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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第三章 Order:筋書を外す鳥籠

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ボスドルム家の生き残り

「は、え?」


(けっこん……? ってなんだっけ……?)


予想もつかない方向から放たれた言葉に、マエリスはもう何度目か分からない混乱に陥った。


(……ああ、血痕しようってか。血痕って動詞で使うとどういう意味だっけ……)


そして明後日の方向へ駆け出した思考を他所に、タリアの興奮は続く。


「もしかして、結婚の意味を知らないの?」

「え、あの、あれですよね、なんか血をどうこうするやつですよね」

「あらあら、可愛いわね。無理しなくていいのよ。私も王子様と同じ歳の時は結婚を知らなかったから」


上気した頬に手を添えて艶然と微笑むタリアの背後に、食虫植物のような粘性を幻視してマエリスは逃げようとするが、相変わらず体は動かなかった。


「結婚はね、好きな人同士が家族になることを言うのよ。私は王子様と家族になりたいの」


(勘違いじゃなかったかー)


防衛反応的に勘違いしていたマエリスだったが、タリアが明確に言葉にしてしまい、退路を一つ潰されてしまう。


「……その、ボクの思い違いじゃなければ、結婚って好き合っている『男女』が家族になるものだと思うんですが」

「? 王子様の魂は殿方でしょう?」

「魂レベルの話ではなくて。ボクは見ての通り女性ですし」


遠回しに、性別を理由に断ろうとする、が


「女性同士の結婚も、『ここ』では合法よ」

「さ、さいですか」


(『ここ』って、どこのことだよ)


キッパリと断言されてしまい、マエリスは怯む。

マエリスが帝国の法に詳しければもう少し奮闘できたかもしれないが、生憎と彼女は結婚についての法を知らなかった。


「もしかして、お姉ちゃんと結婚するのは……嫌、かしら……?」


先程までの勢いとは打って変わって、弱々しく不安そうな顔をするタリア。


「嫌というか……それ以前の問題というか……」

「そう、よね……こんな肌の青い人となんて、嫌よね……」


(そういう意味じゃないんだよ。卑怯だなその面)


よよよ、と表情に影を落として目尻に光を作るタリアに、マエリスは白けた目を向ける。

本気なのか、わざとなのか。区別が付かない。


「……ほら、その、結婚する前には、ええっと、挨拶したり、互いの話をしたり、メール──文通したり、手を繋いだり、一緒の時間を過ごしたり、って段階があるじゃないですか。いきなりキスして結婚って、ならないじゃないですか。

 それ以前の問題って、そういう意味です」

「あら、まあ……」


今度は口に手を当てて目を丸くし、そして優しい眼差しを宿すタリア。


「それじゃあ、お姉ちゃんでも……いいのね?」

「話が急過ぎるって意味は通じてなさそうかな?」


意識していた丁寧語がついに抜けたマエリス。

ピクリ、とマエリスの指が動く。少しずつ体の自由が戻ってきたようだ。


「そもそも、何でそんなに結婚したいの? 余命宣告でもされてるの?」

「……寂しいのよ」


タリアはポツリと、返答する。


「私にはお父様も、お母様も、腹違いの妹もいたわ──書類上では、ね」

「実際は違ったの?」

「そうね……ずっと独りだったの。使用人も気味悪がって近寄らなくてね……

 私はいわゆる特殊体質で、私の汗とか涙とか、血には人を眠らせる効果があったの。出産の時も、羊水を浴びた人は皆、お母様も、産婆も、私も、眠りに落ちて危なかったと聞くわ」


羊水は胎児の尿──そこにも効果があったということは、体液が睡眠薬になるということだろう。

そして、自分にも効果があると。


「魔女様達が、それを抑えるようにしてくださったんだけど……ある日、麻糸に躓いて、転んで糸車を壊して、目を怪我してしまったの。血がいっぱい出ちゃって、抑えが効かなくなったわ」

「それが、百年以上前にボスドルム辺境伯家が沈黙した理由と」

「やだ、百年も経っているの? 私もすっかりお婆ちゃんね」


恥ずかしそうに顔を隠すタリア。


(別に、肉体年齢は進んでいなさそうなのだから、そう隠す必要ないじゃん……)


