核の中にはミクロの世界
深層の洗礼を受けたマエリスは、しばらく深層探索は控えて研究に時間を割くことにした。
「うーん……」
朝、研究室でマエリスは唸っていた。
左手にはリケから貸し出されている拡大秘石、右手には『石ころペン』。
レンズの先には昨日確保した遺跡ゴーレムの核があり、その中に刻まれた魔法陣をスケッチしている最中だった。
「倍率が……もうちょっと欲しいなぁ……」
せいぜい数倍に拡大するだけのレンズ。対してゴーレムの核には顕微鏡のような百倍以上の倍率が必要となる。
「今度、リケに手紙と顕微鏡の図案を送ってみよう」
そう心のメモに書き加えながら、マエリスは眉間に皺を寄せてレンズの中の世界を凝視する。
視力検査のランドルト環に真っ向から喧嘩を売るような図形。幸いなことに、構造自体はそこまで複雑ではないため、半日程度でほんの一部の模写に成功した。
いや、「ほんの一部の模写だけで十分と判断した」が正確か。
「これ、ひょっとして全部同じ形……?」
表面からは内部の魔法陣が邪魔で核の中心は見えないが、少なくとも見える範囲の魔法陣は全て「一つの同じ魔法陣の繰り返し」だと判明した。
(まるで細胞だね。同じ形が大量に集まって臓器を作ってる。
だったら、大事なのは構造の方か)
「マエリスお嬢様、夕飯の時間です」
「あ、はい」
いつの間にか後ろに立っていたリフィにゴーレムの核を取り上げられてしまい、マエリスは健康的な生活を余儀なくされた。
翌日。
「構造って意気込んだけど、どれも同じに見えるなぁ……」
色分けがされているわけでも、分かりやすい隙間があるわけでもない。
魔力を流してみても、動きが速すぎて追いきれない。
マエリスは困った。
「……先に魔法陣の解析をしちゃお」
数時間粘ったが、結局同じようにしか見えなかったため、マエリスはゴーレムの核から羊皮紙へ視線をスライドさせる。
(前に中層の遺跡で見つけた残骸の魔法陣に似てる? 同じ──いや、似てるだけだね)
三叉路の形をした魔法陣だ。ただ魔力の流れをみる限り、二方向から来た魔力を集めて、残った一方向へ流すような構造に見える。
そしてもう一つ、変わった特徴があった。
(ん?)
「どうなってるんだ、これ……?」
分かりやすいように、魔力の入口を左と右に、出口を下に固定しよう。
まず左から1の魔力が来た場合、下へ1の魔力が流れる。これは右から来ても同じだ。
では左右から1の魔力が来た場合、下へ2の魔力が流れるかと思えば、そうではない。左右両方から魔力が来ると、近くにある迂回路へ魔力が漏れ、魔法陣の外周を魔力がループするようになっている。
つまり魔力は下へ流れない。
反して、左右から魔力が来ない場合、外周でループしている魔力が迂回路から一部流れ出て、下からは1の魔力が流れる。
まとめると以下の通りだ。
片側からのみ魔力が来たら、魔力を流す。
両側から魔力が来たら、魔力を流さない。
両側から魔力が来なければ、魔力を流す。
(何この、天邪鬼な設定。何がしたいの……?)
そんな意味不明な魔法陣が、ゴーレムの核には満ちるほどに刻まれている。
(……ん? 両方から来たら流さないで、来なかったら流す……?)
その瞬間、マエリスに特大の雷が落ちる。その衝撃は相当で、手が震えて羊皮紙を握っていられない。
「な、NAND回路……!?」
それは機械の脳細胞。たった一種類の回路であらゆる論理演算を熟す神のパーツ。
これさえあればメモリもCPUも──スーパーコンピューターも、人工知能だって──
「──ま、待って待って……落ち着け、落ち着け……」
マエリスは荒く深呼吸を繰り返して、火照った体と心を落ち着かせる。
「……これだけじゃダメだ、クロックがない。ないからまだそれは早い……」
クロック。それは機械の脳細胞の動きを整えるペースメーカー。これがなければどんなに優秀なコンピューターも滅茶苦茶な動きをして動かなくなる。
(いやでも、遺跡のゴーレムはきちんと動いてたよな……)
マエリスは再度、核に拡大鏡を向ける。規則正しく、そして網羅的に並ぶこれがNAND回路だとしたら──
「──あった、閉じた輪。一、二、三──七。奇数──」
核の中に一カ所、七つの魔法陣を環状に接続した部分があった。
空いたもう一つの魔力の入口には、常に魔力が入るようになっている。
その入口に合わせて、マエリスは魔力を集中させてみる。
「──動いてる、のかな?」
魔力をこめながら、マエリスはそれを耳もとへ近づけた。
──キィィィィィン──
鼓膜を刺激するような、極めて高い、澄んだ電子音。
ただの石ころだった核が、明確な意思を持って歌い出した瞬間だった。
(これだ、リングオシレータ! コンピューターの心臓!)
これにより、魔力の出力を繰り返すことで、擬似的にオンオフのリズムを──計算ペースを作り出している。
(しかも七って、めっちゃ速いね!? 最速理論値の三に近いじゃん)
だがこれで、遺跡ゴーレムが滑らかな動きをしていたことに合点がいく。
(これがあれば、いよいよ──)
「お嬢様」
「ひゃぅ!? リフィ!?」
ゴーレムの核を取り上げられ、ついでに耳を揉まれたマエリスは振り返り下手人を睨みつける。
「石を耳に近づけてニヤニヤと……ついに過労で幻聴と幻覚が? 音楽家に転向されます?」
「ち、違うよ! それは革命のファンファーレなの!」
「そうですか。では革命家の食事は野菜多めにしておきますね」
「いやちょっと、胃も体力も戻ってきたから肉を……」
マエリスは抗議しながら、脳内に未来を浮かべていた。
銀色のロボットが、完全に無人で重い物を運び、敵を攻撃する光景。
(始めようか、『銀の自動兵』開発!)
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