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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第一章 Order:精細を描く腕

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前世のトラウマ

第一章開幕です。

両者の間には緊迫した空気が流れていた。

鋭い目付きで羊皮紙の中身を睨む男性と、その様子をじっと見守る幼女。


数分か、数十分か、あるいはほんの数十秒だけだったのかもしれない。

場面は、男性が机に羊皮紙の束を置いたことで動き出した。


「さて、結論から言おうか──」


男性が口を開く。幼女がゴクリと喉を鳴らす。


「──私はこれを、論文とは認めない」

「何でですか!? 今度は何が悪いって言うんですか!?」

「指摘するのも億劫なのだが……まあいいだろう」


地団駄を踏む幼女──マエリスに対して、男性──ミシェルは痛む頭を抱えて溜息を吐き、人差し指を立てた。


「まずは文字だ。君の文字は汚すぎて解読に時間がかかる。私は君にリフィにでも代筆を頼むようにと言ったと思うのだけどね」

「で、でも最初の論文は自分の力だけで作りたいじゃないですか! というか文字は読めればいいんですよ!」

「『他人も読める』という最低限の機能を確保してから言いたまえ」


続けてミシェルは二本目の指を立てる。


「次に文法だ。君はカッコつけたいのかな?」

「カッコつけって、そんな」

「大事なことが文の最後に書かれていることが多い。

なぜ簡単な文まで倒置的に書くんだい? まどろっこしい」


辛辣な指摘に、マエリスは膝をつく。しかし口撃は終わらない。


「文章全体の流れもめちゃくちゃだ。火属性の話をしていたかと思えば水属性の話に飛び、光属性の話になったと思えばまた火属性、からの雷属性だ。

途中で私も、今は何の属性の話をしているのか分からなくなったよ」

「それは、属性の話じゃなくて属性の要素の話で……」

「その『要素』という考え方が新しいのだから、それを説明しないでどうするというんだい?」


膝だけではなく肘もついて項垂れるマエリス。そんな娘の姿を見て、ミシェルは少しだけ褒める。


「ああ、もちろん確かに進歩はしている。あの要素だけ箇条書きにされたメモから始まり、暗号文かと疑うような一枚を経て、辛うじて文章だと分かるこの形にまでなったのだから、成長は感じるとも。

だが零点が二十点に伸びたところで、不合格は不合格だよ」

「…………」

「だというのにテーマは面白く、着眼点も斬新だ。これは魔法研究者への苦行として使えるぞ」

「つまり内容は合格ですか……?」

「中身が良くても、容れ物が論外だよ」


マエリスが見出した微かな希望を、ミシェルは一刀両断するように切り捨て、「書き直し」とだけ告げて、羊皮紙の束を返却した。


「そもそも君は『魔法総論』を読んだのだろう? あれを真似して書いてみたらどうだい?」

「もうやりましたよ。その結果があの暗号文です」

「君には私の本がああ見えていたと……?」


まるで宇宙を背負った猫のように、理解できない何かを目撃した顔でミシェルはマエリスを見る。

マエリスは憤慨した。


「次こそは完璧な論文を叩きつけてやりますよ!」

「是非ともそうしてくれ。これでは春に間に合わなくなる」


その言葉に、マエリスはキョトンとする。


「……春に何かありましたっけ?」

「君のデビュタントがあるだろう。年を越せば、君も数えで六歳となる」


当たり前のように言うが、マエリスには初耳だ。 デビュタントといえば、普通は十五歳前後の成人の儀式だ。六歳? 七五三の間違いじゃないのか?


「……お父様、いくらなんでも早すぎませんか? まだ乳歯も抜けてないんですけど」

「正式な社交界デビューではないよ。マギカ家の次期当主候補としての『お披露目』だ。他家の子息たちとの顔合わせも兼ねている」

「うわぁ……」


面倒くさい。顔にそう書いてある娘を見て、ミシェルは苦笑する。


「嫌なら断ってもいいが、その場合、私が帝都出張で不在の間は機密保全のため研究は止めてもらう。半年ほどお預けだが?」

「わ、わかりましたよ! 今すぐにでも書き直します!」


「失礼します!」とマエリスは脱兎のごとく部屋を出ていく。

その後ろ姿を見送り、ミシェルはふと、自分がこの奇妙な師弟関係を楽しんでいることに気づいた。




「ネチネチネチネチ……どうして査読をする人って、みんな箱の隅をつつくのが好きなの!? ああもう!」


自室に戻ったマエリスは、返却された羊皮紙の束をベッドに投げつけた。

前世の記憶が蘇る。教授の赤ペン。学会での容赦ないツッコミ。『エビデンスは?』『n数が足りないのでは?』。ああ、胃が痛い。


「今回もダメでしたか」

「そうなんだよ……ボクは分かりやすいと思うのに……」

「いえ、私には酔っ払いがその場の勢いで書いた殴り書きにしか見えません」

「リフィ!?」


裏切られた。 マエリスは涙目でリフィを見上げる。


「そもそも、テーマが詰め込みすぎなのです。光属性の習得、上位属性の再定義、さらに属性干渉による応用……一つの論文で歴史を三回くらい覆すつもりですか?」

「だ、だって全部繋がってるんだもん! 切り離せないよ!」

「いいえ、分けられます」


リフィは冷静に指を立てる。


「まず、『基本属性の要素分解』についての論文。

 次に、『光の波動性』についての論文。

 そして応用編として『属性合成』の論文。三部作にすべきです」

「さ、三部作……書く量が、三倍……」

「それと、波についての記述が曖昧すぎます。『光は波である』と断定していますが、その根拠が『なんとなくそんな気がする』では、学会で殺されますよ」


殺される。物理的にではなく、社会的に。

マエリスの脳裏に、マイクを持って立ち上がる「素人質問おじさん」の幻影が浮かぶ。


「ひぃ……やめて、その指摘はやめて……」

「マエリスお嬢様?」

「う、うん。説明できるよ。ちゃんとできる」


マエリスは震える声で、必死に思考を巡らせる。前世の物理知識を、どうやってこの世界の言葉にするか。


「い、いい? 音は空気が震えて伝わるよね? 高い音は震えが速くて、低い音は遅い」

「そうなのですね」

「うん? うん。光も同じで、ものすごく早く震えると『青』に見えて、ゆっくりだと『赤』に見える……つまり光属性の本質は、『火属性の要素(エネルギー)』を『水属性の要素()』として制御することなんだよ!」

「なるほど」


リフィは顎に手を当て、少し考え込む。


「理屈は通っていますね」

「でしょ!? だからこれを論文に──」

「ですが、それを証明する実験データが不足しています」

「うぐっ」

「震えの速さを変えたら色が変わる、という現象を再現できなければ、単なる妄想です」


正論の暴力。 マエリスは膝から崩れ落ちた。


「……よし、論文なんて知らない。リフィ、実験しよう! 今度は氷属性とかどうかな! 氷も『水』の分子振動を止めた状態だから、理論上は──」

「落ち着いてください。現実逃避で魔法史を塗り替えないでください」


リフィは呆れつつも、主人のために新しい羊皮紙を用意するのだった。

お読みいただききありがとうございます。


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