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引き下がる気はない

「…嘘だろおい…。」


 クリスの言葉に、レクスは顔を引き攣らせ、驚いていた。


 あの優しげに微笑むマリエナから、魔眼を受けたという事実に、ショックを隠せなかったのだ。


 しかし同時に不思議だとも思った。


 先程までの話からいくと、マリエナは「魔眼」を使うことを封印しているとの話だ。


 何故それをレクスに使おうと思ったのか。


 それはレクスにもわからなかった。


 すると再び、クリスははぁと呆れたように溜め息をつく。


「それもご存知なかったのですね…。私も初めて聞いたときは吃驚しました。サキュバスの「魔眼」をレクスさんに使ったということ、そして、それが効かなかったということも。何故最初に使ってしまったのかは話してはくれませんでした。だから、あなたこそマリエナちゃんの例外中の例外という所以なんです。」


「そういう、ことかよ。……だから会長も、会長の母さんの魔眼も耐えきれるって思って、俺を相手にした訳だ。ようやく、合点がいった。……あまり知りたかなかったがよ。」


「以上が私の知る全てです。……だから言ったでしょう。あの時はまだ引き下がれると。怖気づきましたか?」


 レクスは眼を伏せながら首を横に振った。


 その様子に、クリスは少し眼を見開く。


「いいや、会長が背負ってるもんだろ。それを知りませんでしたじゃ、話にすらならねぇよ。だから、むしろ感謝するぜ、副会長。話してくれて、ありがとうな。」


 レクスは眼を伏せ、丁寧に頭を下げた。


 そして頭を上げると、真剣な表情でクリスの眼を見据える。


「俺は決めたよ。会長はあんな悲しい顔や怯えてる顔なんざ全く似合わねぇんだ。……何を背負ってようとな。だから俺はその手伝いをするまでだ。会長が笑って、喜んでいるのが一番だろ。ま、俺に出来ることなんて限られるだろうがよ。」


