和解の手
ディアナから提案があった、翌日。
晴れてはいるが時折雲が日差しを遮るような日だった。
泣き落としを狙う訳じゃなく、頼れる姉の姿を復活させたいという浅ましいプライドから、一日かけてマエリスは新たな車椅子の魔法陣を描いていた。
時間はないため、機能を車椅子だけに絞った平面魔法陣だ。
新調した車椅子で、マエリスは緊張しながらマノンのいる裏庭へ向かっていた。
「「「一! 二! 三! ──」」」
「四! 五! 六! ──」
いつぞやのように、騎士団の野太い声に混じって剣の素振りを行うマノン。ベンチには予定通りディアナもいる。
(凛々しいマノン可愛い──)
そしていつぞやのように、柱の陰からポニーテールのマノンに見惚れるマエリス。
(──って、そうじゃないそうじゃない。今日はマノンと仲直りするんだから)
正気に戻ったマエリスは頬を叩いて意を決して、庭へ車椅子を進める。
「マノン!」
「っ、三! 四! ──」
マエリスに呼ばれたマノンは、姉を一瞥すると一瞬動きが止まったが、無視して素振りを続ける。
マエリスは心が挫けそうになるが、気を取り直してマノンの正面に立った。
「マノン、話をしよう? 仲直りしたいんだ」
「お姉ちゃん、邪魔」
(あの一回でこんなに嫌われる?)
邪魔の一言に崩れ落ちそうになるのを、腹に力を入れてマエリスは尚食い下がる。
「そんな事言わないでさ、お姉ちゃんにも悪い所はあったと思うから! ね?」
「マノン様〜、お話だけでも聞いてあげたらどうですか〜?」
(ディアナ、ナイス!)
援護射撃に、心の中でサムズアップするマエリス。
目隠しで分からないが、マノンは困った顔をしてそうだ。
気がつけば、周囲の騎士たちも固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
是非とも散って本分に戻って欲しいとマエリスは思う。
「……ディアナが言うなら」
「ありがとう!」
「姉妹仲良しが一番ですよ〜☆」
とりあえず第一関門を突破したことに、マエリスはガッツポーズをしそうになるのを抑えた。
場所は庭に併設された東屋へ移る。ルピが紅茶を二人の間に置くと、周囲の輪の中に混ざっていく。
無風故に、音はない。揺れない液面にはカチカチのマエリスの姿が映った。
「話って?」
「っ、あ、その──」
かつてないほどに冷たいマノンの声音に涙が滲みそうになりながら、マエリスは勢いよく頭を下げた。
「ごめん! あの木剣、ディアナからのプレゼントで、そんなに大事にしてた物だったなんて知らなかったんだ。でも……あれを持ったままマノンが戦いに行くのは、絶対に危なかった。だから、壊したこと自体は間違っていなかったと思う。
ただ、その、やり方は間違えた。悲しませるつもりはなかったんだ」
マエリスは顔を上げ、目隠しの向こうのマノンの目を見る。
「また、前みたいに仲良くできないかな? ご飯を一緒に食べて、庭で英雄ごっこをして、本を読んで、一緒に寝て……どうか、許してくれないかな」
沈黙が、場を支配する。バクバクと己の心音を自覚しながら、マエリスは指先が冷えるのを感じていた。
「マノン様〜、マエリスさんも反省してるみたいですし〜、許してあげたらどうですか〜? 私も〜、仲の良い二人がまた見たいです〜☆」
「……お姉ちゃん」
マノンが口を開く。
「昔からそうだよね。私を大事にしてくれても、私のお願いは聞いてくれない」
想像以上に大人びた言葉に、マエリスは息を呑んだ。
「心配だから、止めて欲しいって、何度も何度も泣いて訴えても、一度も聞いてくれなかった」
「それは……」
「反省してるって言っても、お姉ちゃん、また私を置いていくでしょ? 同じ状況なら、同じことをするでしょ?」
ギリッと、マノンが血の滲むほど唇を噛み締めた。
「そんなこと──」
「聞いてくれないもん! お姉ちゃんばっかり危ないところに行って、ボロボロになって帰ってきて……いつも私だけ安全な場所で待たされて! それがどれだけ苦しいか、お姉ちゃんは私の気持ちなんて、ちっとも分かってない!!
力を付けたのに! 力を付けたのに……ッ!」
「ッ──」
「ねえ、それでも連れて行ってくれないの!?」
マエリスには、妹の求めている答えは分かる。だが、それは──
「ダメ、だよ。まだマノンは連れて行けない」
それが、マエリスの限界だった。
「……お姉ちゃんなんて、大嫌い」
「マノン!」
「お姉ちゃんが認めてくれるまで、このイジワルを止めるつもりはないから」
「待って、マノン──」
「マノン様──」
マノンが立ち上がり、周囲の輪を割って立ち去って行く。
追いかけようと車椅子に魔力を流す。しかし、急拵えで機能チェックを省いた平面魔法陣では出力がズレた。
前のめりになり、宙に投げ出されるマエリスの体。
ガシャァンッ!
鈍い音と共に地面に転がり落ちる。東屋の砂利が、無防備な肌を擦り下ろした。
「待って、待ってよ、マノン……」
沈痛な空気の中、伸ばした手は、砂を掻くのみ。二人の相容れない点は、妥協することは出来なかった。
「お姉ちゃんから独立しないと──お姉ちゃんから独立しないと──」
誰にも拾われない呟き。
薄暗い廊下で、白い少女の額が微かに輝いていた。
「お姉ちゃんから──マエリス・マギカから、独立しないと──」
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