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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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語られるは抵抗の歴史

エレノアが指先で年表を空中に描く。

最初はありふれた歴史だ。狩猟や農作の時代から始まり、各地の小競り合い。王を称する豪族が湧出し、支配体制が生まれる。

そしてそれら全てを支配する、帝国──カラバ皇家の誕生。この辺りは前世と相違ない。


だが、大陸歴307年を境に、文字が赤く染まり始める。


「ここが分岐点。魔王が現れて、魔物が活性化して、世界が壊れ始めた」


そこからの歴史は、まさに「敗北のログ」だった。


大陸歴307年 世界的に魔物の活性化が発生。後に魔王が原因と判明する。

大陸歴311年 公爵家の一つが滅亡。これ以降で人同士の大きな争いはなくなる。

大陸歴333年 『粉々砂漠』が発生。帝都を現在の位置へ遷都。

大陸歴336年 第一次『粉々砂漠』攻略作戦──全滅。

大陸歴345年 第二次『粉々砂漠』攻略作戦──全滅。

大陸歴359年 『魔の森』が発生。いくつもの貴族家が滅亡。


不穏な単語が並ぶ中、マエリスはある一点に目を留める。


「……エレノア。ここ、おかしくない?」


マエリスが指したのは大陸歴439年。

『勇者が魔王を討伐。魔物の攻勢は緩やかになるが収束せず』。


「魔王を倒したなら、そこでハッピーエンドじゃないの? なんでその後も『第一次『吹雪の海』攻略作戦──全滅』とか書いてあるわけ? 何かの間違い?」

「鋭いねー。普通はそう思うよねー」


エレノアはニヤリと笑う。


「魔王は倒したー。でも、世界は元に戻らなかったー……これってどういうことだと思うー?」

「……原因が、魔王じゃなかったから?」

「せいかーい。あるいは魔王は原因だったけどー、倒しても戻らないほど悪化していたとかー。どの道、勇者ちゃんは骨折り損だねー」


救いのない歴史に、マエリスは寒気を覚える。

根本的な原因が解決していないまま、対症療法で300年も延命しているのがこの世界なのだ。


「そんなジリ貧の中でー、なんとか踏ん張った人たちもいるよー」


エレノアは別の年を指す。


大陸歴376年 アッシュとプテルの兄弟が『粉々砂漠』のスタンピードを撃退。

       アッシュは皇家入り。プテルはロドピス家を興す。

大陸歴391年 マルセラが『魔の森』のスタンピードを撃退。

       マルセラはマギカ辺境伯家を興す。


「マルセラちゃんはマエリスちゃんのご先祖様だねー。森が溢れそうになった時、蓋をするために配置されたのがマギカ家ってわけー」

「……ボクの家、もしかして『人柱』みたいな扱い?」

「人聞きが悪いなー。『守護者』って言いなよー」


マエリスは頭を抱える。ブラック職場どころではない。ブラック家系だ。

やや憂鬱な気分になりながら、マエリスは視線を下に滑らせる。


大陸歴452年 ラホープ公爵家が『粉々砂漠』の一部開拓に成功。

大陸歴499年 ポーセット男爵が他大陸への安全な航路を発見。子爵となる。


「その辺りはー、もしかしたら春のデビュタントで会うかもねー」

「そうなの?」

「偶然というかー、この年表に載ってる主な家はー、どこもマエリスちゃんと同世代の子がいたはずだよー」


エレノアは意味深に笑う。


「昔からそうだけどー、世界が追い詰められるとー、なぜか優秀な種が一斉に芽吹くんだよねー。世界自体の『生存本能』かなー?」


そう聞いて、マエリスは気を引き締めて年表を頭に入れていく。

そこで、気になる記述を見つけた。


「……大陸歴584年、ボスドルム辺境伯家が『沈黙』って……何があったの?」

「あー、そこねー」


エレノアは少し目を細めた。


「まー、私たちのミスでもあるんだけどねー。ちょっと手違いで、領地全体が呪いで眠っちゃってねー」

「……そんな『ちょっとした手違い』で領地が一つ滅ぶの?」

「他の大陸ではまあまああることだよー」


悪びれる様子もない。

マエリスは戦慄した。そしてリフィの忠告の意味が分かってきた。


「それでー、ボスドルム辺境伯家はマギカ辺境伯家と同じように『魔の森』を抑えてた家だからー」


その結果マエリスの家の負担が増えていると。理不尽すぎる。

だが、暗いニュースばかりではない。


「でもー、最近は希望もあるよー。ほらここ」


大陸歴666年 トロワジエ皇子の合同作戦で『吹雪の海』のスタンピードを撃退。

       トロワジエ皇帝の誕生。

大陸歴671年 バルバロ・ブルーが港町を奪還。ブルー侯爵家再興。

大陸歴687年 ミシェル・マギカが賢者となる。


「『猫憑き』の皇帝陛下とー、『海賊』のブルー侯爵。彼らがここ数十年で、ようやく反撃の狼煙を上げたんだー」

「……猫憑き? 海賊?」

「猫の方は嫉妬深いだけだから無視して大丈夫ー。ブルー侯爵もー、ちょっと奥さんが何人も行方不明になってる強面のオジサンだけどー、すごく強いから頼りになるよー」

(どっちも絶対に関わりたくない)


マエリスは顔を引きつらせる。

だが、理解はできた。詰んでいる世界。原因不明の災厄。その中で、父ミシェルや「海賊」といった、一癖も二癖もある傑物たちが、最後の足掻きを見せているのだ。


「そしてー、賢者になった君のお父様にも期待がかかってるわけ……分かるよねー?

 マエリスちゃん」


エレノアが顔を近づけてくる。黄金の瞳が、マエリスの網膜を焼き尽くすように輝く。


「君は、そんな『崖っぷちの時代』に生まれたんだよー」

「っ」


深い、深い、瞳。 そこには、人間ごときが触れてはいけない「深淵」が口を開けていた。


「……今日はここまでにしよっかー」

「え、まだ早いけど……」

「細かい数字はいいからー、まずはこの『世界の詰み具合』を肌で感じておいてねー。また明日ー」


そう言って、エレノアは手を振り、陽気な足取りで立ち去っていく。

一人残された部屋で。マエリスは、自分の指先が微かに震えていることに気づき──ギュッと拳を握りしめた。

お読みいただききありがとうございます。


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