猛撃と重撃
ガギン!
マエリスの目の前で、槍の先が横から伸びた拳に弾かれる。その事実に気づいて、マエリスはホバーを急停止させる。
「嬢ちゃん! お前にはアンドレスの相手は無理だ! 下がれ!」
「ブレイク、加勢しよう。彼を自由にするわけにはいかない」
「熱烈な歓迎に痛み入りますが、些か過剰ではございませんか?」
「そこは素直に受け取りやがれ!」
ブレイクが腕を振るい、大量の氷柱が地面や樹々からアンドレス目掛けて殺到する。
それをアンドレスは卒なく砕き、逆に足場として利用しようとするが、そこへミシェルの光線が空を貫き牽制する。
徐々に、アンドレスはマエリス達から引き剥がされていく。
(……とても、入っていけないね)
目に止まらないアンドレスの槍、予測不能なブレイクの氷、針の穴を通すようなミシェルの光。
どれも、現時点のマエリスには太刀打ちできない領域だ。
ならば、とマエリスは他の『応需の商隊』のメンバーを見やる。
四人の男性。いずれもホストのようなイケメン達だ。得物は弓と杖、それに大盾と鞭か。
人数は四対四だが、マエリスとリフィはルピとロルカを守らなければならないため、純粋に互角とは言い難い。
「それでも、やらないわけにはいかないんだけどね──リフィは弓と杖の二人をお願い」
「畏まりました」
「ルピとロルカは周囲の警戒。伏兵がいないとも限らないからね」
「わ、わかりましたぁ」
「ご武運を──ルピ、後ろから来るぞい」
ロルカの宣言の直後、音を裂いて投擲された槍がルピへ急接近するのを、ルピは後回し蹴りで弾き飛ばした。
鈍い音と共に弾かれた槍はアンドレスの元へと戻っていく。
「油断も隙もないのぅ。これだからSランクに準ずる者は。儂らもサボってはおれんよ」
「ですねぇ」
祖母と孫娘はローブを脱ぎ捨て、背中合わせで周囲を警戒し始めた。
冷やっとした場面はあったものの、一旦は二人の自衛を信じて、マエリスは目の前の二人に集中する。
「君たちは、アンドレスみたいにお喋りじゃないんだね」
ゆっくりと距離を詰めるマエリスに、無表情で相対する二人。
ならばと鏡写しのようにマエリスは一切の感情を交えず、手始めに、『銀の自動兵』を三体生成し突撃させる。
蒼炎から産み落とされた、顔の無い銀色の少女たち。それが無言で、波状に押し寄せてくる。
唐突に現れたそれを警戒して二人は距離を取りつつ、鞭の男が得物を打ちすえた。
バキッ、と命中した箇所はヒビが入り装甲が欠けるものの、動きを止めるには至らない。
盾の男が顔を引き攣らせた。ヒビが入っても止まらない異形の波に、二人のプロの意識が、ほんの一瞬だけ「恐怖」へと引っ張られる。
その隙を、マエリスは見逃さない。近くの樹を一本折ると、二人のやや後ろを狙って投げる。
二人の視線が飛来する丸太に向き、目を見開き、対応を考える。
その瞬間だけは、彼らはそれ以外の行動ができない。
(はい、包囲完了)
瞬間、彼らとマエリスを包囲する無数の人形が炎から湧き上がる。
行動させるなら三体が限界でも、ただ壁にするだけなら魔力の限りに生み出せる。そして今は、動かないだけで十分だ。
人間は無意識に変化に対応しようとする。故に変化を畳み掛ければ混乱して行動が止まる。ただの石壁ではなく人形で囲んだことに、意味を見出そうとする。
(今なら──)
キィィィンッ! と、甲高いホバーの駆動音が森の静寂を切り裂く。
全速力で肉薄したマエリスは、鞭の男へ『炎銀の傀儡塊』の巨大な拳を振り上げた。圧縮された風魔力が弾け、シリンダーの圧が爆発的に上昇。数十キロの重量を誇る鋼鉄の拳が、轟音と共に撃ち出される。
「っ!?」
「チィッ!」
しかし、そこはさすがにトップランク。咄嗟に盾の男がカバーに入り、パイルバンカーの直撃を大盾で受け止めた。
激しい火花と白煙が散り、耳を劈く破砕音が響く。男の盾はひしゃげ、腕の骨が軋む嫌な音がしたが──致命傷には至らない。防がれた。
さらに、マエリスの足元の死角から伸びた鞭が、鳥籠の操縦席ごと彼女の身体を絡め取る。
重い鉄の檻が横転し、マエリスの華奢な体が乱暴に地面へと引き摺り下ろされた。肺から空気が漏れ、土の味を噛み締める間もなく視界が反転し、首筋に冷たいナイフが押し当てられる。
流れるような連携だった。鞭の男が、マエリスを捕らえたと大声で告げようと息を大きく吸い込む。
(残念──動きを止めたね?)
しかしマエリスのガラスのような瞳には、焦りも、恐怖もない。
あるのは、ただ冷徹な物理演算だけだった。
グシャリ。
男の口から発せられたのは、声ではなく、自身の肉と骨がミンチにされる水音だった。
ナイフを突きつけていた男の頭上に、マエリスが密かに生成した『炎銀の傀儡塊』が、数百キロの質量をもって自由落下したのだ。
血飛沫を浴びた盾の男が、ついにパニックを起こして後ずさる。
しかし、彼の背後にはすでに、顔のない銀色の少女たちが無数に群がっていた。
「ひっ──」
「包囲、捕縛。逃さないでね」
続いて『銀の自動兵』達がゆっくりと、一歩ずつ、まるで波打つように包囲網を縮めていく。人形たちが男の手足に組み付き、動きを封じていく。
残された盾の男がパニックになっている間に、マエリスは地面を這いずってナイフを拾い、手首の拘束を切る。
そして新たに『炎銀の傀儡塊』を生成し、盾の男を見下ろす。
一発。二発。三発。
何度も何度も打ち出される重金属のシリンダーが、大盾ごと男の骨格を容赦なく粉砕していく。
森に響くのは、断末魔と、ただ冷たい鉄の軋む音だけだった。
(やっぱり、アンドレスが主体の、ワンオペパーティだったね)
マエリスには生け捕りにするほどの力はない。故に初めて、意識的に人を殺したというのに、マエリスの心は凪いでいた。
己の死の感覚を知っていて、自殺未遂も起こしたそのメンタルに、大義名分が組み合わさった結果だ。
(でも、結構魔力を使っちゃったなぁ)
決して雑魚ではなかったし、連携も素晴らしかったが、アンドレスと比べると余りにも弱い。
なのに……、と血の海の中で、マエリスは自分の体調だけを気にして小さく息を吐いて反省していた、その時だった。
『コオォロオォシイィテエェ──ヤルウゥゥゥゥゥッ!!!』
そんな咆哮が、森に響き渡った。
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