ギャル襲来
その日の朝は早くから、マエリスはマノンとリフィを連れて玄関の外にいた。
曇天下で寝ぼけ眼を擦りながらもマエリスがここにいるのは、出立する二人を見送るためだった。
「おねえちゃ、おねむ?」
「そーだねー……ふわぁ……」
早朝でも元気なマノンが、マエリスを下から覗き込む。
その目は金の刺繍が施された黒い布で覆われているのだが、外の様子は問題なく見えているようだ。
「マノンお嬢様。マエリスお嬢様を温めて差し上げてはどうでしょうか?」
「じゃ、ぎゅー!」
「温い……心地いい……寝る……」
急激に増した瞼の重みに逆らわず、身を委ねようとするマエリスを、リフィが後ろから支える。
マノンがマエリスの体を揺さぶった。
「おねえちゃー! おきろー!」
「……マノンに命令口調を教えたのは誰? リフィ?」
「強いて言うなら、マエリスお嬢様では?」
「ボク、マノンの前でそんなこと……言ってたかもね」
無論マノンに対してではなく、周囲の、特に駄メイド二人に対して言っていたかもしれないとマエリスは思う。
「マノン。乱暴な言葉は使っちゃダメだよー」
「やー!」
「悪い口はこれかー?」
「きゃー!」
マエリスはマノンの頬を摘んで軽く伸ばし、マノンが笑顔ではしゃぐ。
リフィは壁となって、この尊い空気を吸っていた。
マエリスの目が覚めてきた頃に、待ち人の二人──ルピとロルカが屋敷から出てきた。
「おや、わざわざ寒空の下でお見送りとは、恐縮ですなぁ」
「というかぁ、お屋敷の中で待っていればよかったじゃないですかぁ」
ルピとロルカ──孫娘と祖母という関係だが、見た目の区別をつけることは難しい。
どちらも赤い獣耳に、シミ一つない磁器のような白い肌。
ロルカの「おばば言葉」と、ルピの「情けない表情」がなければ、双子と見間違えていただろう。
「温かいお屋敷内で待っていれば、マエリスお嬢様が寝てしまいますので」
「あぁ、それもそうですねぇ。マノン様もお外に出られるようになりましたしぃ」
「儂も含めて使用人一同はマエリス様に感謝しておりますよ。マノン様の苦しみが消え、笑顔が増えたのですから」
「い、いや、ボクは自分の実験をしただけだよ」
真正面からの感謝に、マエリスは顔を背ける。
それを駄メイド二人はニヤニヤと見つめて、マエリスを怒らせた。
「マノン様も。この冬をご一緒できず誠に残念ですが、元気に過ごされることを祈っておりますよ」
「おばばも、げんきしてね」
「ありがとうございます。それだけでこの老体も絶好調となりましょう」
マノンがロルカの手を握り、ロルカがしゃがんでマノンの頭を撫でる。
横で聞いていたマエリスは、「おばばって呼ぶんだ」と明後日な感想を抱いていた。
「それでは、名残惜しいですがこれで──」
時間も押しているのだろう。
ロルカがゆっくりと立ち上がり、マエリスたちに一礼して、屋敷に背を向けようとした、その時だ。
「あっれー、リフィちゃんじゃん、ぐうぜーん! ロルカちゃんもおひさー」
不意に、場違いな声が響いた。 屋敷から門へ続く石畳。 視界が開けているはずのその場所に、いつの間にか、その女性は立っていた。
音も、気配も、魔力の揺らぎさえもなく。 まるで最初からそこにいたかのように。
水色の長髪。健康的な小麦色の肌。 そして、魔女の代名詞である大きな三角帽子。
「なになにー? これから皆でお出かけ?」
「……あなたには関係ありませんよ、エレノア」
「どうしてここにいるのです? ここはマギカ辺境伯家の敷地ですが」
リフィとロルカの顔色が変わり、同時に身構える。
この女性は何者なのかと、マエリスは訝しむ。
マノンは状況が分かっていないようで、きょろきょろと辺りを見回しているため、マエリスはそっとマノンを抱き寄せた。
「関係ならあるよー。これからできるんだよ──『マギカ辺境伯家玄関アプローチ』」
「マエリスお嬢様!」
「え?」
女性が何かを呟いた。リフィが叫び、地面を蹴る。しかし、遅い。
既に女性は、マエリスの髪に触れていた。
「ふーん? へえー? 君がリフィちゃんのお気に入り?」
「あの……?」
マエリスの銀髪が、ふわりと持ち上げられる。背筋が凍った。殺される、と思った時には、女性は既に数歩下がっていた。
「どこで、誰に狼藉を働いているのか、自覚していますか?それと奪ったものを返してください」
「あははー、変わった髪色だからついー。もう返したよ」
マエリスの髪から手を離して、ヒラヒラと振る女性。そしてマエリスの正面に立ち、視線を合わせてくる。
「お名前は? マエリスちゃんって言うの?」
「えっと……」
マエリスはそっと周りの様子をうかがう。
リフィやロルカは警戒を解いていないが、表情が険しいだけで割り込んでくる様子はない。
ルピも表情が険しいが、単に不審者に対する警戒だろう。
マノンは少し不安そうにそわそわしている。
とりあえず、マエリスは努めて恐怖心を抑え、普通に応対することにした。
「はい、マエリス・マギカといいます。お姉さんは?」
「やだー、お姉さんだって! 聞いたリフィちゃん、ロルカちゃん?」
「マエリスお嬢様がお聞きになっているのですから、さっさと答えたらいかがです?」
「やだー、リフィちゃん強火じゃん。ウケるー」
ギャルか、とマエリスが内心でツッコミを入れていると、女性はマエリスの頬をつつきながら答えた。
「私はエレノア・フェリーク! リフィちゃんとロルカちゃんの古いお友達で、あなたの先生になる人だよー」
「「……はい?」」
マエリスとリフィの声が重なった。
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