戦況確認
「自決致します」
「待って、リフィ」
「失礼、間違えました──あの女を殺して私も死にます」
「待って、リフィ」
タリアとの出会いから一晩。
朝、タリアの胸の中で目覚めたマエリスは、既に起きていたリフィが修羅場を引き起こしており、何とかディアナと二人がかりで宥めること数十分。
その帰り道での、発言だった。
「ですがマエリスお嬢様。お嬢様の貞操を守れなかったメイドに価値はありません。貴族社会的に」
「貞操言うな! そこまで行ってない! だからそれは隠すんだってば。貴族社会的に」
「ま〜、知ってるのは私たちだけですから〜、隠そうと思えば隠せますね〜、貴族社会的に〜☆」
陰鬱な顔のリフィとは対照的に、ディアナの表情はむしろ明るかった。
「……ディアナ、楽しそうだね?」
「ようやくマエリスさんの弱味を握れると思えば〜、今回の苦労もお釣りが来ますよ〜!」
「この腹黒聖女がぁ」
「やはり、あの女を殺して私も死にます」
「リフィも落ち着こう!?」
混沌とした帰り道だった。
冒険者ギルド、マギカ領支部。
その支部長室のソファに、リフィに抱え上げられて腰を下ろしたマエリスを見て、ブレイクは眉をひそめた。
「よう。無事に帰ってきたのは何よりだが……お前さん車椅子はどうした?」
「……ちょっと、色々あってね。今は足がないんだ」
不機嫌そうに、マエリスは自分の動かない両足を叩く。
自分の意志で移動できないというストレスが、彼女の顔に濃い隈を作っていた。
「そんなことより、報告してもいい?」
「お、おう、頼むわ」
そんな苛立ちがブレイクにも伝わったか、彼はそれ以上追及はせずに対面のソファに座った。
「──以上が、今回の調査結果だね」
「なるほどなぁ……」
予定通り、マエリスのファーストキスが奪われたこと以外を報告したマエリスは、そこから更に自分の考えを述べる。
「それで、ここからはボクの予想だけど、『魔封じの領域』の原因はタリアだね。タリアが魔力を無差別に吸収するから、あの場では魔法が使えないんだと思う」
「おいちょっと待て。だとすりゃ、そのボスドルム家の生き残りは『魔封じの領域』の中でも普通に魔法が使えることになるぞ」
「使ってるでしょ。茨を」
この世界で起きる現象で、前世では起きない現象には全て魔法が関わっている、と大雑把に考えると。
タニアの特殊体質は『体液が睡眠薬』になることで、『茨を操作する能力』ではない。
つまり、茨は魔法で動かされていたことになる。
(……いや、睡眠薬というよりは麻酔薬だよね。意識は残して体の自由を奪えるんだから)
この世界に外科手術はないため、麻酔という概念もない。よって、マエリスは細かい修正はしなかった。
「タリアは樹属性の使い手、ってことだね」
「反則だろ……」
樹属性──それは聖属性や闇属性に並ぶ希少属性の一つであり、マエリスが未だに解析できていない属性の一つだ。
知名度も高くないため、情報が少ない属性でもあるが、希少属性は全て厄介な性質を持つため、樹属性もその例に漏れないだろう。
「まあそんな細かいことはいいんだよ」
「細かくねえだろ。仮想敵の情報だぞ」
「いいんだよ──それよりも大事なことがあるんだから」
「何だよ、嬢ちゃんがそう勿体ぶると怖ぇんだが」
ブレイクがゴクリと唾を飲む。それを無視して、マエリスは続けた。
「結論から言うと、タリアの支配する『ボスドルム旧領』と『魔の森』はずっと前から戦争状態にあると思う」
「……は?」
「お嬢様、それはどういう……?」
「順を追って説明するよ。何度も言うけど、あくまでボクの予想だからね」
一度、マエリスはブレイクの目を見てから推測を語る。
「『魔封じの領域』はタリアが本能的に魔力を必要として、吸収しているが故に発生する領域だった。
つまり、タリアは魔力を吸収する──魔力を奪うんだよ」
「そうだな」
「でもダンジョンも魔力で動く生物だから、魔力を奪う寄生虫は許せないはず。見た所共生関係ではなさそうだったし」
「まあ、そうだろうな」
「昨年よりも前のスタンピードが起きたのがいつかは分からないけど、昨年のスタンピードの魔物が少なかったのは『ボスドルム旧領』に魔物が押し寄せてたからじゃないかな」
「……なるほど」
ブレイクが真剣な目で顎を搔く。
