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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
序章 Order:紅に射す光

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いないいないばあ

ペーラ・ウルト大陸の冬はそこまで厳しくはない。偶に雪が降ることはあるが積もることはなく、すぐに溶けてしまう。

温度計という道具はこの世界にはないため正確な気温は分からないが、マエリスの感覚的には前世日本の東京の冬に近い。


そんな冬の始まりに、マノン・マギカの誕生日がある。


社交界デビューをしていないマノンの誕生日は、家族と使用人にのみ祝われる。


「「「お誕生日、おめでとうございます!」」」

「ありがと!」


この日の社交ホールは、使用人たちの熱気で真夏のように熱かった。

マギカ辺境伯家のアイドルの誕生日である。その熱量は凄まじく、拍手だけでも落雷のようでマエリスはそっと耳を塞いだ。


その祝福を一身に受けるマノンはニコニコ笑顔で腕を振り喜んでいる。将来は大物になりそうだ、とマエリスは思った。


前世のように蝋燭の火を吹き消す文化は今世にはないが、誕生日のお祝いはケーキが出される。その大きさはマエリスの身体よりも大きく、それをリフィが手早く切って参加者に分配していた。


もちろん食べ物はそれだけではなく、スープや肉料理、魚料理がいくつも用意されている。その豪勢さはマエリスの誕生日に出されたものよりも上であり、マエリスは笑ってしまう。


別にマエリスが冷遇されているのではない。マノンが愛されているだけだ。まあ妙に大人びて魔法陣という骨董品の研究をしているマエリスよりも、単純に可愛いマノンが可愛がられるのは当然なのだが。

……あ、ルピが盛大に飲み物をひっくり返した。


宴は進み、いよいよプレゼント発表の時間となる。


使用人の一人一人から、ぬいぐるみや洋服を贈られ、その度に喜んでお礼を告げるマノンはファンサも完璧だった。


マエリスは使用人一同より、という形で一つのプレゼントを貰うだけだったのだが。何度も言うが、マエリスは別に冷遇されていない。マノンが愛されているだけだ。


ちなみにリフィからはもこもこのマフラーが、ルピからは赤いニット帽が、ロルカというメイド長からは手袋が贈られた。


そして、家族の番となる。


「お誕生日おめでとう、マノン」

「ママ!ありがと!」


母、シャーロットからは見るからに厚手なコートが贈られた。恐らくリフィとルピとロルカは、裏でシャーロットとプレゼントの相談をしていたのだろう。贈られたそれらは調和が取られており、身に着けたマノンの可愛らしさを引き上げていた。


次に父、ミシェルの番となる。


「誕生日おめでとうマノン」

「パパ!ありがと!きれい!これなに?」


それは淡い黄色の液体が入った小瓶だった。よく見れば液体の中には、キラキラと光を反射する粒子がいくつも浮遊している。


「それは特殊なお薬でね、マノンが外に出られるようにしてくれるんだ。キラキラしてるのは光の魔石の粉だよ。今はまだ必要ないけれど、夏になったら使うといい。日差しからマノンを守ってくれる」

「上位属性の魔石が使われたポーションとは、奮発されましたな」

「当然さ、大事な娘のためなのだから。ああもちろん、私のポケットマネーから出しているよ」


老執事の言葉に、ミシェルは大仰に肩をすくめ、チラリとマエリスを見た。『公費の横領未遂』を知っているぞ、という無言の圧力だ。


(……嫌味な野郎め)


マエリスは内心で悪態をつくが、ポーションの分析に思考を割く余裕はない。


「さて、最後は君の番だよ、マエリス」


ミシェルの声に、ホール中の視線が集まる。マエリスが父に喧嘩を売り、この一か月間部屋に引きこもっていたことは公然の秘密だ。

四歳児が賢者に挑む。無謀な挑戦の結果を見届けてやろうという、好奇の視線。


マエリスは静かに進み出た。手には、細長い黒い布。表面には金色の糸で、びっしりと幾何学模様の刺繍が施されている。


「ハンカチか?」

「いや、バランスがおかしいぞ。リボンか?」

「見て、糸がほつれてるわ」


嘲笑交じりの囁きが漏れる。布の端からは、何本もの金糸が飛び出ていた。仕上げの甘い失敗作に見えたのだろう。

だが、マエリスは意に介さない。


「マノン」

「おねえちゃ!」

「ちょっと、遊ぼうか」

「いいの!?」


そのため、マエリスの突然の提案に皆は訝しげな視線を向ける。何かが起こるのか、不思議な予感を皆が感じていた。


マエリスはマノンの前にしゃがみ込む。


「前もやったでしょ?いないいないばあ。覚えてる?」

「おぼえてる!」

「じゃあいくよ?いないいない──」

「ばあ!」

「いないいない──」

「ばあ!」


期待に反して、始まったのは稚拙なお遊戯だ。それはそれで、見ていてほっこりする光景なのだが、この場の趣旨とは異なる。悪足掻きか、ミシェルが声を挟もうとする。


「君──」

「じゃあ次はこれね」

「あい!」


黙って見ていろ、と言わんばかりにマエリスはミシェルを一瞥し、今度は手に持っていた黒布を広げ、妹の目元に巻いた。完全に視界を塞ぐ、アイマスクのように。


「目隠しか?」

「つまりマエリス様は玩具をプレゼントしたってことか?」

「あの刺繍は箔付けってことか?」


マエリスは周囲の憶測に囚われず、遊びを続けた。


「じゃあいくよ。いないいない──いないいない──」


マエリスはそう言いながら、布の端から飛び出ているほつれ糸の一本を指で摘んだ。


「おい、引っ張っているぞ」

「糸が抜けていく……やはり失敗作だったのか?」


周囲がざわつく。せっかくの刺繍が台無しになっていくように見える。だがマエリスは構わず、静かに、しかし力強く糸を引き抜いた。プチッ、と微かな音が鳴る。


「いないいない──いないいない──」

「ばあ!」


その声に、皆は耳を疑った。目隠しをしているのに、マノンが声を上げた。

声に反応しただけか? 偶然だろう──周囲の予想を打ち砕くように、マエリスは己の顔を両手で隠す。


「いないいない────」

「ばあ!」


少しフェイントが混ぜられたタイミング。しかしマノンは見事に言い当てた。

まさか、と周囲がざわつきだす。周囲の嘲笑が、困惑へと変わる中、マエリスはリフィを手招きした。


「リフィもやって。後ろ向きでね」

「ですがマエリスお嬢様、私は今リボンを──」

「いいから。これが最後の実験だよ」

「っ──承知しました」


マエリスと代わって、リフィが前に出る。しゃがんで高さを合わせ、マエリスのやっていたように振る舞う。


「いないいない──」

「ばあ!」


同じように、顔が見えた時に声を出すマノン。


「いないいない──」


再びリフィが手で顔を隠した際に、頭の向きを変える。髪で顔が隠れるように。

リフィの髪は、綺麗な銀色だ。光を反射しやすく、マノンにとって最も眩しい色の一つ。

そこに影が入り、わずかに黒みを帯び──


「おねえちゃ!」


その声の意味を、真に理解していたのは、この場でたった一人だけ。

その一人はそれを聞いた瞬間、震える拳を握りしめ、思い切り振り下ろして、快哉を叫んだ。


「──っしゃアッ!!!」


実験成功。

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