始まりのオーダーメイド
「おや、君か」
誕生日会が終わり、陽がもうすぐ沈むという頃、執務室の扉を開けてシャーロットが入ってきた。
「何か緊急の案件でもあったかな?」
「ないわよ。ただあなたの顔を見にきただけ」
「それはまた珍しい。夜まで待てば良かったじゃないか」
「今だからよ」
そう言うシャーロットの顔は、どこか寂しそうだ。その理由は言うまでもなく、ミシェルにも察しがつく。
「……子どもの成長って、こんなに早いものなのかしら」
「さてね。少なくとも私が四歳の頃は、本こそ読んでいたけれど、魔法の研究なんてしていなかったよ」
「私なんて、その頃はまだお父様とお母様にしょっちゅう叱られていたわ」
「言うことを聞かないのは君譲りか」
「魔法への執着はあなた譲りだと思いますけど」
「違いない」
ミシェルはペンを置き、どこか遠いところを見るような目をする。
「魔法は本当に奥が深い……正直、私は魔法に対しての偏見は少ないと自負していたのだが……歳か」
「あなたで歳なら、私もお婆さんの仲間入りですね。ロルカに老後の相談をしないと」
「なら私も隠居か。あの二人の将来を見守るのも、いいのかもしれないね──」
と、そこへ執務室の扉がノックされる。
「旦那様、リフィです。マエリスお嬢様をお連れしました」
「入りたまえ」
許可を得て、リフィが扉を開ける。一か月前とは違う。マエリスは誰の手も借りず、自分の足でしっかりと執務室へ入ってきた。
その瞳には、かつてのような反抗心ではなく、確固たる自信が宿っている。
「用は済んでいるから、私は席を外すわ」
「いえ、お母様。ちょうどいいので、そこに居てください」
「え?」
「家族全員に聞いてほしいんです」
その言葉に、シャーロットとミシェルは顔を見合わせる。そしてマエリスに向き直り、頷いた。
マエリスは二人の前に立つと、深く一礼する。
「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。今回は、お父様のお答えを聞きに来ました」
「答え?」
「魔法陣の価値を、マノンの誕生日に見せろと……賭けの結果を聞きに来ました」 「ああ、うん。忘れていないよ」
ミシェルは組んだ手の上に顎を乗せる。
「だが君も忘れていないかい? ここで私が不合格を出せば、君の研究室は閉鎖だ」
「もちろんです。なのでボクは、合格と言ってもらいに来ました」
「いいだろう。君の『答え』を聞かせてごらん」
マエリスは語り始めた。リフィの髪色の謎。魔法陣の構造的欠陥。父の本から得たヒント。そして金糸の特性。全てを論理的に、順序立てて説明する。
「──それで、あの目隠しは何だったんだい?」
「『三歳マノン専用・自動調光フィルター』です。余計な光をカットし、必要な情報だけを網膜──目の奥に届ける魔道具です」
「魔道具……魔力で動く道具か。光と言ったけれど、君は光属性に目覚めたのかい?」
「まさか。でも、光属性の魔力は使えるようになりましたよ。『魔法陣は、使えない属性でも使えるようにするのが特徴』ですから」
ミシェルの眉が動く。 それは魔法の常識を覆す発言だ。
「フィルターの仕組みは?」
「暗幕に魔法陣を刺繍してあります。機能は単純。『受けた光を、抵抗値で減衰させて裏側に通す』だけ。太い金糸を使って魔導効率を上げ、最後に『抵抗』を抜くことで光量を調整しました」
「……なるほど。あの時抜いていた糸は、魔法陣の過剰なパーツだったわけか」
「はい。最初は抵抗を最大にしておいて、現場で少しずつ抜いて調整する。これが一番安全で確実ですから」
「つまり、君のプレゼントはあの瞬間に完成したということか……少し時間をかけすぎじゃないかい?」
ミシェルの意地悪な問いに、マエリスは呆れたように、しかし誇らしげに言い放った。
「誕生日プレゼントですよ? 贈る相手に最大限合わせる『オーダーメイド』以外、あり得ませんよ」
その言葉に、今まで静かに話を聞いていたシャーロットが息を吞む。
ミシェルは数秒間沈黙し──ふっ、と小さく笑って結論を出す。
「……なるほど、よくわかったよ」
「それでお答えは?」
