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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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一難去って

動力の歴史は、人類の発展の歴史だ。

人力から始まり、牛や馬を使う畜力、自然の力を使う水力や風力。


そして前世で機械文明が進化するきっかけとなった、蒸気機関。

密閉空間で水を気化させて、生じた圧力をエネルギーへと変換する機構だ。


これを魔法で再現するのなら、風属性による気圧変化を使えばいい。

魔力を切れば生み出した風も消えるという点で、風属性は質量を持たない理想的な流体だ。


理屈は完璧。あとは密閉さえできれば──


バギンッ!!


「いっ、つうッ……!」

「マエリスお嬢様!」


高圧の風を密閉していた継ぎ目が破裂し、暴れたパーツがマエリスの手の甲を強打した。

皮が裂け、ボタボタと血が滴り落ちる。


「あーあ、またやったー。はい手を出してー」

「うう、お願いします……」


エレノアが慣れた手つきで魔法をかけると、傷口は瞬く間に塞がった。リフィも治癒できるが、ここまで手際は良くない。

この魔女がいなければ、マエリスの手はもう残っていないだろう。


「やっぱりー、遠くから魔法が使えるようにする技術の開発が先じゃなーいー?」

「それも考えたんだけど……手持ちの魔法陣のパーツではできなくて……線を伸ばしてもいいんだけど……ダサいし……」


今行われているのは、自作シリンダーの耐圧実験だ。


チタン製の外筒の中に、可動式の内筒が入っている。そこから伸びる太いチタンの棒──ロッドが、骨格となる腕パーツに接続されている。

ロッドが空気圧で押し出されれば腕が伸び、引けば曲がる。ショベルカーなどと同じ単純な構造だ。


だが、ピストンが風魔法の圧力に耐えられない。

金属自体は無事だが、可動部のわずかな隙間から空気が漏れ出し、制御不能になって弾け飛ぶのだ。


「ですがお嬢様、このままではスタンピードの前にお嬢様の体が保ちません」

「そんなこと言ったって……っ! ダメダメ、ここで諦めたらただの鉄屑になっちゃう」

「お嬢様」

「別に今のスタンピードのためだけの研究じゃないんだよ──もうしばらくは見逃してくれないかな?」

「お嬢様──」


リフィがジト目となる。

その視線は、冷ややかで鋭い。


「私はいつもいつも、見逃してばかりですが?」

「あ、あははー……」


痛いところを突かれ、マエリスは視線を彷徨わせる。


問題はシンプル、「隙間」だ。

金属同士が触れ合えば摩擦で焼き付き、動かなくなる。だからコンマ数ミリの隙間は必須だ。

でも、そこから風が漏れる。


(ゴムパッキンがあれば一発なのに……!)


だが、ゴムは無理だ。合金であれだけ苦労したのに、有機物の複雑怪奇な高分子化合物の配列など、マエリスの脳が死ぬ。

一応ゴム状硫黄という、純粋な硫黄の物質は試してみたが、発火したためNGだ。


かといって、革や布を挟むのは論外。

「魔法陣一つで戦力を生み出す」のが目的なのに、いちいち革を用意して詰めるなど、本末転倒もいいところだ。


(金属だけで、気密を取るしかない……金属だけで……)


マエリスは割れたシリンダーの断面を見つめ、前世の記憶を掘り返す。

ゴムが使えない過酷な環境──例えば、数千度の熱に晒されるエンジンの燃焼室。

あそこでは、どうやって気密を保っていた?


(……思い出せ……思い出せ……そうだ──)


自動車のエンジンにゴムパッキンなんて入っていない。

入っているのは──『鉄の輪』だ。


(ピストンリング……!)


マエリスは弾かれたように羊皮紙を取り出し、猛烈な勢いで計算を始める。

必要なのは、ピストンよりもわずかに大きな金属の輪。

そこに一箇所だけ「切れ込み」を入れる。


これを縮めてシリンダーの中に押し込めば、金属の張力で外側に広がり、壁に密着して隙間を塞ぐ。


「これだ……これなら、材料はチタンのままでいける!」


計算式を追加し、構造を変更するだけ。

有機魔法なんて危険な橋を渡る必要はない。


「ふう……よし、行け!」


光と共に、新たなシリンダーが生成される。

外見は変わらない。だが、その内部には精密に計算された「C字型の金属リング」が嵌まっているはずだ。


マエリスは恐る恐る、風魔法を注入する。


プシューッ……ガシャン!


漏れる音はない。

代わりに、重機のような湿った排気音と共に、チタンのロッドが力強く押し出された。


銀の骨格が生き物のようにグググッと持ち上がり、空気を殴る。


「……動いた」


モーターではない。シリンダーによる、剛力。

有機物に頼らず、純粋な金属加工と流体力学だけで勝ち取った勝利だ。


「やった……やったああああ!!」


マエリスの歓喜の声が、実験室に響き渡った。


「……腕と言うよりは……」

「破城槌だったねー。今のでも防衛設備には使えそー」


外野二人の評価を他所に、マエリスは勝利を確信していた。




その安堵は、夜までの短い命だった。

剣呑な空気を感じて不安になっているのか、布団の中でもマノンはマエリスにしがみ付いていた。

その温もりを感じながら、マエリスは見えないカウントダウンに気を取られて寝付けない夜を過ごしていた。


(シリンダーはできた。動力問題は解決した……でも)


冷静になった頭で、マエリスは昼間の成功体験をシミュレートする。

確かに腕は動いた。力強く、岩をも砕くパワーで。

けれど──


(あれ……重すぎない?)


マエリスは自分の細い腕を見る。四歳の腕だ。三歳となったマノンさえ抱えられない非力だ。

対して、完成したチタン製の巨大アームは、軽量ハニカム構造にしたとはいえ、シリンダーや駆動部を含めれば数十キロはあるだろう。


マエリスの背丈よりも大きく、重い。


(今のままだと、地面から生えた腕でしかないじゃん……自由度が足りない……『ダ・ヴィンチ』の手術ロボットみたく、天井から吊るされるアームとして作る?

いや、私が移動したら使えない)


スタンピードを正面から受け止められるのなら、それでも良いのだが……逃げながら、あるいは迎撃しながら戦うならば難しい。

地面に固定された砲台では意味がない。


かといって、背負える重さではない。

魔法陣で作っているのなら、一度消してから作り直す? 魔力が保たない。


(そもそも最初は、どういう腕を想像したっけ? 作業を手伝ってくれて、宙に浮いてて、後ろから付いてくる腕じゃなかった?)


マエリスは頭を抱える。

骨格はできた。動力もできた。

だが、それを「運ぶ」手段がない。


(軽くしたとはいえ……あんな重いのを、どうやって浮かせる?)


重力という最大の敵が、マエリスの前に立ちはだかっていた。

お読みいただききありがとうございます。


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