前世男のマエリスは、ややデリカシーに欠けたことを思った。

そして聞いた話をまとめて、マエリスは考える。


「……つまり、タリアは家族が欲しいの?」

「ええ。特に甘やかせる子が欲しいわ。ずっと遠くから見ていた腹違いの妹は、すごく可愛かったの」

「……それで、ボクと」

「運命を感じてるわ!」


(どう断ろう……)


いくらタリアが乗り気でも、マエリスには急過ぎて困惑しかないこの状況。


「……やっぱり、ボク一人じゃ決められないかな。ほら、貴族の結婚は家の繋がり重視だからね。タリアも、分かるよね?」

「そうなのよね……でも嫌よ、離れたくない、放したくない! もう一瞬たりとも、独りにはなりたくないの……ッ!」


タリアが叫んだ途端、周囲の茨が一斉にザワつく。

マズい、マエリスの背が冷たくなる。


見た目は温厚そうでも、『魔王の影』を一方的に蹂躙した戦闘力は変わらない。


「ねえ、ここで一生暮らしましょ? 食べる物には困らない。可愛いお洋服も作ってあげる。立派な御屋敷も建てられるわ。

 私の全てをあげる──王子様がやりたいこともやらせてあげる──だから、だから──」

「悪いけど、ボクもやる事があるんだよ」


力が戻ってきた腕を支えに、マエリスは上体を起こす。


「家族になる方法は、何も結婚だけじゃないよ。ねえ、君がマギカ辺境伯家に来ることはできないの? 君の姿は目立つけど、隠して屋敷に連れて行くくらいならできるよ」

「……ダメよ。私はこの森から遠くには離れられないの。夢の中であなたに会えたのは、きっと奇跡なのよ」

「離れられないって、何でさ」

「魔力が足りないの。そんな感覚があるの……お願い、王子様……マエリスちゃん──」

「っ──」


その表情が。縋るようなその表情が。

マノンの泣き顔と、重なった。


(だから、こそ──)


奥歯を噛み締めて、マエリスは言葉を紡ぐ。


「……ここにボクが残っても、君は独りだ」

「え……?」

「ボクの体があっても、ボクの心はそこで死ぬ。君が欲しいのは、ボクの形をした人形なの?」

「ち、違うわ! 何で、どうして──」

「相手の尊重を、忘れちゃダメだよ」


そう言って、マエリスは己の胸元を掴み、持ち上げ、タリアの首にそれをかける。


炎銀の傀儡塊(メタフラマタ)』の、そして車椅子の立体魔法陣が刻まれた、『偽晶砂』の水晶のネックレスだ。


「それはボクの足だよ。あそこの『魔王の影』に奪われた、ボクの足」

「え?」


途端、タリアの纏う空気が、絶対零度に凍りついた。

彼女の視線が、部屋の隅で丸くなっている黒い狼へと向く。


「……この、駄犬が?」

『ガァ──アアアッ!?』


茨の首輪がギリッと締まり、ベイルが悲鳴を上げて床に擦り寄る。

その容赦のない残酷さに、マエリスは息を呑んだ。


「ごめんなさいね、王子様。こんな汚いものをペットにしていたなんて……今すぐ、肥料にしてあげるわ」

「待って! そこの『魔王の影』に用があるんだよ! だから──またすぐに会いに来るよ。ペンダントはその時、返してくれないかな」

「……お姉ちゃんは、ついでなの?」


途端、凍りつくような空気は霧散し、タリアは拗ねるように頬を膨らませた。


「まさか。思い出の品を預けるんだから、タリアも目的だよ」

「思い出の品……」


タリアは、己の胸で揺れるネックレスを、優しく撫でた。


「……分かったわ。今日は、この『証』で我慢する。でも、絶対に、絶対に──絶対にまた来てね?」

「うん、約束する」

「お供の眠りは、多分もうすぐ覚めると思うわ。夜の森は危ないから、明けるまでここにいなさい──それもダメとは、言わないわよね……?」

「ありがとう、タリア。大丈夫だよ、お言葉に甘えさせて」

「良かった……」


安堵の息を吐きながら、マエリスは立ち上がる──ことはできないので、這いずるようにしてリフィたちの元へ向かった。


(……とりあえず、生還ルートは確保した……!)

お読みいただききありがとうございます。


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