影
初手は、『魔王の影』だった。
『グゥルゥアアアァァァッ!』
雄叫びと地響きを伴い、ジグザグに突撃してくる『魔王の影』。
やはり昨年と同じ個体だ、マエリスの攻撃を学習している。
マエリスはそう確信し、逆に距離を詰める。
「お嬢様!?」
「リフィごめん、ボクの目と耳になって! ボク一人じゃ相手しきれない!」
「っ、畏まりました」
『魔王の影』を正面に捉えて、片方の拳に風を詰めて射出──その瞬間に『魔王の影』は横に飛ぶ。
「だろうね」
射出された拳はほんの数センチだけ伸びるとすぐに縮んだ。その間にもう片方の拳を、今度は全力で射出する。
『ッ!?』
フェイントに釣られた『魔王の影』はさらに強引な体勢で回避するが、そこへリコイルが終わった最初の拳が射出され、上半身の宝石を吹き飛ばした。
しかし相手は『魔王の影』、残された下半身が地面を蹴り、『炎銀の傀儡塊』の装甲を抉り削る。
ここで距離を取っては去年と同じ消耗戦だ──故にマエリスは勝負する。
「マエリスお嬢様!?」
「リフィ、しっかり相手を見ててよね!」
抉られた装甲はそのままに、マエリスは再生中の『魔王の影』へ全速力で衝突した。
数トンに及ぶ機体重量による、時速数十キロの衝突事故。衝撃で視界が歪む中、マエリスは大声でリフィに問う。
「どこ!?」
「す、少し右です!」
「オーケー!」
言われた方角へ、マエリスは両拳を、時間差をつけて射出する。
「掠りましたが、有効打ではありません!」
「そりゃそうだよね!」
「それと、攻撃来ます!」
「緊急離脱!」
『炎銀の傀儡塊』が蹴り飛ばされる直前にマエリスとリフィは宙へ投げ出され、新たな『炎銀の傀儡塊』に収納される。
『魔王の影』と距離が空き、両者睨み合いとなった。
「正気ですかお嬢様!?」
「接近戦しかできないんだから、仕方ないでしょ?」
「ヒット・アンド・アウェイをご存知ありませんか?」
「それ、去年やって埒が明かないってなったよね」
「今の戦い方よりは遥かにマシです!」
「それじゃあ勝てないんだよ、リフィ」
マエリスがホバーの空気を増量する。
「こっちが勝つには、『魔王の影』にマウントとって、上から殴り続けるしかないんだから! 腹括ってリフィ!」
「思い切りが良すぎる主人も考えものですね!」
『コオォロオォシイィテエェヤアァルウゥッ!』
『炎銀の傀儡塊』と『魔王の影』が同時に前進。
今度は一直線な『魔王の影』に対し、マエリスは弧を描くように小刻みに横に揺れてタイミングを測っていた。
マエリスが拳を軽く打ち出す。それは勢いが弱く、『魔王の影』には即座にフェイントと見破られ、逆に隙となったそちら側から攻撃される──
「残念、これ人じゃないんだよね」
フェイントした側の拳のシリンダーに風魔法を全力注入。
途端、縮んでいる最中だった拳が急発進される。
『ガァッ!?』
「チャンス!」
マエリスは『炎銀の傀儡塊』を前進させ、機体前方を僅かに浮かせた直後にホバーを停止した。
機体は倒れ込み、スカートが『魔王の影』の足を噛む。
「ちょっと浅い?」
「左から攻撃、それと正面から噛みつきです!」
「それじゃあモグラ叩きと行こうか!」
迎撃、迎撃──時にはガードしながら、迎撃の応酬で『魔王の影』の体を削り砕いていく。
順調か──マエリスがそう思った瞬間、『炎銀の傀儡塊』がグラグラと揺れ始める。
「? ──」
「お嬢様!」
咄嗟にリフィに抱えられて操縦席を脱するのと、『魔王の影』が噛まれていた足を振り上げ機体を両断したのは同時だった。
チタンの破片と、黒い宝石の欠片入り混じり、光を乱反射する。
一瞬、黒い宝石にマエリスの顔が映り込んだ。
(……──え? 宝石に顔が映る?)
