表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/54

コツを掴めば

「授業のノルマ、倍にしていいよ」

「……はー?」


翌日。マエリスの唐突な申し出に、エレノアはきょとんと目を丸くした。


「その代わり、予定より早く終わったら、残りの時間は全部ボクに頂戴。もちろん、研究のために」

「えー、やだー」


エレノアは即答し、マエリスの額を指先で小突く。


「あの時に賢者ちゃんが言ってた条件、忘れたー? 『実験の危機管理』。私が監視してないと危ないことさせられないじゃーん」

「うん。でも『頑張り次第』とも言ったよね……ボクがエレノアの課題を完璧に、かつ倍速で終わらせて余力を証明すれば、文句ないでしょ?」


マエリスは食い下がる。

昨日までの「教わる生徒」の顔ではない。

納期を勝ち取るために上司に詰め寄る、「エンジニア」の目だ。


「……へえー?」


エレノアの口元が、三日月のように歪む。

生意気な子供だ。だが、その生意気さは嫌いじゃない。


「言うねー。でもさー、質が落ちたら意味ないよー? 雑にやって早く終わらせるとか、論外だしー」

「落とさない。合格ラインは維持する」

「もし合格がもらえなかったら?」

「……その日は夜まで、言われた通りの授業を受ける。研究はしない」


マエリスは自分に不利な条件を提示した。

それを聞いたエレノアの瞳が、面白そうに輝く。


「あはは、言ったねー? 知らないよー? 潰れてもー」


冷ややかな視線。

それをマエリスは正面から受け止める。潰れる? 上等だ。

世界に潰されるのを待つくらいなら、自分で限界まで走って潰れた方がマシだ。


「後悔するのはそっちだよ、先生」

「いいねー、その顔……交渉成立。やってみなよ、マエリスちゃん」


エレノアがパチンと指を鳴らす。

それが、地獄のRTA開始の合図だった。




作法──ウォーキング。

「なーにーマエリスちゃん、いつの間にそんなに歳を取っちゃったのー? 背中が曲がってるよー!」

「っ、はい……! (脊中の角度を修正して、腰を前に……!)」

「あー今、足元を気にして視線が落ちたねー? はい最初からー」

「〜〜〜〜っ、はい! (くそっ、マルチタスクが追いつかない……!)」


楽器──リュート。

「はいストップー。マエリスちゃん、指だけで弾こうとしてないー? ちゃんと『音』を定義してー」

(定義……えっとつまり、弦を弾く力と位置と、指で押さえる力を……)

「考えすぎー。音が硬いよー。はい最初からー」


社交ダンス。

「マエリスちゃーん。そのステップだと相手のつま先を壊しちゃうよー?」

(判定がシビアすぎる……!)

「今度は先走りすぎー! ちゃんと速度を合わせてー!」


作法──食事。

「はい不合格ー。今お皿にスプーン当てたよねー」

「っ、すみません」

「ほらー。今日は不合格だけど食事は終わってないよー。冷める前に食べてねー」

(……味がしない)


絶対の自信があった刺繍。

「……やり直し」

「えっ」


いつもなら合格をくれるはずの刺繍。

だがエレノアは、マエリスが縫ったハンカチを冷ややかな目で見下ろしていた。


「マエリスちゃん。君さー、研究がしたいからって『手抜き』してない?」

「してません! 手順通りに……」

「『手順』は合ってるよ。でも『表現』が甘い。糸のテンションが均一すぎて、立体感がない……速度のために品質を落とすなら、この取引は中止だよ?」

「っ……! すみません、やり直します! (見抜かれてる……!)」


マエリスは冷や汗を拭う暇もなく、針を取り直した。


筆致、学問、乗馬、ダンス。

来る日も来る日も、リテイク、リテイク、リテイク。

ペナルティのせいで研究時間はゼロ。むしろ睡眠時間が削られ、泥のように眠る日々。


だが──転機は唐突に訪れた。


(……分かった)


一週間後。

フラフラになりながらステップを踏んでいたマエリスの脳内で、何かが『噛み合った』音がした。


(エレノアの合格ラインは『絶対値』じゃない。『相対値』だ)


彼女が求めているのは、教科書通りの完璧さではない。

その時々の音楽や相手、空気などの状況に合わせて、最も美しく振る舞うこと。

ならば──


「……ふぅ」


マエリスは思考を切り替える。

ガチガチの「手順書」を捨て、視野と感覚に身を委ねる。


「──お?」


エレノアが眉を上げた。


さらに一週間後。

マエリスは、全ての課題を定時前に終わらせ、涼しい顔でエレノアの前に立っていた。


「本日の課題、全てクリアしました──約束通り、残りの時間は頂きますよ、先生」




「──やり遂げられたのですね。おめでとうございます、マエリスお嬢様」


マエリスがエレノアを連れて自室に戻ると、リフィが珍しく素直に祝福してくれた。


「ありがとうリフィ。まあ明日がどうなるかは分からないんだけど……」

「筆致と作法はマエリスちゃん苦手だもんねー。いつボロが出るか見ものだねー」

「ふふん」

「ねえリフィ、何でドヤ顔したの?」

「明日用のドヤ顔です」

「早いって」


気の早いメイドに、マエリスはジト目を向ける。

エレノアは優雅にソファに腰掛けた。


「それでー、無理して時間を捻出してまで何を研究するのー? またマノンちゃん用の玩具?」

「まさか……『ゴーレム』を作ろうと思って」

「は、ゴーレム?」

「あの、泥人形のですか?」


リフィとエレノアの頭上に、疑問符と呆れが浮かぶ。

彼女らにとってゴーレムとは、洞窟や遺跡に湧く魔物の一種。

動きは鈍重、知能は皆無。ただ頑丈なだけの「土塊」だ。

貴族の令嬢が欲しがるようなものではない。


「使い道は大きく二つ。一つは領の防衛戦力。人手不足の解消と、危険な作業の代行」

「まー、壁の代わりくらいにはなるかもねー」

「もう一つはボクの補助具。ゴーレムの『腕』を作って、ボクの手では震えてしまうような精密動作を代行させる」

「うーん? それはどうだろうねー。腕が増えても、頭は一つしかないしー」

「そこはプログラム次第かな」


マエリスは不敵に笑い、新しい羊皮紙にペンを走らせる。


「材質はどうするのー? 頑丈にするなら鉄だけどー」

「ですが、お嬢様は『鉱属性』はまだ使えないはず。脆い『土』で作りますか?」

「あ、そこはちょっと仮説があって──」


マエリスはサラサラと、二つの異なる魔法陣を描き上げる。

一つは土属性。もう一つは風属性。

一見すると、土埃を巻き上げるだけの組み合わせに見えるが……マエリスはその二つを並べて、新しい魔法陣を描き始める。


「あとは、実験かな」

お読みいただききありがとうございます。


ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