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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
序章 Order:紅に射す光

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『魔法総論』

「……『つまり詠唱には基本構文が存在し、同様の内容でも語順を変えるだけで魔法精度に有意な差が生じる』……『属性ごとに多用される特定の発音が存在する。例えば火属性ならば「f音」、水属性なら「m音」や「r音」だ。それらの音が多くなると魔法は暴走しやすくなる傾向がある』……なるほど……」

「マエリスお嬢様」


頭上からリフィの声が降ってくる。 マエリスは本から顔を上げず、生返事をした。


「あとちょっと。ここだけ読ませて」

「もうお昼ですよ。成長期に食事を抜くと、マノンお嬢様に背を抜かれますよ?」 「ぐっ……それは困る」


食事をおざなりにしようとしていたマエリスだが、リフィからの凍えるような視線を受けて主張を撤回する。


「そんなに気に入ったのですか?」

「悔しいけどね……もっと早く読んでおけばよかった」


いや、とマエリスは首を振る。早く読んでいても、魔法陣の知識がない状態では理解できなかっただろう。


この本には、魔法の「ソースコード」が書かれているわけではない。書かれているのは「コーディング規約」だ。

『なぜそのルーンをそこに置いてはいけないのか』。その答えが、詠唱の理論を通じて間接的に説明されている。


「──それに、素直には受け取らなかったかもなぁ」

「そうかもしれませんね。マギカ家には頑固な方が多いですから」

「頑固……まあ、そうかもだけど」


リフィの言葉に、マエリスは渋い顔をする。


前世の専門書のように、統計的なエビデンスに基づいて客観的に記されているわけではなく、あくまで著者の主観で綴られているため、情報の精度は高くないのかもしれない。実際、ところどころにマエリスが首を傾げるような部分がある。

しかし一部の記述は魔法陣の研究にも通じるところがあり、マエリスは感心せざるを得なかった。


「詠唱の順番は、外から内に行く魔法陣の魔力の流れに通じてると思う。属性ごとに多用される音はルーン文字とも重なるし。暴走ってまさにあれだし。それに……」


マエリスは苦笑する。父は偉大だ。伊達に賢者と呼ばれていない。だが、一つだけ文句がある。


「タイトルが『魔法総論』なのが気に食わない。これじゃただの『詠唱総論』だよ。魔法陣への言及がゼロだもん」

「タイトル詐欺、というやつですね」

「まさにそれ」


頬を膨らませるマエリスに、リフィは口元を緩めた。




「──やっぱり、他人の書いた仕様書を読むのは大事だね」


昼食後。買い物に出かけたリフィを待ちながら、マエリスは再び本を開いていた。

読めば読むほど、魔法陣の改善案が湧いてくる。

既存の魔法陣が無駄に複雑だったのは、この「音の干渉」を防ぐための緩衝材としての図形を詰め込んでいたからなのかもしれない。

なら、配置さえ工夫すればもっと圧縮できる──。


同時に今まで気づかなかった疑問が湧いてくる。

魔法陣に上下はあるのか、左右はあるのか、表裏を逆にしても同じように発動するのか──


「おねえちゃ!」

「うおっ!?」


思考の海に沈んでいたマエリスに、小さな砲弾が直撃した。

マノンだ。扉が開いたと認識するよりも早く、妹のタックルを食らって椅子ごと転倒する。


「いててて……低い丸テーブルでも用意してもらおうかな……」

「おねえちゃ!おねえちゃ!」

「そんなに呼ばなくても──ああ、ボクが起きてからは初めて会うんだっけ」


馬乗りになった妹を退かそうとするマエリスだが、マノンの目元に溜まった雫を見て動きを止める。

しかし健やかに成長した証が腹部を圧迫して苦しくなってきたため、試みを再開した。


「よしよーし、お姉ちゃんは元気ですよー、だから離れてくれ……」

「やー!」

「嫌かー」


ふんすふんすと鼻を鳴らす妹に敗北する。

四歳児ってこんなに非力なのだろうか、と、マノンを持ち上げられない自分の腕力にマエリスは疑問を抱いていると、開けっぱなしにされていた扉からリフィが顔を見せた。


「……リフィ、助けて」


マエリスは救難信号を発した。しかしリフィは、わざとらしく困った顔で立ち尽くしている。


「おや、姉妹愛の確認中ですか。お邪魔しては悪いですね」

「いいから剥がして! 呼吸が!」

「では、『マノン様万歳』と十回叫んでいただければ──」

「足元を見るな! うぐっ、みぞおちに入ってる……!」

「声が小さいですね、聞こえません。マエリスお嬢様の愛はその程度なのですか?」「この……鬼メイドああああマノン首を締めないでええええ!」


目の前にいるのにリフィと話す姉に嫉妬してか、マノンはマエリスの首にしがみつき、マエリスは悲鳴を上げる。

ギブ、ギブと背中を叩くが、離してもらえる気配はない。


「羨ましいので二十回に増やします」

「ちょ、あの、本当に──」

「今なら三回褒めるだけでいいですよ」

「マノン可愛い! マノン健康! マノン力強い!」

「私を、三回褒めればいいという意味です」

「そろそろ本気で怒るよ!?」


マエリスが白目を剥きかけたところで、ようやくリフィがマノンを回収した。 マノンは遊び疲れたのか、すぐにリフィの腕の中で夢の世界へ旅立った。


「はぁ、はぁ……。にしても、帰ってくるの早かったね?」


乱れた服を直しつつマエリスが尋ねると、リフィは珍しく困惑した顔で、手提げ袋を机に置いた。


「それが、門の前でルピに押し付けられたのです」

「え? ルピに?」

「また『街の人たちから貰った』とのことでしたが……中身が、これです」


リフィが袋の中身を取り出す。注文通りの、透過度の違う黒布のサンプル。そして──束ねられた、黄金色の糸。


それはマエリスが案を出して、予算的に泣く泣く諦めた糸だ。

銀よりも魔力伝導率が高く、抵抗が少ない。 抵抗が少ないということは、魔力を流しても熱を持ちにくいということ。「目元」というデリケートな場所に使う魔道具において、非常に優れた素材だ。


「明らかに挙動不審でした。『福引で当たりましたぁ』と言っていましたが、この量の金糸が出る福引など、帝都にもありません」

「だよね……」


送り主は誰か。あの堅物な父親が、結果も出していない娘に最高級品を与えるとは思えない。

となると、考えられるのは一人しかいない。マエリスは、普段は厳しい母親の顔を思い浮かべた。


「……ふふ。期待されてるなぁ、ボク」


マエリスは金糸を手に取り、ニヤリと笑う。


「物資は最強。理論も補強した。あとは開発者が頑張るだけだ」

「もうあのような爆発は勘弁してくださいね」

「大丈夫。今度は『設計図』があるからね」


マエリスは父の本をポンと叩いた。

気合い十分な主人と、不安げなメイド。いよいよ、本格的な魔道具制作が始まる。

お読みいただききありがとうございます。


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