カーバンクル
「先に言っておきますがぁ、私は『カーバンクル』って名前が嫌いですぅ」
私物が全くない、殺風景な使用人室でルピが言う。
その声はいつもの間延びした調子だが、底に冷たい怒りが沈殿していた。
「それはぁ、あの『狩人』たちが付けた名前でぇ、私たち遊牧民を指す言葉でぇ、私たちの加護を指す言葉でぇ──私たちの命を、金目の『物』として表す言葉ですからぁ」
「命を、物として……?」
マエリスがそう言うと、ルピがスンスンと鼻を動かす。
「──私の家族にはもう会ったみたいですねぇ。確か今の王代理はブリックでしたかぁ」
「ああ、遊牧民の人のことね。うん、一度だけ」
「それじゃあ皆にも信頼されたんですねぇ」
「巫女の友人だからって。慕われてるんだね」
にへへ、と誇らしく笑うルピ。しかしすぐにその顔を暗くする。
「……今から話すのはぁ、『巫女』の氏族のルピ・ティージエとして知っている全てですぅ」
「いいの? 部族の秘伝とかあったりしない?」
「大丈夫ですぅ。これでもマエリス様が小さい時から見てますからねぇ。信頼、してますからぁ」
力なく笑うルピ。マエリスにはそれが「諦め」と「祈り」の混ざった感情に見えた。
他大陸からやってきた獣人二人が出会うことで、ルピたち遊牧民の歴史は始まった。
一人はスポソ・イーア大陸から来た『大悪党』。それは本名ではないらしいが、本人は頑なにそう名乗り続けた──後の『王』の氏族の祖先だ。
もう一人はメルへ・グリム大陸から逃げてきた『外形の魔女』。驚くべきことに彼女は未だ存命らしいが、所在はルピも知らない──後の『巫女』の氏族の祖先だ。
二人は出会い、共に旅をして、同じ境遇の獣人たちを集めて一つの部族を形成した。それは時の権力者や迫害する人間たちに追われたが、それを跳ね返す『加護』が、『外形の魔女』から与えられていた。
『外形の魔女』の額には、赤く大きな宝石があった。
それは彼女の種族の特徴であり、力の源であり──大陸から逃げてきた原因でもあった。
その力を、部族の皆に分け与える『加護』。
故にその遊牧民は『宝石を宿す獣』と呼ばれた。
「でも、今のルピには宝石なんてないよね?」
「見えないだけですよぉ。おでこを触ってみてくださぁい」
そう言ってルピはマエリスに額を差し出し、マエリスは言われるがまま前髪を上げて撫でる。
額の中心。皮膚の下に、硬く拍動する異物があった。
「っ……これが」
「それが宝石──私たちは『魂石』って呼びますぅ」
「『魂石』……」
「その名の通りぃ、私たちの力の源でぇ、私たちの二つ目の心臓ですぅ。まあどっちかの心臓が壊れても死んじゃうのでぇ、ただの急所なんですけどねぇ」
『魂石』は魔法杖の材料として極めて優秀らしく、何度も何度も、それを求めた人間たちに襲われた。
時は進み、ルピの時代。彼女には幼馴染で『王』の氏族の末裔、ベイル・ローグがいた。
代々の『王』の氏族には特殊な能力が宿っていたらしく、ベイルには「食べた物の能力を得る」という力があった。
残念ながら、狙った能力が得られるわけではなく、また食わず嫌いが多く偏食家だった彼には、宝の持ち腐れだったようだが。
「ベイルは悪戯好きでぇ、よく私はイジメられてたんですよぉ。それで怒られてぇ、罰として嫌いな物を食べさせられるまでがセットでしたぁ」
懐かしそうに虚空を見つめてルピは語る。
「カエルを食べさせた時は面白かったですねぇ。ジャンプ力とかぁ、壁にくっつく手とかぁ、伸びる舌とかぁ、ベイルはそういうのを期待したみたいですけどぉ、手に入った能力は『胃袋に物を溜められる力』でぇ」
すっごく落ち込んでましたねぇ、とルピは笑う。
戦闘の役にも立たない、ただ物をしまっておくだけの倉庫のような胃袋。それが、まさかあんな形で役に立つなんて誰も思わなかった。
「それがあの日から二週間くらい前のことでしたぁ」
その頃、遊牧民の子どもたちが相次いで行方不明となり、集落全体がピリピリとしていたらしい。
恐らく、拐われ殺されたのだろうとルピは語る。
彼女らの『魂石』は、子どもの内は表面に出て隠れていないらしく、そこを見つかって乱獲されたのが大人たちの予想だった。
そして、襲撃の日。
「日が登る前の、深夜のことでしたぁ。『狩人』が集落に雪崩込んで、火を放って、逃げ道を塞いで、皆の『魂石』を抜き取っていきましたぁ」
「……」
「私もベイルも、婆様も、母様も、必死に戦って生き残りの皆を逃がしてぇ、そして『狩人』に囲まれましたぁ」
そこで、ルピの母親が最後の策を打った。
ベイルの「倉庫の胃袋」を使った、決死の脱出策。
「ベイルは泣きながら、私と婆様を丸呑みにしましたぁ。そして……『狩人』たちが戦利品として積み上げていた、殺された仲間たちの『魂石』の山も、全部口に詰め込んで」
マエリスは息を飲む。
それは友を食い、友の死体を食い、自分自身が一族の墓標となる行為だ。
「母様の命がけの強化魔法を受けて、ベイルは包囲網を強引に突破しましたぁ。お腹の中は真っ暗で、血の臭いがして……ベイルの嗚咽だけが響いていてぇ……」
そして古井戸へ飛び込み、水脈から逃走を図り──気がつけばルピとロルカは、吐き出されてマギカ辺境伯領近くに流れ着いていた。
けれど、ベイルの姿だけがなかった。
「マエリス様が産まれたばかりの頃でぇ、バタバタしていたにも関わらず雇ってもらえてぇ、旦那様と奥様には感謝ですぅ」
「そうだったんだ……」
「あ、そんなに暗くならないでくださぁい。もう過ぎた話ですしぃ、マノン様に出会えて私は幸せですぅ」
「復讐とか、考えたりしない? ボクは同じ目にあったら、絶対思うけど」
マエリスがそう尋ねると、ルピは力なく笑う。
「それが許される身分でも強さでもありませんからぁ」
その言葉にマエリスは納得する。
ルピも復讐を思い、そして自分たちの無力さを悟り、諦めたのだ。
外形だけで判断され、石として狩られる運命を、受け入れてしまったのだ。
「『狩人』の正体は──」
「私もよく知らないんですよねぇ。婆様は知ってるかもですがぁ……あ、でも──」
ルピが何かを言いかけた、その時だ。
カン、カン、カン、カン──!!
けたたましい鐘の音が鳴り響く。マエリスはそれを聞くのは、二度目だ。
「スタンピード──!?」
賢者不在のマギカ辺境伯領を、『泥流』が襲う。
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