次の目的
スタンピードが発生してから数日後。
チビチビと元素周期表を埋めていたマエリスに、ギルドから訪問者が来ていた。
「お待たせしました──あ、ブレイクさん。アンドレスさんまで」
リフィを連れて応接室を開けたマエリスを迎えたのは真っ黒な大男と、黒髪金眼の美丈夫だった。
「よう。この間は大活躍だったみたいだな」
「お疲れ様でした、マエリスさん。ご健勝のようで安心しました」
「ありがとうございます──いや、ほとんどリフィの手柄ですけど」
「恐縮でございます、お嬢様」
マエリスがそう謙遜するが、ブレイクは首を横に振る。
「『銀の巨人』が噂になってるぜ。『魔王の影』と殴りあって追い払ったのを何人かが見ていたそうだ。俺も見てみたかったぜ」
「いやぁ……さも善戦していたみたいに言われると恥ずかしいんだけど……相性が良かっただけだし」
次会ったら死にます、とマエリスが断言すると、ブレイクは感心したように頷く。
「自己分析ができてる奴はそうそう死にはしねえよ」
「……ありがとうございます──それで、世間話に来ただけじゃないよね?」
マエリスが気恥ずかしげに視線を逸らしてそう言うと、ブレイクはニヤリと笑って懐から皮袋を一つ取り出しテーブルに置いた。ドチャリとコインが擦れる音がする。
「お前、終わってから一度もギルドに顔を出さねえんだからよ……ほら、今回のスタンピードの報酬だ。討伐した魔物の数と貢献度に応じて、金貨三枚と銀貨二十枚だ。色は付けさせてもらったぜ」
「へえ。魔物の数なんて数えてなかったけど」
「同じ武器を使っても、付ける傷は人によって変わる。急所を一撃で裂く、キレイなナイフの傷だ──そんな芸当ができるやつが、他にあの時領内にいるわけがねえ」
「何人かが手柄を横取りしようとしていましたが、全員ブレイクさんに鉄拳制裁されておりました」
「あはは……」
アンドレスの暴露にマエリスは苦笑し、そうだ、とブレイクを見る。
「報酬の内訳を聞いても?」
「あん? そんな細かいことを気にするタイプだったか、お前?」
「研究者に対してなんて失礼な!?」
とんでもない暴言にマエリスは憤慨した。それをブレイクは手で制して頭を掻く。
「わかったわかった、ちょっと待て──っと、これだな。えっと、魔物の種類と数とか、本当に全部必要か?」
ブレイクが服のポケットをいくつも探って引っ張り出した羊皮紙を広げて、面倒臭そうにマエリスにそう尋ねると、彼女は首を横に振る。
「魔物討伐と素材の代金と、貢献度ってところの報酬を教えて」
「んだよ、なら最初からそう言え。スタンピード参加費用がDランクで銀貨三十枚。討伐と素材が銀貨四十枚、貢献度報酬が金貨二枚と銀貨五十枚だ」
「えーっと、それなら……」
マエリスは何かをブツブツ呟きながら皮袋を開き、ジャラジャラと中身をかき混ぜ、一瞬手を止めて、袋から手を抜いた。
「リフィ、手を出して」
「おや、もしやボーナスですか?」
「うん、はいこれ」
リフィは冗談混じりに手を出したのだが、マエリスは至って真面目にリフィの手にコインを置いた。
そこには金色に輝く硬貨が二枚。
「う、受け取れませんお嬢様!?」
「え、今ボーナスかって言ったじゃん」
「ただの冗談でした! え、もしやお嬢様の冗談ですか?」
「いやいや、普通にパーティ内での報酬の分配だって」
「いえいえ、冷たい言い方ですが私はマギカ辺境伯家のメイドとして給金をいただいており、先日の一件もその業務の一環です」
「でも危険手当が出ないのは違くない?」
リフィは冒険者登録をしていないため、ギルドから参加費用が出ていない。
使用人だからと、冒険者でないからと報酬をカットするのは簡単だが、それはマエリスの主義に反した。
「とりあえず魔物関連の報酬の銀貨四十枚はリフィのでしょ。それで残りは折半しようと思ったんだけど、銀貨が足りないからね。だからキリ良く金貨二枚だよ」
「そこで両替ではなくボーナスになるのが微妙に雑ですね」
「うるさいな……いいじゃん増えて、どうせ懐は寒いままなんでしょ」
「それはそうですが……」
それでもまだ渋るリフィに、マエリスはトドメを刺した。
「ならマノンの次の誕生日プレゼントの費用にでも充てたら?」
「……畏まりました」
その一言にリフィは折れ、ポケットに金貨をしまった。
一部始終を聞いていたブレイクが頷く。
「親しき仲だからこそ、金はキッチリしないとな。駆け出し程信用信頼って言葉を使ってその辺りを雑にしやがる」
「田舎から出てきた仲良しパーティが、金銭トラブルで崩壊しかけるのは、ある種の冒険者の洗礼ですからね」
「お前の場合は実体験だからな」
「勘弁してくださいブレイクさん」
困ったような顔で笑うアンドレス。正直それにも興味があるマエリスだが、他にやる事があるため好奇心を抑える。
