リフィとエレノア
「君は本当に、面倒ごとに好かれているようだね……」
「どういう意味ですか、お父様」
ミシェルが頭を抱えながら告げた言葉に、マエリスは心外だと反論する。
しかしミシェルは無視して、応接セットのソファにふんぞり返る魔女へ向き直った。
「エレノア・フェリーク女史……まさかあなたほどの人が来るとは」
「ちょうど良かったんだよねー。マエリスちゃんに会ってみたかったしー」
「マエリスの教育係の公募はまだ出していないはずだが、どこからその話を聞いたのかな?」
「さあねー。風の噂ってやつー」
のらりくらりとかわすエレノア。ミシェルは深く溜息を吐き、値踏みするように彼女を睨んだ。
追い返せば、何をしでかすか分からない。ならば、目の届く範囲に置いて監視する方がマシか。
「では条件の確認だが、守秘義務は絶対。それとマエリスの実験の危機管理。そして越権行為の禁止だ。給金は弾むが、総額でも君には安いだろうね」
「いいよー。お金なんて価値ないもん、私たち」
『私たち』──その一言にマエリスは引っかかったが、この場で聞くことでもないので、疑問を喉の奥で飲み込む。
ミシェルもそこを突っ込む気はないようで、話が進んだ。
「そうか。君に否がないならこちらも問題はない」
「うんうん」
「では最後だが──なぜ君は、マエリスをずっと抱えているんだい?」
エレノアの膝の上。マエリスは抱きかかえられ、テディベアのように固定されていた。逃げようとしても、見えない力で抑え込まれているように動けない。
「なんかー、サイズ感が気に入った感じー。手とかひんやり柔らかで気持ちいいんだよねー」
「……あまり遊んでくれるな。教育係として採用する以上、振る舞いに責任を持ってもらう」
「はーい」
「では早速今日から頼むよ。くれぐれも──条件を守ってくれたまえ」
「いや助けてくださいよお父様」
マエリスのツッコミは空振りに終わった。
マエリスはそのままエレノアに抱えられ、連行された。視界の端には、いつにも増して能面じみたリフィが無言で追従してくる。背中に冷たい汗が流れた。
「へー、なんか普通の部屋だね」
「普通の部屋ですから」
自室に運び込まれたマエリスは、即座に返した。
「そうじゃなくてー。もっとこう、魔法的な防御とかあると思ってんだけどなー。よく無事だったね?」
「一度吹き飛びましたよ」
「あーやっぱそうだよねー」
納得するようにエレノアは頷く。
「それとさー、口調固くない?もっとラフな感じでいいよー」
「……分かった。じゃあ遠慮なく言うね。降ろして」
「えー、しょうがないなー」
エレノアは不承不承とマエリスを降ろす。
マエリスは床に着地するなり、乱れた服を直して睨みつける。
「それで、教育係って? ボク、お父様から何も聞かされてないんだけど」
「えっとねー、けっこー全般的な教育だったかなー」
顎に指を添えて、エレノアは思い出すようにぽつりぽつりと列挙していく。
「筆致でしょー、刺繍でしょー、楽器でしょー、それと作法と乗馬とー、あと基礎的な学問だったかなー。あ、社交ダンスを忘れてた」
「文芸も抜けていますよ」
「あーそうだった。リフィちゃんありがとー」
エレノアが指を折って数えるたびに、マエリスの顔から生気が失われていく。
「……え、八つも……?ボクの自由時間は……?」
「マエリスちゃんの頑張り次第じゃない?まー正直私は、マエリスちゃんが魔法の研究してるところを見たいからー、習い事と称して研究をさせてあげてもいいんだけど──」
「旦那様に報告しますよ」
「ぶーぶー、おーぼーだー!」
リフィの牽制にエレノアが口を尖らせる。しかしリフィは表情を一切崩さず、じっとエレノアを見ている。
流されているのを知ってか、エレノアは肩をすくめた。
「なーんて、まあ引き受けた仕事だしー、頑張ろっかなー……お、これなにー?」
「あ、ちょっと!」
エレノアの興味が、机の上の「書き損じの魔法陣」に向いた。 彼女が背を向け、羊皮紙を手に取ったその一瞬。
「マエリスお嬢様」
氷のような声が、マエリスの耳元を打った。
リフィだ。いつの間にか背後に忍び寄っていた。
「なに、リフィ?」
「差し出がましいことをお許しください。ですが二つだけ」
リフィの唇が動く。エレノアには聞こえない、ギリギリの音量で。
「まず──これからエレノアと共に過ごす時間が増えると思います。ある程度、彼女の能力を信用するのは構いません。ですが、エレノア・フェリークという女を味方だと思うことだけは、絶対にお止めください」
「え、う、うん」
リフィの瞳には、かつてないほどの警戒色が宿っていた。
「いきなり人の机を物色するような女を信頼できるわけ……」と思いながら、マエリスは頷く。
「それともう一つ。私から魔法を教わる条件を忘れていませんね?」
「え? 質問だけー、とか……リフィの正体を探らないでー、とか?」
「はい。私たちの正体について、詮索してはいけません──ゆめゆめ、お忘れなきよう」
私、たち。 リフィと、ルピと、ロルカ。あるいは──
「んー? リフィちゃん、何か言ったー?」
エレノアが羊皮紙を持ったまま振り返る。 その時にはもう、リフィは完璧な「使用人の顔」に戻っていた。
「いえ。お嬢様の身だしなみが乱れておりましたので」
「そー? ま、いっかー」
ヘラヘラと笑う魔女と、能面のメイド。二つの怪物の間に挟まれ、マエリスは身震いした。
何か得体のしれないものが、この部屋に満ち始めている。
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