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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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新たな目標

せっかく時間が余ったのだ、マエリスは今までやれていなかった研究を進めるべく机に向かった。

しかし──


「……集中できない……」


どうにもエレノアに教わった歴史が頭を過って、目の前の魔法陣が分解できない。前世での経験上、こんなメンタルでは何をやっても時間の浪費にしかならない。

マエリスは羊皮紙を机に置き、天を仰いだ。


「……チートもなしに、こんな無理ゲーどうしろってんだよ……」


口から絶望が漏れ出る。そのまま椅子の上で脱力すること数分。扉がノックされる。


「どうぞ……」

「失礼します。やはりお戻りでしたか、マエリスお嬢様」

「リフィ……」


姿勢を戻し、マエリスはリフィの方を向く。


「顔色が悪いですね。死相が出ていますよ」

「えー、そんなに悪いかな……」


マエリスはペタペタと自分の顔を触る。


「噛みついてこないとは、重症ですね。何かありましたか?」


リフィはその様子を見て、紅茶の準備をしながら尋ねた。


「いや……エレノアからこの大陸の歴史を聞いて」

「なるほど、そういうことでしたか」

「これって、この大陸が特別悪いってことじゃないの?」

「むしろペーラ・ウルト大陸は比較的マシな部類ですね」

「これでマシなんだ……」


マエリスは絶句した。

北は魔獣、中央は砂漠、南は極寒。半分詰んでるこの大陸が「マシ」?他の大陸は一体どうなっているのか。想像するだけでSAN値が削れそうだ。

リフィがカップとソーサーを置く。マエリスは震える手でそれを手に取った。


「ですが……お嬢様は相当あの女に気に入られたようですね」

「え?」

「歴史とは普通、成功者の物語ですから。敗北の歴史まで語るということは、お嬢様を『ただの生徒』以上に見ている証拠です」

「……喜べないなぁ」


四歳児に向ける期待が重すぎる。マエリスがため息をつくと、リフィは真剣な眼差しで一つ質問を投げかけた。


「つかぬことをお聞きしますが」

「なに?」

「お嬢様、あの女に『あだ名』などは付けられていませんか?

 『マエリスちゃん』といった愛称ではなく、もっと別の呼び名です」

「え、あだ名? ……いや、ないけど」

「そうですか」


リフィは深く息を吐き、明らかに安堵した表情を見せた。


「もしもあだ名を付けられたら、私に報告を。直ちに旦那様に伝えますので」

「え……ええ……?」

(たかがあだ名で?)


大袈裟にマエリスは思うが、リフィの瞳は、冗談で済ませられる色をしていない。

マエリスはひとまず頷いた。


「それで、今日はもう終わりになさいますか?」


一転、リフィの瞳から険しさが消え、業務的な色に戻る。


「マエリスお嬢様はまだ四歳です。外の現実に絶望し、部屋に引きこもって一生を終える……それもまた、一つの『賢い生存戦略』でしょう」

「……」

「誰も責めませんよ。今日はもう、諦めてお休みになりますか?」


そう言って、リフィの視線は何も進んでいない羊皮紙へと向けられる。

甘美な提案だ。無理ゲーなら、プレイを放棄して寝てしまえばいい。


(ああ、確かに……今日はもう、休んでもいいかもな──)


マエリスの思考の天秤が、休息へと傾こうとする。

しかし──脳裏にフラッシュバックしたのは、前世の記憶。


(……前世でも、こんなことがあったっけ)


ブラック企業時代。仕事を家に持ち帰ったものの、全てが嫌になってベッドにダイブして。そのたびに、夢の中の女神に追い返されてきた。


(マエリスになってからは、一度も声を聞けてないけど)


震える両手を握りしめ、目を閉じて、深呼吸。

彼女は、前世を殺した張本人だけれど。彼女だけは裏切りたくない。


確か、あの孤高の女神は、いつもこう言ってボクを追い出した。


『──泣き言を言う暇があるなら手を動かしなさい。その指は何のために付いているの?』


(……ああ、そうだった)


「もっと優しくしてよ……」と返したことまで思い出して、マエリスの顔に笑みが浮かぶ。


「マエリスお嬢様?」

「リフィ、新しい羊皮紙を持ってきてくれる?」

「──畏まりました」


主人の目の色が変わり始めたことを察して、恭しく一礼するリフィ。


(納期も決まってないのに逃げるのは、エンジニア失格でしょうが)


無理ゲー? 上等。こちとらエンジニアやる前は、そこそこのマゾゲーマーだったんだ。とことん付き合って、自分なりの『攻略法』を実装してやる。


(さしずめ、自分専用の補助ツール開発ってところか)


マエリスの瞳から、死相が消えた。 代わりに宿ったのは、前世から持ち越した執念の炎。


「さて、何を目指そうか──」


マエリスは机に手をつく。まだ、指先が微かに震えている。恐怖による震えか、それとも4歳児の未発達な神経系の限界か。


「……これじゃダメだ。震える手じゃ、精密な記述はできない」


恐怖心というノイズが、指先の精度を落としている。 これを克服するのは精神論だが、そんな時間は惜しい。


「震え……手振れ……そうだ」


脳裏に蘇るのは、前世での手術映像。 人の手では不可能なミクロン単位の縫合。手振れを完全に除去し、神の如き精度を実現する鋼鉄のアーム。


貧弱な肉体が足を引っ張るなら、外部演算装置とアクチュエータを用意すればいい。


「手術支援ロボット『ダ・ヴィンチ』──いや、今世風に言うなら」


マエリスはニヤリと笑った。


「『ゴーレム』を作ろう!」

お読みいただききありがとうございます。


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