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オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
第三章 Order:筋書を外す鳥籠

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ボスドルム旧領

静かな森──否、静かすぎる森。

本来なら聞こえるはずの、虫の羽音、鳥のさえずり、風が葉を揺らす音。

それらが完全に欠落していた。


マエリスの耳に届くのは、自分たちの足音と、マスク越しのくぐもった呼吸音だけ。

まるで、音のない水底を歩いているような、あるいは絵画に囚われたような、閉塞感だ。


「魔物は全く見かけませんね〜」


ディアナの声が、不自然なほど大きく響く。


「だね。報告は受けてたけど、数日前と全然違うや」

「マエリスお嬢様。このマスクから微妙に酸っぱい臭いがするせいで、『魔の森』の臭いが判別しづらいです」

「これでもかなり頑張ったんだよ。ちょっと洗ってしっかり乾燥させて……新しく作ってみてもあんまり改善しなくてさ」

「本当に効果があるんでしょうね〜」

「試す時間がなかったから、なんとも言えないのは申し訳ないけど……理論上は」


超多孔質の活性炭で空気中の物質を吸着し、消臭・消毒する。前世の消臭剤にも用いられている技術だ。

『魔封じの領域』に漂うガスなら、魔法的なものではなく物理的なもののはずであるため、これで対処が可能なはずなのだ。


「まあ、ダメだった時のディアナだから。状態異常回復の魔法を頼りにしてるよ」

「話だけでは〜、どれだけ難しいかは分かりませんね〜」

「リフィは行ったことある?」

「マギカ辺境伯家に仕えるにあたって、一度だけ。かなりヤケクソに魔力を込めてやっと発動できる感じですので、ディアナ様は魔力の温存に徹していた方が良いかと」

「そんなにか……」


(人が少なかったかな……でもディアナの秘密を知ってる人だけで固めた方がいいと思ったし……)


そうマエリスが考えながら、しばらく森を進んでいた時だった。


マエリスのホバーが突然、風を失う。そのままドシンと車椅子は落下し、根に引っかかって傾いた。


ドシン、と体が沈む。


「わ──」

「お嬢様!」


咄嗟にリフィが支えてくれたお陰で、マエリスは転ばずに済んだが、車椅子は無事で済まなかった。


振り返ったマエリスは息を呑む。


チタン製の車椅子が、見えない蟻の大群に集られた角砂糖のように、音もなく崩れていく。


削れる音すらしない。

ただ、透明な何かに「存在」を穴だらけにされ、数秒後には銀色の粉すら残さず、虚空へと消え失せた。


「……これが、『魔封じの領域』……?」


マエリスの背筋が凍る。もし自分が生身で触れていたら、同じように消えていたかもしれない。

魔法で作られていない身であっても、そう錯覚させるに足る光景だった。


(でも、封じるというよりは……)


その光景に、何か違和感を覚えたマエリスが、地面に座ったまま首を傾げていると、ディアナを下ろしたリフィに抱えられる。


「領域に入るのが早すぎますね。よく見れば草木に隠れるように茨も」

「うわ〜、気持ち悪いです〜」


二人の視線の先には、ほんの数センチ程度の茨が何本も、まるで触手のように蠢いている図があった。

気味悪げに、リフィがそれらを踏み潰す。


「もしかして、広がってる?」

「かもしれませんね」

「もう帰りませんか〜? 明らかにマズイ事態になりそうですよ〜?」

「それも一理あるけど……情報を得られるのは今だけって考えもあるし……」


マエリスは逡巡する。リフィはマエリスの判断に任せるように無言だ。


「……行こう。ここで引いたら、手遅れになる気がする」

「そんな〜」

「ディアナは先に帰る? 色々言ったけど、ここで帰るなら止めないし、咎めないよ」

「……マノン様に合わせる顔がなくなるので〜、私も覚悟を決めますよ〜。マエリスさんは恨みますね〜★」

「怖いことを言わないでよ」


方針を再度固めながら、マエリスはネックレスの石を触る。しかし魔力を込めても車椅子は出現しなかった。


(新しい魔法だけじゃなくて、魔法陣で既に出してた物もダメなんだね。これなら、『シュレディンガーの蘇生術』も解除されてるかな)


元より死ぬつもりはなかったが、再度マエリスは気合を入れた。




ボスドルム旧領の中心地へ、近づけば近づくほどに森の様相は変わっていく。

蠢き、樹々に絡みつく茨の密度が多く、そして茨自体も太く長く大きくなっていく。

対して森の樹々は緑が減っていき、完全に枯れているものも目立ってくる。


侵入者に反応するという割には、茨が襲いかかってこないのは不幸中の幸いだった。


周囲を警戒しながら遅々と進む一行。やがて、枯れ木だらけの景色から様子が変わった。


「ここが──」

「はい、ボスドルム領のあった場所と言われています」


割れた石畳の隙間から好き勝手に生えている雑草。

所々に散らばり落ちている、錆びついた武器防具。

倒壊した家屋を覆って球のような根を作り、また別の森を作る茨。


「……襲ってこないね?」


てっきりマエリスは、この領域に踏み込めば茨が襲いかかってくると予想していたのだが、茨は蠢くだけで何もしてこない。


茨の隙間から見える中央には、崩壊はしていても不自然に形を保っている大きな廃墟。


「……あそこ、何かありそうだね」

「……どうしますか?」


リフィが二人にそう尋ねたが、応えたのは二人ではなかった。


目の前の茨の壁が、ズルリと動く。

ギチギチと、まるで濡れた革紐をきつく締めるような音と共に、茨たちが左右に分かれていく。

地面からは新たな根が這い出し、背丈を越え、歓迎するようにアーチを構築した。


「……ここまで来て、行かない選択肢はないでしょ。どう見ても招かれてるし」

「……憂鬱ですね〜。罠にしか見えませんよ〜」

「……一応、脱出の準備をしておいて」


作られた茨のアーチを潜り、マエリスたちは廃墟へと近づいていく。

一歩──また一歩。不気味な静寂の中、己の心音だけを自覚して慎重に進む。


半分ほど進んだ時だった。


突如、目的の廃墟の壁が吹き飛び、土煙が上がった。

お読みいただききありがとうございます。


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