスは詰まる。


「マノンを守りなさい。それがあなたの戦いよ……大丈夫、あの人も私もスタンピードは初めてじゃないから。今度もきっと凌ぎきれるわ」


──嘘だ。

エレノアの授業で聞いたばかりだ。スタンピードは毎回性質が異なる。過去の経験なんて当てにならない。

それに。


(……震えてる)


マエリスの肩に置かれたシャーロットの手。

強く握りしめているその指先が、微かに、けれど確かに震えている。


「二番目の実力者」であっても、数千万の殺意の泥流を前にして、平気でいられるはずがないのだ。


しかしマエリスは、何も言えなかった。

今のマエリスは、ただの「四歳の子供」でしかない。

完成したシリンダーアームも、動かせなければただの鉄屑。説得材料にもなりはしない。


「……エレノア先生」


シャーロットが、部屋の奥で紅茶を啜る魔女を見る。

縋るような、けれど拒絶を予期しているような視線。


「スタンピードで、力を貸してもらうことは──」

「やーだよー」


エレノアは即答した。カップを置く音すらさせず、冷徹に。


「私はマエリスちゃんの家庭教師として来てるだけだしー。領地の防衛義務なんてないよー」

「……そうですよね」

「まー、賢者ちゃんも、リフィちゃんも、ロルカちゃんもいるんだから大丈夫でしょー。頑張ってねー」


他人の不幸などどこ吹く風。

彼女にとって、人間が何千人死のうが、領地が滅ぼうが、それは興味の対象外なのだ。


「そう……無理を言って悪かったわ。それじゃあ私は失礼するわ。マエリス、授業しっかりね」


踵を返し、部屋から出ていくシャーロット。


ドレスの背中は凛と伸びていて、貴族としての矜持を感じさせる。

だがマエリスには、その背中が──死地へ向かう兵士の、二度と戻らない背中に見えて仕方がなかった。


パタン、と扉が閉まる。


「……冷たいんですね、先生」

「事実だよー? 私たちにそーゆー期待しちゃダメだってばー」


エレノアは悪びれもせず笑う。


(……結局、頼れるのは自分だけってことか)


マエリスは拳を握りしめる。

母の手の震えが、脳裏から離れない。




一晩悩んだことで、移動手段の選択肢は絞り込まれていた。


(ピストンが完成してるなら、普通に車輪をつけて走らせれば……)


そう思い試してみたのだが……結論、振動がエグい。


ゴムタイヤなんてものはない。それこそゴムは、シリンダー作りで諦めているのだ。


必然、タイヤはチタン製になるが……平らな廊下であの振動だ、そんなものでデコボコ道を走れば、精密なシリンダーアームは振動でボルトが緩み、最悪の場合は自己崩壊するし、そうでなくとも乗り心地は悪い。


サスペンションを作るには、バネやオイルダンパーが必要だが……それを開発する時間があるかどうか。


(なら、地面に左右されない移動方法? そんなの、飛行以外であるんだっけ……?)


飛行魔法、あるいは重力魔法。

それが一番手っ取り早い。けれど、数十キロの鉄塊を浮かせ続けるランニングコストは莫大だ。マエリスの魔力量では数分でガス欠になる。


「……もっと楽に、魔力を使わずに浮く方法はないか……?」


マエリスは机の上で突っ伏し、昨日完成した「シリンダー」の図面をぼんやりと眺める。


筒の中に風を送り込み、その圧力でロッドを押し出す機構。

密閉された空気が、重たい金属の腕を持ち上げるパワー。


(……ロッドで地面を押せば……竹馬でもやる気かっての)


ふと妙なアイデアが浮かび、すぐにそれをマエリスは否定したが、何かが引っ掛かった。


(空気圧のエネルギーの凄さは、もう実験で分かってる。昨日は「漏れた」だけでシリンダーが吹き飛んだ……待てよ?)


「漏れて吹き飛ぶ」なら、それを制御すれば「飛び続けられる」のでは?


マエリスはガバりと起き上がる。


魔法陣を起動し、シリンダーのみを出現させると、中のピストンを抜き取る。

ただの「底のある筒」になったそれを、開口部を床に向けて置いた。


「風魔法──噴射!」


ブォンッ!!


「あぐっ!?」

「マエリスお嬢様!?」

「わー、綺麗な放物線だー」


床を叩いた風の反動で、筒はロケットのように真上に射出された。

そして、覗き込んでいたマエリスの顎を下からカチ上げ、マエリスは盛大に舌を噛んだ。


「ふ、ふが……っ!」

「お嬢様!? 口から血が!」


吹き飛んだマエリスの身体はリフィがキャッチし、そのままエレノアに治療されるが、激痛に涙目になりながらもマエリスの脳内ではスパークが起きていた。


(……やっぱ、すごい推力だ……!)


筒の中に閉じ込められた空気は、行き場を失って床を押し、その反作用で筒を持ち上げた。


完全に空を飛ぶ必要はない。

地面から数センチ、あるいは数十センチ浮くだけでいい。

それなら、重力に逆らうほどのエネルギーはいらない。常に空気を床に叩きつけ、そのクッションに乗るだけだ。


泥沼だろうが、砂利道だろうが、死体の山だろうが関係ない。

タイヤがないからパンクもしない。振動もない。

水陸両用、全地形対応の移動手段。


(ホバークラフト……!)


前世の記憶にある、水上や泥地を爆走する乗り物。

あれの原理は単純だ。「下に向かって扇風機を回している」だけ。


(昨日は「空気漏れ」に絶望したけど、ホバーなら漏れるのが正解だ! スカートで囲って、圧力を維持しつつ、余剰分は裾から逃がせばいい!)


失敗作だと思っていた「漏れるシリンダー」の技術が、ここでは「浮遊エンジン」に化ける。

全ての研究は無駄じゃなかったのだ。


「よし、これなら──」

「まだ治療中だよーマエリスちゃん。顎の骨にヒビいってるから、喋らないでねー」


有無を言わせないエレノアの口調と、顎を固定する包帯に、マエリスは浮かせかけた腰を大人しく下ろした。

お読みいただききありがとうございます。


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