「うん。今回は、素直に負けを認めよう。合格さ」
「っ、ありがとうございます!」
マエリスの顔がぱっと輝く。
「約束通り、『賢者』の私にできる範囲で我儘を一つ聞こう。よく考えて──」
「それならもう考えてます」
考える時間など不要。 マエリスはこの一か月、ずっとこの願いを胸に秘めていたのだから。
「ミシェル・マギカ様。あなたに、ボクと魔法の共同研究をお願いしたいです」
その願いは、全くの予想外だったのだろう。 ミシェルは目を丸くし、やがて感心したように唸った。
「これでも『賢者』だ。共同研究の依頼は、皇宮魔導士から学会の重鎮まで、山のように来ていてね。彼らを差し置いて君を優先する理由が必要だ」
「だからそれを──」
「論文を一つ、書いてみたまえ」
ミシェルは指を立てた。
「私は、論文すら書いたことのない輩と研究するつもりはない……君の理論を、私が監修して学会に叩きつけてやろう。それぐらいの覚悟はあるかい?」
「……!」
それは実質、最高の「共同研究」の申し出だ。マエリスは震える声で答えた。
「ありがとうございます……!」
「礼にはまだ早い。要件は以上かな?」
「いえ、もう一つ──お母様」
マエリスは、今度はシャーロットへと向き直る。
「ルピから聞きました。『福引で当たった』と……ですが、あんな最高級の金糸が平民の福引に出るわけがありません」
「……」
「消去法で考えれば、出所はお母様しかいません……あの援助がなければ、フィルターの完成は間に合いませんでした」
マエリスは、ミシェルにしたよりも深く、長く頭を下げた。
「お母様のこと、今まで誤解していました……ごめんなさい。そして、本当にありがとうございます」
シャーロットは頬を染め、そっぽを向いた。
「……いいのよ。くれぐれも、あんな事故は二度と起こさないように」
「はい。約束します──ではこれで、失礼します」
そうして再度一礼し、マエリスはリフィを連れて執務室を去った。
「……『賢者』に認められるより、実験の成功か」
残されたミシェルが、面白そうに呟く。娘の関心は、権威や名声にはない。純粋な「知の探求」にあるのだと。
「興味の有無が分かりやすいね。言葉は取り繕っているけれど、表情に出すぎだ」 「そこはまだ、子どもですね」
「それに、ああも自分の手の内を簡単に他人に晒すのは頂けない。それでは貴族社会でも、研究者の世界でも食い物にされる」
ミシェルは窓の外、夕焼けに染まる庭を見下ろした。そこには、小さな英雄が胸を張って歩いている。
「私も君も、隠居するのはまだ先になりそうだ」
「そうですね。……ふふ」
「なんだい?」
「いえ。あの子の『オーダーメイド』という言葉……誰かさんの口癖にそっくりだと思いまして」
「なるほど、これが忘れていた若さ、か」
ペーラ・ウルト大陸北部に位置するマギカ辺境伯領にはとある噂が流れている。
曰く、「当主の娘は魔法の天才であり、言葉を話せるようになる前から魔法が使えた」と。
曰く、「当主の娘はそれはそれは美しい姫であり、帝都の皇子に求婚された」と。
曰く、「当主の娘は夜な夜な屋敷を徘徊し、奇声を上げながら怪しげな研究をしている」と。
一人の少女を巡る噂話が、こうしていくつも領内に蔓延しているのだが、最近ではそこに新たなものが加わった。
曰く、「当主の娘は次代の賢者として認められ、妹のためなら賢者をも恐喝する」と。
「……人聞きが悪いなあ」
噂の主、マエリス・マギカは肩をすくめた。 彼女の視線の先では、黒い目隠しをつけた妹のマノンが、元気に庭を走り回っている。
「まあいいや。次は洗濯機かな、それとも冷蔵庫かな」
「お嬢様、予算の申請書はご自身で書いてくださいね」
「えー、リフィ書いてよー」
新たな研究の日々が始まる。マエリスの前世知識と、この世界の魔法が融合するとき、歴史は大きく動き出す──かもしれない。
お読みいただききありがとうございます。
これにて序章は終わりです。
次回は新章。書きあがってから投稿します。
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