瞬間、頭を過る言葉の数々。
『一番の特徴は鏡のように光を反射するそうで』
『ベイルにはぁ、「食べた物の能力を得る」という力がありましてぇ』
『殺された仲間たちの『魂石』の山も、全部口に詰め込んで』
「君──」
思わず、マエリスの口からは言葉が漏れていた。
「ルピの幼馴染の、ベイル・ローグなの?」
その名を呟いた瞬間。
『ガアアアアアアアァァァァァアアァァァァァアァァァッッッ!!!』
『魔王の影』が苦しみ出した。
足掻き、もがく様に暴れ、巻き添えで近隣の民家を破壊していく。
そして『魔王の影』はマエリスに背を向け、逃走を始めた。
「あ、待って!」
「いけません! お嬢様!」
リフィの制止も聞かず、マエリスは『炎銀の傀儡塊』を起動して後を追う。
しかしその距離はどんどん引き離される。単純な速度の差に加えて『魔王の影』は民家をお構いなしに一直線に走り、マエリスは瓦礫を避けながら追うからだ。
やがて『魔王の影』は森へと消えていった。マエリスはそこで停止する。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
息を切って追いかけてきたリフィが合流する。
「リフィ。この方向って、何がある?」
「ハァ、ハァ、はい? そちらは『ボスドルム旧領』の方向ですね。深層にある遺跡なのですが」
「ボスドルム……」
それは百年前に領地全てが沈黙し、『魔の森』に呑まれた辺境伯領。
「そこに何かあるのかな……?」
マエリスは呟いた。
所変わって、マギカ辺境伯家の屋敷。
スタンピード発生時の領民の避難場所となっている地下とは違う、二階。そこに一人の男性の姿があった。
コソコソと人目を気にして、扉に耳を当てる──それを繰り返す不審者だ。
そこに、子どもの声が聞こえてくる。
「ルピ〜。ロルカさ〜ん」
男はその声が聞こえた瞬間に扉から離れ、廊下の中央でキョロキョロとする。
そして曲がり角から現れた二人に近寄った。
「あの、すみません」
「わ!? おじさん誰?」
一人は真っ白な少女だ。目隠しをしているのに真っ直ぐ男性の方を見る、ミステリアスな少女。
「あら〜? あなた──」
もう一人は白い少女よりも背が高い桃髪の少女。教会の法衣を纏った彼女を、男性は知っている。
「『応需の商隊』の人ですよね〜。確か〜、『雑技』の──」
「お会いできて光栄です、聖女ディアナ様」
マズイ相手に、マズイ場を見られたと男は焦るが、一方で賭場のような興奮も抱いていた。
「私も〜、こんな時にBランク冒険者に会えて心強いです〜♡ でも〜、こんな所にどうしたんですか〜? 冒険者は皆さん、スタンピードの対応をしていると思っていたんですが〜」
「今日は非番だったんです。もちろんスタンピードの対応にあたろうとしたのですが、リーダーが張り切って対応すると。それで私は肩身狭く避難所を探していたのですが……」
「道に迷っちゃったんですね〜♡ Bランク冒険者さんでもそういうことあるんですね〜♡」
ふんわりと笑うディアナに、男性も笑みが溢れる。
「そちらは? どなたか探しておられる様ですが」
「ルピとロルカが避難所にいないの!」
今度は白い少女が答える。
「ルピ? ロルカ? 特徴を教えてくだされば一緒に探しますよ」
「本当!? えっと──」
「大丈夫です〜⭐︎ 屋敷の皆さんが探してくださってるようなので〜。もしかしたら入れ違いになってるかもですしね〜。マノン様〜、一度避難所に戻ってみませんか〜?」
「え? うーん……そうだね。おじさんも連れていかないと」
「……ありがとうございます」
男性は内心で舌打ちする。しかし収穫はあった。この白い少女は『ターゲット』の関係者のはずだ。ならこの少女が緊急時にも関わらず探す相手は──
その様子を、ディアナは冷ややかに見ていた。
(一応、マエリスさんに伝えておきましょうかね〜★)
数時間後、スタンピードは沈静化し、『魔の森』から魔物の姿が消えた。
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