「だが昨年よりも前のスタンピードは大陸歴657年。パターン『強欲』、グレードC──その時は魔物の数に異常はなく、大きな被害が出たぞ」
「減った上でそれだったか、その時はまだ無視できる範囲だったか、じゃないかな」
「どこまでも推測だなぁ……続きは?」
「うん。しばらくは『ボスドルム旧領』と『魔の森』の勢力は拮抗していたんだと思う。
だけど昨年のスタンピードで、勢力が逆転した。『魔王の影』をタリアに奪われたんだ」
「根拠は何だ? あの『魔王の影』が『ボスドルム旧領』由来でない理由は?」
「力付くで押さえつけられてること、かな」
タリアのペットとなっていた『魔王の影』だが、あの暴れ様は『支配』というより『捕獲』な気がする。タリアの意識が浮上したのは、『魔王の影』から魔力を奪ったからだろうし。
それに最近まで眠っていたタリアに『魔王の影』を作ることができるかと考えると……タリアの言を信じるなら、だが。
「それで、『魔の森』の魔力を今まさにタリアに吸い尽くされそうになって、魔力欠乏状態ってことだと思う」
「……嬢ちゃんの説明は筋が通ってて心臓に悪いんだよなぁ……」
遠い目をして、ブレイクが呟いた。
「……近い内に、また『ボスドルム旧領』に行くんだよな?」
「そうだね。色々調べたいし」
「俺も同行する。日付が決まったら教えろ」
「え、ボクとしては助かるけど……ギルドマスターって忙しいんじゃないの?」
「少しくらい平気だろ。それに嬢ちゃんの推測が正しけりゃ、Sランクでも荷が重いかもしれねえんだ。嬢ちゃんのマスクがあれば人は増やせる──人手は多い方がいい」
「わかったよ。よろしくね、ブレイクさん」
話はまとまり、マエリスたちはギルドを退出する。
外へ出た時、ディアナが話しかけてきた。
「──マエリスさん、ちょっといいですか〜?」
「うん? どうしたのディアナ?」
「二人きりで話したいことがあるんですよ〜。リフィさん、マエリスさんは私が抱えて行きますので〜、いいですか〜?」
「お嬢様?」
「ボクは大丈夫。そしたらリフィには……羊皮紙を買ってきてもらおうかな。大量にね」
「畏まりました」
「それで、話って?」
屋敷の一室。
言われた通り、ディアナと二人きりの場を用意したマエリスは話を促す。
「単刀直入に言うと〜、マノン様と仲直りして欲しいんです〜」
「仲直り? ボクもできるならしたいよ、切実に」
毎晩冷える胸元を思い涙を堪えながらマエリスは言う。
「でもマノンが視線すら合わせてくれないんだよ。声をかけても無視されてさ……うぅ、思い出したら動悸が……」
「私のプレゼントを〜、目の前で叩き割ったそうですね〜★」
「ごめんて。でもやった事に後悔はしてないんだよ。そこは譲れないんだ──だから仲直りができないんだけどね……」
「なので〜、私が間を取り持ちます〜」
その提案に、マエリスは怪訝な目をした。
「……今度は何を企んでるの?」
「酷くないですか〜?」
「だってさ、ディアナの目的って、最終的にはマノンと敵対して超えられることだよね。前々から、それにしては大人しいなって思ってたんだけど」
「甘いですね〜、マエリスさんは〜。タイミングというものが分かっていませんよ〜♪」
したり顔をする狂人に、マエリスはイラッとする。
「ここぞというクライマックスで〜、仲間だと思っていた聖女が裏切るのがいいんじゃないですか〜♪ こんな日常でやることじゃないですよ〜。今は信頼稼ぎの段階です〜」
「あ、そう。その一環で仲直り?」
「ポイント高いと思いませんか〜♪」
「高いといいなぁ」
(マノンも実は仲直りしたがっている、というのなら泣いて喜ぶのに)
マエリスの中で天秤は傾く。そして僅かな意地で、仕方なくという空気を作る。
「……いいよ。君が勇者に大幅な点数を稼ぐ機会をあげるよ」
「わ〜ありがとうございます〜♡」
わざとらしく感激するディアナの計算高さに、マエリスは溜息を吐く。
「……まあ最近は〜、マエリスさんが『勇者』でもいいかな〜って思いもしますけどね〜」
「何か言った? ディアナ」
「気のせいじゃないですか〜?」
お読みいただききありがとうございます。
ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。