 レクスは立ち上がると、歯を出して微笑む。


 そしてそのまま、生徒会室の引き戸へ歩いていった。


 クリスも立ち上がり、レクスを見送るように見つめる。


「レクスさん。今日はありがとうございました。……マリエナちゃんを宜しくお願いしますね。」


「ああ、わかった。……じゃ、俺は帰るぞ。明日の準備もしなくちゃならねぇしな。またな、副会長。」


「ええ、また。」


 レクスは後ろ手に手を振りながら、ゆっくりと引き戸を開けて生徒会室を出る。


 クリスはレクスが出ていくのを確認するまで、優しくと手を振っていた。


 ピシャリと引き戸が閉まると、クリスは安堵したように溜め息をつく。


 ぽつんと1人残った生徒会室の中、窓の傍の用具入れに身体を向けた。


「……いるんでしょう。マリエナちゃん。」


 クリスの声に反応してか、用具入れがガタンと音を立てる。


 ギィと音を立てながら、顔を真っ赤に染めたマリエナが、用具入れから恐る恐る現れた。


 豊満すぎる胸にはビッくんが抱え込まれ、苦しそうにもがいている。


 マリエナを目にしたクリスは、仕方なさげにふぅと溜め息をつくと、マリエナをじとっと見やる。


「盗み聞きとは感心しませんね。いつからそこに居たんですか?」


「く……クリスちゃんが入ってくるちょっと前…。はぁ…、はぁ…。」


「……マリエナちゃん?どうかしたんですか?」


 顔を赤らめ、悩ましげに息を切らすマリエナは、何処か艶めいた雰囲気を纏っていた。


 何かを抑え込むように、マリエナはビッくんを抱え込むと、とすんとしゃがみ込んだ。


「あ、あのね…。レクスくんの声、聞いてたらすごく胸がどくんどくんってして、うれしいけど、あつくて、きゅんきゅんってして…なにこれ…おかしいよぉ…。」


「こ…これは…。もしかして…。」


 クリスは眼を見開き、マリエナを眺める。


 マリエナは、知らなかったのだ。


 恋に恋する少女ではあったのだが、魔眼を封印してから、マリエナは自身で「恋愛感情」を避けてきた。


 結果、恋愛した時の反応を知らずに育ってしまったのだ。


「レクスくんが、わたしにわらってほしいっていったとき、すごくドキってして、からだのきゅんきゅんがとまらなくなっちゃって。な…なにこれぇ…?」


「…まさか、マリエナちゃんが、レクスさんにここまで熱を入れていたとは驚きです。これは、レクスさんにしか解決できませんね。全く…責任をとって貰うべきでしょうか。」


「ど、どういう事なのかな!?クリスちゃん、わかるの?」


「ビ……ビィ……」


 赤い顔をしたまま、おどおどと困惑している様子のマリエナを見て、クリスはやれやれと頭を押さえる。


 恋愛感情を通り越して、発情までしているようにも見えた。


 潰されたままのビッくんは、マリエナの巨大な胸に挟まれ、苦しそうに呻く。


 まだ高い陽の光が差し込む暖かな窓の傍で、クリスはマリエナに、どういったものかと思案を始めていた。



「この魔核…ダークネスサーヴァントね。誰がこんな六体も出したのかしらねぇ。」


「襲って来たのはダークネスサーヴァントかよ…。」


 傭兵ギルドのカウンターに座ったレクスがげんなりとした顔を浮かべ、魔核を眺める。


 レクスは生徒会室から出た後、すぐさま傭兵ギルドに向かっていたのだ。


 その理由は、この前のデートの際、襲われた人型魔獣から出てきた魔核を鑑定してもらうためであった。


 チェリンは訝しみながらも、魔核をルーペでじっくり見るように観察する。


「ダークネスサーヴァントなんて、自然ではダンジョン以外では絶対に出ないわね。絶対に魔術を使った人間が居るはずよ。誰か心当たりがあるの?」


「…全くねぇな。そもそもダークネスサーヴァントの呪文自体が燃費悪いって聞いたんだけどよ。」


 チェリンはコクリと頷く。


「ええ。自立行動させるものだから、魔力を大量に消費するわね。そんなものをポンポン出せる魔術師なんて、魔力量がとんでもない奴しかいないわよ?それも闇属性の適正を持ってる人間ね。…そんな奴、多分「魔導賢者」くらいしか居ないわよ?」


「って言われてもなぁ。あの時魔導賢者は傍にいたしよ。他には誰もいなかったぞ?」


「あと、ぱっと思いつくのは吸血直後のヴァンパイアとか、吸精直後のサキュバス辺りね。近くにそんな奴いたの?」


「いいや、そんな奴は明らかにいなかった。一応、サキュバスは隣にいたけど、襲われる側だったしよ。」


 レクスは考え込むが、一向に犯人に当たる情報は出てこなかった。


 そんなレクスに、チェリンは目を伏せて、ふぅと溜め息をつく。


「ま、一先ずは様子見したほうが良いわね。他にそう言った事件なんてないもの。」


「…そうだな。ありがとなチェリンさん。」


 レクスが礼を言って立ち去ろうとすると、チェリンがずいっと顔をレクスに寄せた。


 じとっとした眼がレクスを見据える。


 急な事に、レクスは驚いたようにたじろいだ。


「チェ…チェリンさん?」


「さっき、隣にサキュバスってあんた言ったわね。……カルティア様やアオイちゃんに刺されるわよ?」


「……一応その時のことは、二人に許して貰ってる。最近、本気で刺されるんじゃねぇかって思ってるよ。」


「なら、しっかりとカルティア様とアオイちゃんに感謝して、何かしてあげなさい。アタシ、あの二人を応援してるんだから。……頑張んなさい。」


「ああ、そのつもりだ。とりあえず、今日は依頼は取らねぇ。俺は帰るぞ。ありがとうな、チェリンさん。」


 にっと笑ったチェリンに、レクスも笑顔を返す。


 そのままレクスは立ち上がると、とことこと歩いて傭兵ギルドから出て行った。


 バタンと音を立てて閉まるドアに、チェリンはふぅと溜め息をつきながら出入り口を見る。


 その表情は、何処か呆れているようだが、口元はニヤけるように上がっていた。


「全く、あと何人増やすのかしらね。レクスは。」


 チェリンは椅子に座ったまま、背を反らしぐいっと伸びをする。


 大きな胸が、スーツのボタンを弾き飛ばしそうなほどに張り詰めていた。


 すると、螺旋階段のほうから、コツコツと誰かが降りてくるのが見える。


 ヴィオナだ。


「あれ、おばあちゃん?」


「さっき、レクスが来てなかったかい?」


「あ……今帰っちゃったわよ。今から呼ぶの?」


「いや、良いさね。学園へ活動報告をやってあげないといけないと思ってねぇ。」


 その言葉に、チェリンはあっと何かを思い出したかのような顔をすると、一枚の紙を取り出す。


 レクスの活動実績を記した紙だ。


 チェリンは残念そうにふぅと溜め息をついた。


「忘れてたわね。……空いたときに届けてあげることにするわ。」


 そんなチェリンに、ヴィオナは真剣な眼を向けた。


 その眼差しは、「伝説の傭兵」が健在だと語っていた。


「……どうしたの?おばあちゃん。……もしかして、他にレクスに用事でもあった?」


 すると、ヴィオナは難しい顔で首を横に振った。


「いや、居ないほうがいいさね。レクスにも関係がある話だけどね。……チェリン、クロウの関係者を全員呼びな。……「勇者」の情報が、ある程度掴めたさね。」


 神妙な顔でまっすぐ目を向けるヴィオナに、チェリンはコクリと頷いた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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