ロルカの知恵
「ああああもおおおおむりいいいいッ!」
研究室にマエリスの絶叫が響く。
『銀の自動兵』を作ると意気込んだマエリスだったが、行き詰まっていた。
『炎銀の傀儡塊』と同じように、一つの魔法陣で量産することを考えたマエリス。
だがこの技術は単一の分子しか使うことはできない。『炎銀の傀儡塊』が純チタンでのみ構成されているように。
さて、そこでコアパーツの設計だが、立体魔法陣のように石の中に魔法陣を刻む場合、他の魔法陣が誤起動しないよう、土台の石は魔力が通りにくい素材を使う必要がある。
つまり、魔力的な絶縁体。もっと踏み込むなら半導体が必要だ。
だが純粋な金属は多かれ少なかれ、魔力を通しやすく、導体──つまり常に魔力を通す。
ならばもう、極限まで魔力伝導率の低い金属で妥協しようと考えたが……
「鉱属性で作れる物質全ての魔力伝導率を調べるとか馬鹿じゃんそもそも感覚的じゃんどうすんだよまだ半分の半分も終わってないよ……」
『3 リチウム まあまあ
4 ベリリウム そこそこ、リチウムより下
5 ホウ素 ベリリウムと同じ?
6 炭素 リチウム以下、まあまあ──』
こんな客観性の欠片もないリストを見て、そしてこれを自分が作ったという事実に、マエリスは軽く絶望していた。
素材が決まらなければ、何も始まらない。せめて法則性が見つかればいいのだが……
気がつけばマエリスの体は研究机から離れて、研究室を出て、屋敷の廊下を彷徨い、そして裏庭へ向かっていた。
「やぁ! やぁ!」
裏庭では目隠しとカーディガンを付けたマノンが剣の素振りをしている。
その正面にいる男性はマギカ辺境伯家の騎士団長だ。マエリスは何度か見かけただけで話したことはない。
周囲のベンチには若い騎士が大勢おり、マノンと同じように素振りをする者、ベンチに座って休憩する者、ディアナに話しかけられて鼻の下を伸ばす者と様々だ。
多くは、マノンを応援している者ばかりだが。
(って、しれっとディアナがいる。屋敷に来てたんだ……)
マノンの素振りが終わると、ディアナが駆け寄り水を渡す。それを笑顔で受け取り、何かお喋りをするマノン。一歩遅れてルピがマノンにタオルを渡した。
そして入れ替わりに騎士たちが庭の中央に集まって素振りを始める。マノンがそれを応援し、野太い返事が湧き上がる。
マエリスの知らない、マノンを中心とした関係。
マエリスを必要としない、マノンの太陽系。
(ボクはもう、マノンと目が合わなくなって一週間経つのに)
柱の陰から様子を伺っていたマエリスはかつてない疎外感を感じていた。
(決めた、こいつら全員『銀の自動兵』で廃業させてやろう)
脳疲労と寂寥感と嫉妬で物騒なことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「おやマエリス様。こんな所に隠れてどうされましたかな?」
「うわ、ロルカ!?」
マエリスは跳び上がり、危うく柱の陰から出そうになる。一瞬、遠くのルピの耳がピクリと動いた。
「いや、その、ボクは気分転換だよ。気がついたら、ここに」
恥ずかしげにマエリスが白状すると、ロルカはクスリと笑う。
「気がついたら、ですか」
ルピと同い年にしか見えない容姿。しかし大人びた余裕を感じる振る舞いに、マエリスはドキリとする。
「ろ、ロルカさんも、あの日のボクはやり過ぎだったと思う?」
「生憎、儂はその日の決闘を見ておりませんので伝聞ですが、必要なことだったと思いますぞ」
「本当?」
「未来が見える婆が保証しましょう。ですから、そんなに不安にならなくてよいのですじゃ」
優しい目でマエリスの視線に合わせるロルカ。
「マノン様も、きっと分かってくれます」
「そう、だといいね」
「マエリス様も難儀な性格ですな」
ロルカが未来を見ることができるのはマエリスも知っているが、それが短期的な未来であることも知っている。
つまりこの言葉も気休めだと分かってしまい、マエリスはイマイチ素直に頷けなかった。