「それで、要件は終わり?」
「俺の方はあとは情報共有するだけだが……先にお前の用を片付けるか」
「ありがとうございます」
「?」
マエリスが疑問符を浮かべていると、アンドレスはソファから立ち上がり、マエリスへ向かって深々と頭を下げた。
「この度は、私の仲間が貴家の迷惑になったと聞きました。大変失礼を致しました」
「ああ、あの件」
マエリスが思い出すのは、ディアナから受けた報告。
視線がやや冷ややかになる。
「『雑技』って人、二つ名持ちですからBランク以上ですよね。それがスタンピードって非常時に戦線にいなかったのはモヤモヤしますし、二階にいたのも疑問が残りますけど……物が盗られた様子はなかったので、正式な抗議はしないでおきます」
「格別なご配慮に感謝致します」
「ただ──」
マエリスはスッと目を細めた。
「プロの泥棒は犯行の前に下調べをすると言いますし、何か探していたとかはないですか? 例えば、『宝石』とか」
「……意図がよく分かりませんが、貴族の屋敷に宝石があるのは自然でしょうが、我々は誓って盗品は扱っておりません。もしも『カーバンクル』のような宝石が見つかったのなら、是非商談させていただきたいものですが」
「そうですか……変なことを聞いてしまってすみません」
マエリスは表情を緩めて謝罪した。
「いえいえ、不安にさせてしまったこちらの落ち度ですから。
もし宜しければ、後日我々の拠点にいらして下さい。どのようなご依頼でも、最優先で、格安で引き受けさせていただきます」
「機会がありましたら」
マエリスが淑女の笑顔で返事をすると、アンドレスは満足気に微笑んでソファに座り直した。
「ったく、寒気がするぜ」
「『凍鬼』のあなたがそう言うとは、明日は吹雪ですか?」
「はいはい、そのノリは言われ慣れてんだよ面白くねえ」
「それは残念」
ブレイクに辛辣に切り捨てられて、アンドレスは肩を竦めた。
「そんじゃあ情報共有だ。今回のスタンピードで死者は奇跡的にゼロだ。腕や足が捥げた奴はまあまあいるが……聖女がいるのが幸いしたな、後遺症が残りそうな奴もいねえ。歴史的な快挙だな」
「それはよかったね。お父様もお母様もいないから心配だったんだ」
「しかしこれは、それだけ今回のスタンピードが弱かったという意味でもあります。判断を誤るのはいけません」
「んなもん分かってらぁ。ちっとは浸らせろよ現実主義者ども、ったく」
ブレイクは溜息を吐く。
「んで、『魔の森』だが、完全に静かになりやがった。スタンピード以降、魔物が一匹も見つからねえ」
「深層は一通り我々が探索しましたが、一度も遭遇しませんでしたね。閉鎖型ダンジョンも見つかりませんでした」
ですが、とアンドレスは続ける。
「心層から感じる圧力は変わらないか、むしろ強まっているように感じました」
「今なら『魔の森』の完全攻略が出来るって騒いだ馬鹿が、突入する前に分かって良かったぜ」
「厳密に言えば、深層はまだ『ボスドルム旧領』は調べていません。あそこは深層の中でもかなり特殊ですから」
「ボスドルム旧領……」
マエリスがふと顔を上げた。
「何か気になることがあったか?」
「『魔王の影』が逃走する時、一直線に向かった方向がボスドルム旧領の方向だったので……」
「ほう? 何か妙に繋がってきたな」
ブレイクが顎を指でさすりながら言う。
「確か、『魔の森』の異常は魔力欠乏が原因かもって、前に言ってたな」
「はい」
「『茨』がヤベエから探索禁止エリアにしていたが、そろそろ調べた方が良さそうだな」
「じゃあそれ、ボクが行くよ」
「お嬢様、危険では?」
マエリスが名乗りを上げると、リフィが嗜めるように尋ねてきた。
それをマエリスは返す。
「深層の力不足は重々承知だけど、調べたいこともあるんだよね」
「放置された遺跡で魔法陣を漁りたいだけでは?」
「そ、そんなことないよー」
マエリスはリフィから視線を逸らした。リフィは溜息を吐く。
そこへアンドレスが手を挙げた。
「ならば私が護衛しましょうか」
「いや、『応需の商隊』にはギルドから別件で頼みたいことがある。領外の案件だから護衛は無理だ」
「残念ですが、仕方ありませんね」
アンドレスへ肩を竦めた。
「嬢ちゃん。Dランクに依頼するような内容じゃないんだが、ミシェルのお墨付きもある、指名依頼として手配しよう」
「了解です。出来るだけ早い方がいいですか?」
「早いに越したことはないが、深層でも特に危険な場所だ。準備し過ぎるってことはないぜ」
「うーん……出来るだけ考えてみるよ」
こうして、マエリスは指名依頼を受けた。
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