操り人形
「ガワは、まあこんなものでいいかな」
眠れず、脳内シミュレートを繰り返している内に明けてしまった夜。
目に濃い隈を作り、幽鬼のような面持ちで研究室へ向かったマエリス。
何か、リフィが言っていた気がするが、内容は覚えていない。生返事で返してしまった気がするが、それを気にする余裕はマエリスにはなかった。
「えっと、これで心臓と肉体と神経細胞が揃った状態だから……脳と神経線維を作らないといけないってことだよね」
自律思考するAIを作るのに、必要なパーツはあと三つ。
マエリスは虚空を見つめながら、羊皮紙に思考をメモしていく。
「一つ目は、メモリ……確かこれはNAND回路をループさせて『フリップフロップ回路』を組めば、疑似的に作れた、はず」
メモリ、記憶領域──それは『今の自分の状態』や『さっきの計算結果』など、短期記憶を保持する脳の海馬だ。
これはハードウェアの延長だからすぐに出来ると、マエリスは次に進む。
「二つ目は、入出力バインディング……まあこれも素材を調整すればいけるでしょ」
入出力バインディング、あるいはインターフェース──感覚神経や運動神経に該当するそれらは、外からの刺激を0と1のデジタル信号に変換して、結果を物理的な運動として出力する。
これも目算は立ってると、マエリスは最後の難題を想う。
「そして最後に、命令セット。ハードを工夫して、ルーン文字と魔法陣を流用すればいけるかな……? それとも核を解析すればワンチャン……?」
命令セット、CPUアーキテクチャ──それはコンピューターの認識に等しく、電気信号を動作に翻訳するためのルールブックだ。
「……いや、無理でしょ」
ルールとは、網羅されていなければならない。
網羅するということは、場合分けによりその分量は膨大なものとなる。
加えて、動作となるとさらに内容は膨れ上がる。
例えば『歩く』という動作も、『右足を前に出して、右足を固定して、左足を前に出して、固定する。以下、目的地に到着するまで動作を続ける』と分解される。
それを、0と1のデジタル信号のみで表現すると。
「先に寿命が尽きる」
ガクッと、マエリスは机に突っ伏した。
狂気的な熱に浮かされていた思考が、エンジニアとしての冷静な計算によって強制終了させられる。
(なんか、前にもこんなことがあったね)
アボガドロ数と、今回の記述。どちらが難題か比べようもないが、少なくとも人間が一人でできる分量ではない。
完全な自律AIを創り出すのは、現時点では不可能。
ならば、今出来る妥協点はどこか。
「……『器』だけ作ろう」
マエリスは顔を上げ、血走った目で暗闇に立つ銀色の人形を見上げた。
「高度な思考回路は諦める。今回は、ボクの命令で直接動く『ラジコン』の機能と、姿勢制御や簡単な反射行動だけを行う『基礎OS』だけをNAND回路に焼き付ける」
基礎OSは、ゴーレムの核にあるものを流用すればいい。どの箇所が該当するかは、今から抽出して実験すればわかる。
「ラジコン……電波は調律属性を使えば行けるかな。遠隔操作は、社交ダンスで実験済みだし」
世界は縮まり、視界は色褪せる。それに反比例してマエリスの瞳は爛々と輝いていくのだった。
その晩、ミシェルが帰ってきた。
リフィに背を叩かれてそのことを知ったマエリスは、報告のために一度研究を中断し、父のいる執務室へと向かった。
ノックをし、入室する。
「失礼します。お父様が不在の間の報告に参りました」
「ああマエリス。君から来てくれるとは──」
帰ったばかりで上着を脱いでいたミシェルは振り返り、そして言葉を失う。
どす黒い隈を作り、生気のないガラス玉のような瞳。力なく座面と足の隙間に垂れる腕、血の滲んだ指先。
そんな娘の姿に咄嗟に動揺を隠せたのは、貴族の当主としての力だった。
「……何か緊急の案件かな?」
「そこまで喫緊の事態というわけではないですが──」
マエリスはブレイクにしたような説明とをそのままと、『魔王の影』の予想についてミシェルに行う。
「──なので、ルピとロルカにも同行してもらいたく思います」
「なるほど……そうか、なるほど……」
報告を受けたミシェルは、しばらく黙り込む。指で机を叩くリズムだけが続いていく。
「……その件については、シャーロットとも相談して決めさせてもらう。今返答はできない」
「分かりました」
「報告は以上か?」
「はい。ではこれで失礼させていただきます」
そして報告だけして、さっさとマエリスは退室しようとする。
「待、いや、リフィ、残りたまえ」
「畏まりました。お嬢様──」
「うん。ボクは研究室に戻ってるから」
それだけ言って、少女は退散してしまう。残されたリフィは数秒扉の方を見ていたが、すぐにミシェルの方へ向き直った。
ミシェルは険しい表情で告げる。
「マエリスが意図的に報告しなかった部分があるだろう? それを説明しなさい」
「お見通しでしたか。では──」
そうしてリフィは、タリアとの遭遇時の様子や、マノンとの二度目の決裂、現在の研究内容についてミシェルに報告した。
「以上です」
「……そうか」
ミシェルは頭を抱え、ひどく重い溜息を吐く。
情報量が多すぎた上に、そのどれもが致命的に思えた。
「……しばらくは、リディス公爵家の件は保留にせざるを得ないか」
「緊急でないなら、そうかと。今のマエリスお嬢様は過去一で危うい状態です。なけなしの余裕を削るとどうなるか……」
「君でも手が出せないと?」
「今朝、私の渾身のボケをガン無視されました。あれは気付いてすらいませんね、辛いです」
「……あの子の研究に一区切りがつくのを待つしかないか。ボスドルム旧領へ向かうにしても……」
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