闇堕ちを新生と呼ぶのなら
ミシェルがマエリスから準備完了の連絡を受けたのは、ミシェルが屋敷に帰ってから一週間後の夜だった。
「リフィ、君は完成形を見たのかな?」
実物を見たいと、ミシェルは研究室へと向かう途中、彼を呼びに来たリフィにそう尋ねる。
「マノンお嬢様似の人形しか知りませんね。『銀の自動兵』、でしたでしょうか、それさえも実態はよく分かっていません」
「年相応の人形遊び、ならまだ安心できるのだけどね」
やがて研究室の前へ辿り着いた二人は、扉に手をかける。
マエリスの非力な腕力でも開けられるように改造された扉はスムーズに、あるいは急かすように、真っ暗闇への口を開く。
──開いた途端、むせ返るような金属の焦げた匂いと、濃密な魔力の残滓が鼻を突いた。
床には無数の羊皮紙が雪のように散乱し、空になったインク瓶が転がっている。入り口が開いたことで差し込んだ月光が、その惨状と、部屋の中央で車椅子に座る一人の少女を照らし出した。
「……目を悪くするよ、マエリス」
「その時は眼鏡を作りますよ、お父様」
ミシェルの注意をあっさりと流すマエリス。ガラスのような瞳はついに光を映さず、ただ茫洋と外を眺めている。
「一先ず、森に突入できそうなくらいの準備はできたと判断しますが、お父様の目でも通用するかを確認お願いします」
そう言って、マエリスは膝の上に置かれていた巻物に手を添える。
マエリスの腕程の大きさがあるそれに魔力が込められた途端、彼女の周囲を爆発的な蒼炎が包み込んだ。
体を内側から揺らす重低音と共に、炎の中から重厚な銀の装甲が組み上がっていく。
スカート状の土台の上には、マエリスを閉じ込めるように無骨な鉄の格子が伸びる。そして何より異様なのは、その両脇に中空に浮遊したまま追従する、白銀の骨のような二本の巨大な腕だった。
ミシェルはそれを見て、直感的に『天井の開いた鳥籠』だと思った。あるいは、自らを贄とする拷問器具か。
「それが、新しい『炎銀の傀儡塊』かい?」
「はい。そして──」
マエリスが格子に手をかざすと、数本の棒が光り輝き、直後蒼炎の塊が三つ生じる。そして中から小さな人形が産み落とされた。
球体の頭、六角柱の胴に半球状のスカート、三角錐の腕。細部は全く無機質でも、その白さは確かに、遠目から見ればマノンと見紛う背格好だった。
「これが『銀の自動兵』のプロトタイプです」
その異様な光景に、ミシェルとリフィは唖然として言葉を失った。顔のない妹の形をした人形たちが、虚ろな目をした姉の周囲を取り囲んでいる。
数瞬後、何とか正気を取り戻したミシェルは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……随分と、不気味な方向へ進化したね。一つずつ説明をもらえるかな?」
「では『炎銀の傀儡塊』の変更点から」
マエリスは淡々とプレゼンを始める。
「一つは、操縦席の安全性を高めました。以前は軽量化のためにオープンでしたからね。ご覧の通りに格子を設けています」
「それだけではないように見えたが」
「それは後で説明します──もう一つは腕ですね。従来のピストンシリンダー制御の関節から、増幅・調律属性による擬似的な腕としての制御になりました。見ての通り、ボクの腕の動きに合わせて動くのはもちろん、魔力での操作も可能です」
意外と素早い動きでシャドーボクシングをする数百キロの機体に、ミシェルは苦笑する。
「また、腕で防御することが少なかったことから、思い切って太さを半分にして軽量化。橈骨と尺骨まで再現するつもりはなかったんですけど……実際の骨格に似せた方が増幅属性の効きが良かったため、このような形となっています。手根骨は……さすがにサボりました」
「効きが悪いと、どうなるんだい?」
「攻撃を受けると、腕が吹き飛びます。浮いてるので」
「なるほど」
意外と融通が効かないものだ、とミシェルは思う。
「そして最後に『銀の自動兵』ですが、僕の命令で簡単な動作なら自動で行うユニットです。今は三体まで同時に扱えます」
「簡単な動作というと?」
「走るのと、腕を上下するのくらいですね。なので今は体当たりくらいしかできません」
「同時に扱わないのなら、何体まで出せるんだい?」
「魔力があるなら、いくらでも。この格子が『銀の自動兵』生成の魔法陣を刻んでるので、破壊されてもすぐに補充できます」
「凄まじいね……」
ミシェルは素直に賞賛する。同時に攻略法を脳内でイメージするが、中々に骨が折れそうだと判断した。
「機動力は落ちていないのかな?」
「はい。防御面も、壁を薄くしたわけではないので、変わりありません」
「なら、旧領に行っても問題はなさそうだね」
ミシェルは頷き、そうお墨付きを与える。
「出発の日程はまた後日決めるとしようか。それまでは休むように」
「はい」
そう言って、マエリスは元の車椅子に戻ったが、そのまま机の上の羊皮紙へと手を伸ばした。血走った目で、一心不乱に石ころペンを握る。
「……休むように言ったが?」
「改善点はまだ残ってます。燃費効率、設計の無駄、機能改善……出発までに一つでも──」
音もなく。
マエリスの後ろにいつの間にか立っていたリフィが、マエリスの意識を刈り取った。
「リフィ、出発までマエリスは研究を禁止とする。正常な判断ができるまでしっかり休ませてくれ」
「承知しました」
泥のように眠る主人を抱き、リフィは一礼した。
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