上位存在?
突如、目的の廃墟の壁が吹き飛び、土煙が上がる。
同時に聞こえてくる、聞き慣れてしまった唸り声。
『ォォォォ──』
「ッ、二人とも、気をつけて!」
「来ます!」
「逃げますよ〜!」
土煙を突き破り、姿を現した黒い宝石の狼──『魔王の影』。
(遭遇する可能性は高かったけど、よりにもよって『炎銀の傀儡塊』が使えない時に……!)
リフィに抱えられながら、マエリスは迫り来る狼を見据える。
茨を薙ぎ倒し、踏み潰し、殺意に塗れた瞳でこちらを睨む『魔王の影』だが、その挙動は記憶の中よりもぎこちない。
前回のダメージの残りか、それとも『魔封じの領域』の影響か。
それでも、リフィ達よりも足は速い。
『コオォロオォシイィテエェヤアァルウゥッ!』
「攻撃、来るよ! 避けて!」
マエリスの合図に二人が横に逃げるのと、狼の爪が地面を裂いたのはほぼ同時だった。千切られたマエリスの髪が宙を舞う。額が熱い。
「次! 上に跳んで!」
『グルァァァッ!』
振るわれる横薙ぎの爪。二人はジャンプして、無事に避けられた──
グラッ
「きゃあ!?」
「ディアナ!?」
「フォローに入ります! お嬢様──」
「いいからボクは捨てて!」
『シイィィィネエェェェッ!』
割れて浮いた石畳に足を取られて転んだディアナ目掛けて、狼は爪を振るう。
それをリフィがナイフで強引に受け流したが、刃にはヒビが走った。
「リフィ!」
「私がしばらく相手します! ディアナ様はお嬢様を領域の外に!」
「マエリスさんの周りはいっつもこうですよね〜★」
瞬間、ディアナの体から膨大な魔力が膨れ上がり、しかし一瞬で霧散する。
身体強化の魔法だろう。ディアナはひょいと片手で、マエリスの体を持ち上げて脇に抱えた。
そして、走りだそうと足に力を入れ、重心を傾ける──
石畳の隙間から、無数の茨が射出される。
それらはディアナの頬を掠め、リフィの脇を通り、黒い狼の首を貫き、巻きついた。
『ガァッ!? ガアアアアアアアァァァァァァッ!!!』
『魔王の影』は悲鳴をあげながら引きずり倒されると、さらにその体中から茨を生やした。生えた茨は地面に潜り、再度体を貫いては地面に潜り、『魔王の影』を縛り付ける。
茨の棘が、容赦なく宝石の体を削りとっていく。その鏡のような輝きは茨に覆われ、やがて悲鳴も消えた。
「……え、何、今の」
正気に戻り、やっとの思いで言葉を搾り出したマエリス。
その発言で呆気に取られていたリフィとディアナも口を動かす。
「守られた、のでしょうか?」
「やっぱりこのまま帰りませんか〜? 不気味すぎて本当に私嫌なんですけど〜!」
「いや、むしろ帰る方が危ないかも」
ディアナは駄々をこねるが、マエリスは冷静に反論する。
「茨はまた静かになったし、道は空いたまま。『魔王の影』よりも上位の存在に、招かれてるって考えた方がいいよね」
「……招待を断れば、どうなるかわからないと」
「……今朝大人しく二度寝していればよかったですね〜★」
奥歯を噛み締めて、ディアナは諦めた。
「近くで見ると、これは……」
「ボスドルム家の館の跡ですね」
「貴族のお屋敷は〜、崩れていても立派ですね〜」
牛の歩みで茨のアーチを抜けた三人。
近くから廃墟を見ると、それは屋敷というよりは小さな砦のようにも見えた。
「マギカ辺境伯家が賢者の魔法で『魔の森』に対抗していたのなら、ボスドルム辺境伯家は屈強な軍団で『魔の森』に対抗していた家です。今では見る影もありませんが、この建物はその名残なのでしょう」
「物理と魔法……英雄と軍団の違いか」
マギカ辺境伯家にも騎士団はあるし、軍にも魔法使いはいるのだが、あえて特徴を分けてマエリスは表現した。
「──あ、マエリスさ〜ん、裏は壁がガラガラで中に入れそうですよ〜」
「立派な砦もハリボテか……」
時の流れの残酷さを感じながら、マエリスとリフィは砦の裏に回る。
壁も、天井も、階段も、屋根も崩落し、茨に覆われたその内部だが、不自然に一箇所、ポッカリと茨のない箇所があった。
腐敗し断片化した木材に、布み、綿──恐らくここにはベッドがあったのだろう。
そして今、目の前で眠る女性はそこで眠っていたのだろう。
まず目に入るのは、まるで澄んだ海のように真っ青な肌。衣服は朽ちて裸だが、それを新緑を思わせる深緑の長髪が纏わり、大事な部分を隠している。
そして、前世と今世を合わせても見たことのない程に大きな胸は、確かに上下に動いていた。
「生きてる……?」
「青い肌……? こんな人種は見たことが……」
「何だか不気味な気配を感じますね〜。『聖痕』が熱いです〜」
各々が感想を抱き、もう少し詳しく調べようと数歩近づく──直後。
眠り姫の右目に、顔の半分を覆うほどの大きな白い花が咲く。
その異常事態に距離を取ろうとした刹那、マエリスの体が茨で絡め取られ、リフィから引き剥がされる。
「うわぁっ!?」
「お嬢様!?」
リフィが反射的に茨にナイフを投擲するが、それは全て弾かれてしまう。
巻き取られたマエリスは女性の目と鼻の先へと連れられる。
そしてペストマスクを剥ぎ取られ──
「んむっ!?」
次の瞬間には、眠っている女性に唇を奪われた。
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