表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーダーメイド 〜魔道具の祖の研究日誌〜  作者: 中安・ユージーン・風真
序章 Order:紅に射す光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/52

とある社会人の楽しみ

新作です。続けることを目標にしています。

よろしくお願いします。

都心のビル風が吹き抜ける、狭苦しい広場。(ニノマエ) (ハジメ)は、キッチンカーから受け取った日替わり弁当を流し込むように平らげた。

味は悪くない。だが、彼にとって昼食は、午後を乗り切るための燃料補給でしかなかった。


「……あと、五時間か」


独り言と共に、彼は雑踏を見上げる。

周囲を行き交うサラリーマンたちは死んだ魚のような目をしているが、彼の瞳には暗い熱が宿っていた。彼には、帰らなければならない場所がある。


定時退社のアラームと同時に、彼は誰よりも早くオフィスを後にした。

かつての職場であれば、ここから深夜までの残業が常だった。年収は当時の三分の一以下になったが、構わない。

金なら、一生遊んで暮らせるだけ稼いだ。今の彼に必要なのは、地位でも名誉でもなく、時間だ。


防音・防振を完璧に施したタワーマンションの一室。重厚なドアを閉ざし、猥雑な外界を遮断すると、ようやく彼は本来の自分を取り戻す。


書斎には、専門書が一冊もない。代わりにあるのは、壁一面に吊るされた幾何学模様のプリントアウトだ。

彼は慣れた手つきでパソコンを起動し、幾重ものセキュリティを突破して、自作のアプリケーションを立ち上げた。


「昨日の仮説だと、ここの角度が……」


画面上の図形を0.1ミリ単位で修正し、印刷にかける。プリンターから吐き出される、鼻をつくオゾンの匂い。

特殊インクで刷られたその紙をピンセットで摘み上げ、息を呑んで指先を触れさせた。


──ボッ。


紙の中心から、頼りない灯火のような炎が浮かび上がる。


魔法陣。


この世の物理法則を嘲笑うかのような超常現象を前に、しかし彼は舌打ちをした。


「……チッ。思ったよりも小さい」


彼は冷めた目で、アプリ上のファイル名に『11×3mm』と打ち込む。 なぜだ。数ミリの線分のズレで、なぜ火力がこうも変わる? 思考の海へ沈んでいく。この瞬間こそが、彼にとって至上の快楽だった。


「……あ、もうこんな時間か」


しかしその没頭も、画面右下に表示された「23:47」という数字によって中断される。 パソコンの電源を落とし、机の上を整え、書斎に鍵をかけて寝室へと向かう。


ベッドの脇に置かれた小さな冷蔵庫から水を一本取り出し、乾いた喉を潤す。 ここにあるのは、彼の最後の楽しみだ。 彼は大きなベッドへ身を投げるように倒れ込み、すぐに目を閉じた。




「──お疲れ様。今日は早かったわね」


意識がまどろみの底へ落ちると、いつもの声が響いた。 視界の悪い、濃霧のような白い空間。

そこに佇むシルエットだけの彼女に向けて、ハジメは開口一番に愚痴をこぼす。


「行き詰まってるよ。魔法陣の出力係数は、物理的な距離以外にも変数があるはずなんだ」

「またその話? こっちの世界じゃ、それは禁忌だって言ってるでしょ」


呆れたように返す彼女に対し、ハジメは肩をすくめた。

夢の中の女神。物心ついた頃から彼の夢に現れる、正体不明の話し相手だ。


「ケチだなあ。少しはヒントをくれてもいいだろ?」

「お生憎様。私は気まぐれな女神なの」


いつもの軽口。いつもの平穏。 だが、今日の彼女はどこか違っていた。


「……さて、と。このままいつもみたいに雑談をしてもいいんだけど」

「ん?」


これまで彼女は専ら聞き役で、自分から何かを話すことは少なかった。 今までにない話題の切り出し方。そして、声音に微かに滲む緊張の色。 彼は初めて、この空間に違和感を覚える。


「……単刀直入に言うわね」

「うん」

「今夜、あなたには死んでもらうわ」

「……は?」


突然の死刑宣告。 思考が追いつかない彼をよそに、彼女は事務的に、しかし早口で言葉を紡ぐ。


「そして、別の世界で生を受けてもらう。つまり、転生ね」

「いや、ちょっと待っ──」

「転生先は、剣と魔法が支配する世界よ。そこなら、あなたの望む研究も思う存分できるはず」

「そんな、なんで急に──」

「それじゃあ、行ってらっしゃい」


同意など求めていないと言わんばかりに、彼女は御業を行使する。 世界が崩れ落ちていく。


「──ごめん……なさい──」


消えゆく感覚の中、掠れた謝罪の言葉だけが、彼の魂に届いた。

お読みいただききありがとうございます。


ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