断章・エピローグ
この地が、かつてどんな祈りに支えられていたかを知る者は少ない。
彼女たちは声を上げず、名を残さず、それでも生きていた。
これは、誰にも届かなかった祈りの記録。
そして、あなたが本編を読み終えた時、改めてこの断章を読んで欲しい。
Ⅰ.灰の女 (リーナ編)
夫は北方遠征から帰らず、
リーナは黒い布紐を外そうとしては止める日々を繰り返していた。
祈っても、神は沈黙したまま。
それでも、彼女は人の苦しみに背を向けられなかった。
ある日、道端で倒れていた若者を助ける。
命の灯が戻った時、リーナは微笑んだ。
――私も人を救えました。
人を救える人が現れたら、また、その人を助けたい。
その決意が、後にこの地を救う“始まり”となることを、
彼女はまだ知らない。
Ⅱ.金の鳥籠 (イザベル編)
領主ルドルフの娘、イザベル。
完璧な笑顔の裏に、誰にも見せない息苦しさを抱えていた。
父の決めた縁談、閉ざされた館、
彼女の世界は金色に輝く牢獄だった。
孤児院の視察の日、
ひとりの少年が、彼女に言った。
「きれいな服だな。でも、重たそう」
初めて侮辱ではなく、“真実”を突きつけられた瞬間。
イザベルは言葉を失い、
胸の奥で何かが音を立てた。
その痛みが、やがて彼女を「人を見よう」とする心へ導いていく。
Ⅲ.沈黙の祈り (イルゼ編)
耳の悪い少女、イルゼ。
祈りの歌に入れず、孤児院で笑われ続けていた。
「そんな声じゃ、神様に届かないわよ」
修道女の叱責が、胸に残る。
夜、イルゼはこっそり修道院を抜け出す。
祭りの灯が遠くに揺れ、山の風が鳴っていた。
誰もいない高台で、彼女は息を吸い込み――叫んだ。
「ちゃんと、私もお祈りしたいの!」
山々にその声が跳ね返り、
「……お祈りしたいの……したいの……」と、こだまが返ってきた。
誰も答えない。
けれど、その声が自分の心に届いた時、
イルゼは初めて、自分が“世界と繋がっている”ことを知った。
この地が救われたのは、奇跡が起きたからではない。
ずっと前から祈っていた人がいたからだ。
その祈りは、誰にも届かず、誰にも知られなかった。
けれど、確かにそこにあった。
失われた夫を想い、
見えない自由を求め、
誰にも届かない声で、
それでもこの地に語りかけていた人たちがいた。
リーナの祈りは、人を支える力となり、
イザベルの祈りは、理解を求める光となり、
イルゼの祈りは、沈黙の中で世界を包み込んだ。
そして今、あなたが物語を読み終えた時、この祈りが、ようやく届く。
――ありがとう。
この物語を好きになってくれて。




