スタンピードとは
翌日は、座学の授業から始まった。
「ちょうど良いしー、今日はスタンピードについて授業しよっかー」
「……よろしくお願いします」
タイムリーすぎる話題に、マエリスは身構える。
「そもそもー、スタンピードとは何かなーマエリスちゃん?」
「えっと……魔物が大量に押し寄せる現象?」
「んー、それじゃあただの異常繁殖だねー。五点」
「手厳しい」
エレノアがマエリスの額をコツンと突く。
「スタンピードは別名、『泥流』とも呼ばれる……生物の形をした、ただの『災害』だよー」
そう言って、エレノアは指を振り、空中に年表を描く。
そこには過去の被害規模が記されていたが、どうも桁の様子がおかしい。
「スタンピードはね、ダンジョンとか非人類領域──『魔の森』とかのキャパシティを超えた魔力がー、魔物という形をとって溢れ出す現象なんだー。
だから発生源が大きい程周期は長くなってー、周期が長ければ長いほど、溜め込んだエネルギー……つまり魔物の数は多くなる」
「今回の『魔の森』だと、規模はどれくらいになりますか?」
「『魔の森』の面積知ってるー? 大陸の三割だよー? 規模だけで言うならー、大規模寄りの中規模かなー」
「大陸の三割飲み込んでて、まだ中規模に収まるの?」
「そうだねー」
あっけらかんと言うエレノアに、マエリスの頭が痛くなる。
「言葉だけじゃ、分からないんですけど」
「えー? それならー……『森の木の数』だけ魔物が押し寄せるって思えばいいんじゃなーい?」
「は……!?」
その言葉に、マエリスは目を剥く。
森の、木の数?
一本二本の話ではない。視界を埋め尽くす緑、その全てが「敵」に変わるということか?
何百万、何千万という単位だ。
(……待って。ボクが昨日作った腕、一回突くのに数秒かかるんだけど。これじゃあ効率も魔力も全く足りない……!?)
マエリスの顔色が青ざめるのを見て、エレノアは楽しそうに続ける。
ここからが本題だと言わんばかりに。
「よく勘違いされるからー、異常繁殖とスタンピードの決定的な違いを教えるねー。
まず一つ。『多種族混成』であること」
「……普通は、狼と兎は一緒にいませんよね」
「そー。でもスタンピードでは、捕食者も被食者も関係なく、一つの『濁流』になって押し寄せてくる。
あ、でもお腹が減ったら隣の魔物を食べるよー。
『共食い』も予兆の一つだねー」
「うげっ……」
「そして二つ目。厄介なことにー、『死骸が残らない』んだー」
「え?」
マエリスは耳を疑う。
魔物は倒せば素材が残る。魔石や毛皮になるはずだ。
「スタンピードの魔物はね、濃すぎる魔力の塊だからー、死ぬと霧散してマナに戻っちゃうの。
これの意味、わかるー?」
「素材が回収できない……じゃなくて、『死体の山ができない』……?」
「ご名答ー」
通常、大量の魔物を倒せば、その死骸がバリケードになり、後続の進軍を遅らせる。
だが、スタンピードは違う。
倒しても倒しても、道は綺麗なまま。後続はトップスピードで突っ込んでくる。
文字通り、止まらない『泥流』だ。
「そして三つ目。『指揮官がいない』こと」
「いないんですか? ボスを倒せば止まるとか……」
「ないよー。まー指揮官級の強さの個体はゴロゴロいるけどー、統率してるわけじゃないからねー。
あいつらはただ、本能で『人間の領域』を塗り潰しに来てるだけだから」
頭を潰せば終わる戦争ではない。
最後の一匹まで、草むしりのように駆除し続けなければならない。
「最後に、これが一番大事なことなんだけどー……『絶対に逃げない』」
エレノアの声のトーンが、スッと下がった。
「異常繁殖ならー、群れを半分くらい削ったり、指揮官を倒せば恐怖で逃げていく。
でもスタンピードの魔物に、生存本能はないよー。最後の一匹になるまで、心臓が止まるまで、人間を殺そうとしてくる」
「……」
マエリスは想像する。
痛みを感じず、仲間が死んでも怯まず、死体の山すら築かせず、数千万の軍勢が迫ってくる光景を。
それは確かに、生物との戦争ではない。
津波や地震と戦うようなものだ。
「……勝てる気がしません」
「そーお? まーでも、ドラゴンの異常繁殖よりはマシじゃない?
あ、でも油断しないでねー? スタンピードの魔物は通常よりバフかかってるからー。その質も毎回違うからー、過去の経験が参考にならないんだよねー」
救いがない。
マエリスは昨日完成した「腕」を思い浮かべる。
あれは強い。硬い。
でも──「足」が止まっていたら、この泥流に飲み込まれて終わりだ。
(……逃げながら戦う機動力。やっぱり、今のままじゃ絶対に足りない!)
「先生……授業、ありがとうございました」
「いーえー。しっかり準備してねー、マエリスちゃん?」
エレノアの笑顔は、愉悦に満ちていた。
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