ロルカにもそれが分かり、苦笑する。
「研究の方はいかがでしょうか? 芳しくありませんかな?」
「まあ、そうだね……中々いい素材が見つからなくて」
「ふむ。差し支えなければ聞かせてもらえますかな? この老人の知恵が役に立つやもしれません」
「……ありがとう──」
気を使われている、と感じながらも、マエリスはロルカに甘えて説明をする。
「──なるほど」
「何か知らない?」
「そうですな……難しいことは分かりませぬが、昔から言われていることは、『魔力を多く含む物は魔力を通しやすい』ことです。ダンジョンなどの魔力の濃い地域の素材が重宝される理由ですな」
一通りの説明を聞いて、ロルカは自分の知識を探っていく。
「うん、それは聞いたことがある」
「逆に言えば『魔力が少ない物は魔力を通しにくい』のですがな、続きがありまして『使い続けた物は魔力が通りやすい』のです」
「そうなの?」
同じ素材でも魔力伝導率が変化すると言われ、マエリスは首を傾げる。
「恐らく、使用者の魔力が蓄積し、『魔力を多く含む物』へとなるからだと思われます」
「つまり……魔力伝導率は素材の魔力量で全面的に決まるってこと?」
「さあ、それでも素材ごとに向き不向きはありましょう。それに『生物素材は持ち主を選ぶ』とも聞いたことがあります」
「そういう意味では、金属で探すのは安定面で正しいのか……」
道が繋がった感触をマエリスは覚えた。
「ありがとうロルカ。何か分かった気がする」
「この老骨がマエリス様に役立ったのなら幸いです」
そう頭を下げるロルカ。その頭──赤い髪を見て、マエリスはアンドレスの話を思い出す。
「そうだロルカ、最後に一ついい?」
「何でございましょう?」
「『カーバンクル』って宝石を知らない? こう、鏡みたいに光を反射する赤い宝石らしい、ん、だけど……」
マエリスの言葉が尻すぼみになる。ロルカから何か、冷たい圧を感じたからだ。
「マエリス様」
「は、はいっ」
「それを知って、どうされるおつもりでしょうか?」
表情は変わらない。姿勢も変わらない。視線も変わらない。声音も変わらない。ただ、圧だけが鋭く、重かった。
「いや、その、幻って言うくらいだから、単なる興味というか……その、えと、素材として優秀なら調べてみたいな、て、ただ、それだけ、です……」
「誰かに頼まれたわけではないのですね?」
「頼まれては、いないよ。アンドレスって冒険者から話を聞いたけど、頼まれては」
「なるほど……」
威圧感がしぼむ。マエリスは深呼吸を繰り返した。
「失礼しました。どうもその言葉に神経質になってしまいまして」
「え、う、うん、ボクも無神経に、ゴメン」
「しかしそうですか。そこまで来ているのなら、隠す必要はありませんな」
「え、教えてくれるの?」
「旦那様からは、私の判断で教えてよいと言われております──ですが、まあ」
ロルカが視線をマエリスから横へ移す。釣られてマエリスもそっちを見れば、そこにはもう一人の赤毛の獣人がいた。
「私が話すよりも、当事者から聞くのがいいでしょう──ルピ。マノン様の世話を一時的に代わります。お前はマエリス様の相手を」
「了解ですぅ」
そう言ってロルカは、マノンの方へと歩いて行ってしまった。
残されたマエリスとルピが見つめ合う。
「──それではぁ、ここでは何ですからぁ、私の部屋に案内しますねぇ」
「あ、うん」
ここまで神妙な表情をしているルピを見たことがないマエリスは、戸惑いながら付いていった。
「先に言っておきますがぁ、私は『カーバンクル』って名前が嫌いですぅ」
最初にルピがそう言う。
「それはぁ、あの『狩人』たちが付けた名前でぇ、私たち遊牧民を指す言葉でぇ、私たちの加護を指す言葉でぇ──」
誰もいない、誰も聞こえない密室で、ルピは言葉の前提を話した。
「私たちの命を物として表す言葉ですからぁ」
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