不完全なスタンピード
焦燥感を駆り立てる鐘の音が、領内に響き渡る。
屋敷の玄関に向かって、マエリスとルピは走る。
外への扉の前にいたシャーロットが、慌てて二人を呼び止めた。
「ちょっと待ちなさい!」
「お母様? 何か打ち合わせですか?」
シャーロットの目はマエリスではなく、隣のルピへと向けられている。
「ルピ。あなたは屋敷に残りなさい」
「えっとぉ、領民の避難誘導に回れってことですかぁ?」
「違うわ。誰にも見つからないように隠れてなさいって意味よ」
「どういうことですかぁ!?」
災害を前に戦力外通告をされたルピは、納得がいかないとシャーロットに食ってかかる。
シャーロットは溜息を吐いた。
「あなた、ロルカから聞いていないの?」
「ほえ?」
「マノンの外出禁止もだけれど、私も社交をしないで屋敷に留まっている理由よ。『専属メイドのあなたたちを外に出さないため』にしてることじゃない」
「え──」
初めて聞いたかのようにルピは固まる。
「ここに避難してくる領民にも姿を見せるわけにはいかないんだから、ロルカと合流して隠れなさい。早く!」
「え、あ、はいぃ!」
「マエリス。悪いけれど、私は屋敷に残るわ。代わりに使用人は多めに前線に出すけれど、気をつけてちょうだい」
「嘘でしょ……」
その言葉に、マエリスは頭を抱える。
賢者であるミシェルは不在。シャーロットも参加しないのでは、前線の維持がかなり大変なのではなかろうか……?
「マエリスお嬢様」
「リフィ」
「時間がありません。行きましょう」
「……うん」
合流し声をかけてきたリフィに、マエリスは縋るような視線を向けたが、悲しいかな、正論で潰され、マエリスは『炎銀の傀儡塊』を起動した。
屋敷へ避難してくる領民の波とすれ違いながら、マエリスはまず冒険者ギルドを目指した。
リフィの意見だ。領主であり賢者のミシェルが不在の時は、指揮権はギルドマスターのブレイクが担うことになっているらしい。
「──繰り返すぞ! Dランク以下は領内に侵入してきた魔物の駆除と避難誘導! Cランクは前線維持、Bランク以上は『魔の森』に突入して数を減らす! 強化パターンもグレードも判明していない以上、普段以上に慎重にやれ!
──おう、お前さんか」
ギルド前の大通りに大勢の冒険者たちを集めて方針を叫んでいたブレイクが、マエリスに気づく。
「そいつが噂の『銀の巨人』か。想像よりも大分キテレツじゃねえか」
「指示は聞いてたけど、ボクはDランクだから領内の見回り?」
「ああそうだ。これに関しちゃミシェルの娘だからとか関係ない。実力評価に従ってもらう」
「大丈夫かな? お父様もお母様も、前線には来れないけど」
「冒険者を舐めるんじゃねえぞお貴族様よぉ」
マエリスの心配に対して、ブレイクはニヤリと笑って返す。
「それに昨年と比べてもうんと魔物の数は少ない上、どういうわけか死骸も残るんだ。むしろ書き入れ時ってやつよ」
「なるほど、死骸の消滅現象はまだ起きてないんだ」
「お前さんの言う魔力の枯渇が本当なら、これは最後の抵抗みたいなもんだろ」
「原因不明なのに最後の抵抗って怖すぎない?」
「違ぇねぇ。だから最後まで油断すんじゃねぇぞ」
直後、『魔の森』の方角から、ドォン、と轟音が聞こえてくる。
「おら新人、ボサッとしてないで持ち場に付け」
「持ち場決まってないけど?」
「遊撃に決まってんだろ。その機動力を活かして領内を駆け回れや」
「うわ、人使い荒い──了解」
マエリスは人の少なそうな方へとホバーを駆った。
『ガァ──』
「こんなものですね」
「……ねえ、ボク要らないじゃん」
細々と浸透してきている魔物を、マエリスが何かをする前に片付けてしまうリフィ。
それに対してマエリスは不満を漏らした。
「いえ、お嬢様は移動手段──切り札ですので」
「おいこら、今移動手段って言ったよね?」
「こんな雑魚相手に戦わせるわけにはいきません」
「続けないで。あとさりげなく乗ってこないで──まあ燃費変わらないからいいんだけどさ」
安全柵を飛び越えて操縦席横に来たリフィに溜息を吐きながら、マエリスは魔物を探しに再度、『炎銀の傀儡塊』を走らせる。
「しかし、本当にスタンピードの魔物なのか疑わしく感じますね。強化はされていませんし、死骸が残りますし」
「でも共食いはするし、逃げないからね。お陰で街が血塗れだよ」
清々しいほどの青空の下に、血臭、獣臭、腐敗臭。無風であるため臭いが流れない。
マエリスは顔を歪め、胃からせり上がる酸を飲み込んだ。
「これ、復興というか掃除が大変そうだね……」
「そういう魔道具でも作りますか?」
「そんなポンポン作れるもんじゃないんだよリフィ」
そんな話をしていると、遠くの民家が崩壊して土煙が上がるのが見えた。
マエリスは土煙の方角へ方向転換し、速度を上げて向かう。
「あ──」
「お嬢様! すぐに退避を!」
「無駄だよリフィ、もう見つかってる」
土煙が薄れる中、現れたりシルエットは巨大な狼。
黒い宝石で構成された、巨大な狼。その眼光は、確かにマエリスを捉えていた。
「また会ったね、『魔王の影』──!」
破壊しても、核の光で吹き飛ばしても、その身を何度も復活させ、マエリスの足を奪った張本人。
その理不尽を前に、あえてマエリスは己を鼓舞するように言葉を放つ。
『コオォロオォシイィテエェヤアァルウゥッ!』
引き攣った顔のマエリスの鼓膜を、狼の咆哮が殴りつけた。
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